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tenth  作者: 大友 鎬
第9章(後) 渇き餓える世界
454/874

白化


55


 避けれなかったセッテイカクの肌に食い込んだのを見て暴君は叫んだ。

 ぎぢん!

 直後鈍い音。腕が切断された音ではなかった。

 見ればセッテイカクの白く変わった腕の皮、そこに食い込んだはずの長大剣は食い込まずに、まるでその腕が盾と言わんばかりにぎぢんとぶつかり、受け止められていた。

 アエイウは錯覚を疑ったが、そんな思考が愚かであることをすぐに悟った。自分の視力を自慢したところでどうにもなるわけではないが、視力が衰えたことがないのがアエイウの密かな自慢のひとつだ。

 そんな自分が見間違えるわけがない。

 視力が良くても錯覚は起こり得るが、アエイウは断固として認めない。

 錯覚ではないと確証を得るべく、アエイウはもう一度斬りかかる。

「このアホウ、避けるな!」

 当たり前だがアエイウの技巧で一撃浴びせたのであって、アエイウが確証を得たいからといってそう易々とセッテイカクが当たってくれるはずもない。肌が白くなって以降、アエイウの攻撃が一筋縄では通じなくなっていた。

 斬る、避ける、斬る、避ける、突く、避ける。叩く。避ける。

 アエイウを笑うかのように見事にセッテイカクは避けてみせた。

 連続で切り結んでいるアエイウのほうが優勢にも思えるが傍から見ると追いつめられているようにも映る。

 それでも競り勝つのがオレ様なのだ!とアエイウは自負。

 攻防の果て、ついにアエイウの長大剣の切っ先がセッテイカクの太ももを捉えた。布製の防具ごと、斬りつけ出血していた。

 その一撃は弱く致命傷にはならないが確証を確かめるにはちょうど良かったのかもしれない。

 切り傷を作り、再び剣を構えるとその斬りつけた肌は戻っていた。

 これは錯覚ではない。たった一度だけの検証でアエイウは確証を得る。自分が間違えるはずがないのだという自信に満ち溢れていた。

 では実際には錯覚だったのか。

 答えは否だった。

「どういうことだ?」

 アエイウは確かに腕を切断しようとしていた。確かにセッテイカクの肌に確かに食い込んでいた。

 アエイウの長大剣の切っ先は短くはない攻防の果て確かに斬り傷をつけていた。

 けれどセッテイカクの毛皮が白くなったことで手に入れた能力がセッテイカクを救っていた。

白化(アルビノ)と言えば分かりやガルか? わいもよく分からないガルが」

 セッテイカクが愉快そうに笑った。

 一般的に白化(アルビノ)と呼ばれる現象は魔物のみならず、動物にも確認されている。

 白化は狂靭化のように周囲に感染はしないが、例えば突然生まれたりする先天的な白化やある事象によって白化する場合があり、そうやって変異したある意味での希少種は特殊な能力を備えていた。

 強化動物で言えばホワイトタイガーは先天的な白化によって他の強化虎より牙が鋭く獰猛で、野兎の白化である強化動物シロウサギはその身を周囲に溶け込ませる【迷彩(ステルス)】が備わっている。

「よく分らんが、要するに白くなったら強くなったというわけか。ガハハハハ」

 感覚でそう答えたアエイウだが結論から言えばそんな感じだ。セッテイカクは白化によってそういった特別な能力が備わっていた。

 セッテイカクの見た目はホワイトタイガーのようだが、そうなったからといって前述にあげたように強化虎よりも牙が鋭く獰猛になったというわけではない。当然、それだけの強化がアエイウを追いつめるほどの力を持っているとは到底思えない。

 むしろセッテイカクの能力はホワイトタイガーが白化したのではなく、セッテイカクという人種が白化したとみるべきだった。

 セッテイカクだけが白化によって手に入れられる能力。

 それは〈天才〉しかり〈晩成〉しかり〈幸運〉しかり〈悪運〉しかり〈暴君〉しかり、死なない限り重複しない、ただ唯一の才覚を手に入れたようなものだった。

「種は分からんが、それだけ分かればいい」

 アエイウは訳の分からないことを叫び猛進。

 そのまま長大剣を横に振り回す振りをして手を放す。勢いのまま投げつけるが当然セッテイカクは避ける。

 その避けた位置をまるでアエイウは予測して、首を掴む。

「ガルルッ」

 息苦しさに思わず叫んだがものの数秒後にアエイウの手はセッテイカクの手前、何もない伽藍洞を掴んでいた。要するに何も掴んでいないことになっていた。

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