光源
57
山。
冒険者の、正確にはアエイウの弟子たちやミキヨシが積み上げられた山。
そこから光が放たれた。セッテイカクは直視し、アエイウは光に背を向けていた。
それが分かれ目。
「ぶるあああああああああああああああああああああ!!」
好機を逃さず、セッテイカクの肩から体へと長大剣が食い込んでいく。
何が起きたのか。それは数分前にさかのぼる。
***
山。
冒険者の、正確にはアエイウの弟子たちやミキヨシが積み上げられた山。
その山の上にエミリー・サテライトも積まれていた。
ほかの冒険者と比べて外傷が少ないのはミキヨシが寸前でエミリーを庇ったからだ。
エミリーは外傷が少なかったことが要因か、誰よりもいち早く目を覚ました。
それでも〈薄幸〉という才覚ゆえに能力値が低く外傷が少ないとは言えあまり動けずにいた。
それに無理に動かせば、アエイウに着させられている極少布防水着の布がずれそうだった。
アエイウにそれを着ることを強要されている彼女だったがそれでも羞恥心はある。
下手に動くことを諦めたエミリーだったが眼前の光景を見て、なんとか手助けしたいという衝動に駆られた。
幸運なことにまだセッテイカクもアエイウもエミリーが目を覚ましたことに気づいていない。
目をそらす余裕も、山積みの冒険者たちに気を回す余裕も、今はないようだった。
エミリーだって冒険者の端くれだ。
これが好機だということは分かっていた。
かといって不意を打ってセッテイカクを倒すようなことが無理であることも理解していた。
それでも、アエイウを助けたいという気持ちはあった。
自分ができる精一杯のことをやる。
アエイウが好敵視しているレシュリーはそういう気持ちで戦っているとどこかで聞いたことがあった。
何度か共に戦ったこともあるからそう感じたのかもしれない。
なんであれ、自分でやれることを精一杯やる。
ひっそりと【収納】で魔法筒〔慌てふためくテンテコマイ〕を取り出す。
「ごめんなさい」
気絶しているミキヨシに謝って、下敷きにしているミキヨシと自分の体で挟むようにして魔法筒を隠し、自分も目を細める。
あくまで気絶しているていで事を進めなければならない。
どの魔砲を使うかはもう決めていた。
あとは機を待つだけ。
呼吸を殺し、息を潜め、視界の狭まった目でアエイウとセッテイカクの戦いを見つめる。
アエイウが苦戦しているように見えて、エミリーは「頑張れ、頑張れ」と念じる。
実はか細く声に出してしまっていることに本人は気づいていない。
声が聞こえれば目を覚ましているとばれてしまうのだが、声が小さすぎて、剣が空を切り裂く音、剣と爪が弾き合う音にかき消されている。
そんな幸運もありつつ、時機が訪れた。
アエイウが冒険者の山を庇うようにエミリーたちに背を向け、対面でセッテイカクがこちらを向いている。
その瞬間で魔砲を放つ。
【閃光弾】。
筒の口径と同党の光塊がゆっくりと射出。すぐに破裂。強烈な光が周囲に放たれた。
セッテイカクの目はジョーカーの改造によって人間の目でも夜行性の魔物、動物のように見えるようになっている。
これはハクコの目を人間の目に組み込んだ結果で、人間のような瞳でありながら、猫目に近い機能を持っていた。
結果、どういうことが起こるか。
人間に比べると猫の目は第一に水晶体が大きく調整力が低く、第二に杆状体と呼ばれる白黒を認識する細胞が多く景色の細部がぼやけてしまう。
そして最大の特徴は夜行性を特徴づけるタペタム層が網膜の裏に備わっており、昼間は光の反射によって背景がぼやけることだ。
この三つの特徴はジョーカーの改造で補強され、人間と同様の視力をセッテイカクは持っていた。
というよりも人間の瞳に猫目の最大の特徴、タペタム層を追加したというほうが正しい。
タペタム層はわずかな光を反射して視神経に伝えるという役割があり、これによって暗闇の中でも対象の輪郭を見分けることが可能になる。これが猫が夜行性である所以。
もちろん狩猟技能【猫眼】ならば猫目と同様の機能で夜目が利くようにはなるが、それは狩士限定。セッテイカクはその技能抜きで夜目が利いた。
結果、日中に強烈な光を浴びればどうなるか。
答えは明白だった。
わずかな光の反射で十分なはずな瞳に十分の度を超えた、十々々分ぐらいの光が飛び込んだのだ。
それはまるで後光のようだった。アエイウが神や仏というのは似つかわしくないが。
瞳が光に耐えきれなくなり、セッテイカクは目を瞑り、手で光を遮った。
ようするに怯んだ。
怯みに、怯んだ。
戦闘中だとかもはや関係ない。我慢できるものではなかった。
【猫眼】と違い、魔力供給を経てば通常の瞳に戻るというわけではない。
セッテイカクに組み込まれた改造をセッテイカクが好き勝手できるわけではない。
改造者だが改造屋ではない。組み込まれた改造をどうこうできる立場にない。
だから組み込まれた改造のせいで瞳孔が痛めつけられてもどうこうできる立場ではない。
ただ目を瞑り、腕で光を遮り、瞼で闇を呼び込んで、その痛みから逃げることしかできない。
代償がやってくる。大小で言えば大きな代償が。
アエイウが左側へ長大剣を斬りこんでいた。
セッテイカクは気づけず左肩の侵入を許した。
「ぶるあああああああああああああああああああああ!!」
ぐいぐいと肩から体へと食い込んでくる。
「あああああああああああああああああああ!!」
痛みで目を見開き、光が瞳を痛めつける。
それでも【巻戻】した。
時間を自分だけの時間を巻き戻した。
いや巻き戻せるはずだった。
【巻戻】には条件があった。
その瞬間を確認するという条件。
不意打ちであっても不意打ちされたという瞬間を確認できれば、それを巻き戻すことができる。
戦闘中の軽微な傷や、はっきりと分かる攻撃も巻き戻すことは容易い。
今回も左肩に長大剣が食い込んだことをはっきりと確認できていた。
が【巻戻】は発動しない。
条件が合致しない。不一致。
そのまま【巻戻】は起こらず、セッテイカクの体は肩から二分される。
「どう、なっていやガル……」
血の海に沈みながら、なぜ時間が巻き戻らないのか、セッテイカクは理解できなかった。
きっちりと条件は満たしたはずだった。
それでも【巻戻】は発動せず。
その動揺がセッテイカクの動きを鈍らせた。
防御もしようと思えばできた。切断される前に何かしらの手が打てた。
完全防御、必中攻撃。強力すぎる【巻戻】が機能不全に陥ったせいで動揺して、そこに付け入られた。
「ガハハ、オレ様にかかればこの通りだ」
能力不能になったセッテイカクに向けて暴君は勝利を告げた。
どうして【巻戻】によって巻き戻らなかったのか。
簡単に言えばセッテイカクの瞳は光によって錯覚していたからだ。
強烈すぎた光によってアエイウの体がぶれていたのだ。
だから確認したはずの長大剣は、実は数cmほど誤差があり、きちんと確認できていなかったのだ。
アエイウはセッテイカクを斬り殺した後、ふと背後を見た。
自然とエミリーと目が合う。
「ガハハ、いいタイミングだっただろ?」
光を放ったのがエミリーだとなんとなく分かっていたアエイウは豪快に笑う。
「はい、素敵でした」
完全にエミリーの功績ではあったが、アエイウはあたかも自分の功績にしていた。
それでもエミリーはアエイウを褒め称える。
エミリーはあくまで従でアエイウが主だからだ。
冒険者に師弟関係はあるが、主従関係はない。
がエミリーとアエイウにはそれがある。あるからこそエミリーは自分の手柄にはしない。
「ケガはないか?」
「はい、大丈夫です」
珍しく主人からかけられた優しい言葉にエミリーは少しだけ頬を赤らめた。




