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tenth  作者: 大友 鎬
第9章(後) 渇き餓える世界
452/874

虎男


53


「お前が男というだけでオレ様のやる気は半減どころか消失した」

「何言ってやガル!」

「黙れ、虎男。まあ貴様がなんあれ、やったらやり返す」

 ガルルル、と黄色体毛に覆われた肌に黒い横縞が彩られた虎男にアエイウは一喝する。

 ミキヨシが経営し、先のエリマとの戦いで傷ついた新人冒険者が傷を癒しながら働く酒場。

 そこを虎男は襲撃していた。一瞬で廃墟になったかのように潰れている。

 アエイウは血の三角陣に挑むべく酒場を離れていたのだが、偶然なのか必然なのかそこを狙われた。

 虎男が一通り破壊し尽くしたあと、試練に失敗したアエイウはそこへと戻ってきていた。

 その惨状にアエイウは激昂する。

 誰かが殺されたわけじゃなかった。

 ひたすらに痛めつけ、動けない状態にしてまるで後で夕食の素材にでもしようと言わんばかりに一か所に山積みにされていた。

 その山の頂上には意識を失ったエミリーがおり、アエイウは吠えた。

 それでもやる気が削がれるのは目の前の虎男が男だからだろう。

 ミキヨシのような美麗な、女っぽさがある男であれば、まだマシだったが、目の前の男は猛々しさを体現したような筋肉質の虎男だった。

「覚悟しろ、虎男」

 いうや跳躍して、長大剣〔多妻と多才のオーデイン〕を振り下ろす。

 狂戦士の【瞬間移動】と【筋力増強】を用いた一瞬にして強力な超奇襲攻撃。地面を穿つ。

「虎男とか何言ってやガル。わいはセッテイカク(寅星)ちゅー名がありやガルぞ」

 ゴロリと避けてセッテイカクと名乗った男は告げる。

「男の名前なんぞどうでもいい」

 興味ないと言わんばかりにセッテイカクの回転の立ち上がりを狙って横薙ぎ一閃。

 セッテイカクは這いつくばって回避。

「きさんはさっきから何を言ってやガル。ふざけてばっかりいやガルな」

 意味不明の言動、大振りな攻撃のわりには的確でセッテイカクはにらみつける。

「ほざけ、オレ様の女どもをこんなにしておいてふざけているのは貴様だろう!」

 エミリーたちが詰まれた山を指してアエイウは激昂する。

「おー、おー怖い怖い。わいはただレシュリー・ライヴを知っていたから殺そうと思っていただけガル」

 淡々とあくまで淡々とセッテイカクは告げる。

「意味が分からん!」

 対するアエイウは激昂冷めやらぬまま怒鳴り、長大剣でまた一閃。怒りで狙いが定まらないと思いきやむしろ怒ることで力が増幅しているようだった。

「まあ、きさんが来てしまったせいで、トドメがまだ刺せないガル。わいの信条は徹底的に痛めつけてからまとめて殺すじゃけぇ」

 セッテイカクは残念げ。

「だとしたらオレ様の女どもは幸運だ。貴様はここで殺す。女どもは殺させん。ガハハハハ」

 対照的に幸運を愉快げに笑った。

「やってみろガル。どうせきさんを殺さなトドメが刺せないガル」

 ガルルルルル、と吼えて拮抗状態を崩しにきたのはセッテイカクだ。

 そもそもセッテイカクがどうやってミキヨシの酒場を破壊したのかアエイウは考えるべきだった。

 攻城鎚を持っているのならば、この期に及んでなぜ出さないのか訝しむべきではあるし、持っていないのならば、どうやって壊したのか考えるべきだった。

 その結論はアエイウが答えに至る前にセッテイカクが見せつけてきた。

 セッテイカクの体が変貌した。体格が三倍、いや四倍へと膨れ上がる。

 アエイウを軽く見下すような巨体。河馬のような四肢に支えられ分厚い脂肪がだるんと垂れる。

 背中に生えた翼は体よりも小さく飛行能力はない。あたかも装飾品と言わんばかりに申し訳程度についている。

 顔は口の裂けた竜のよう。

 セッテイカクが【獣化】いや【怪獣化】したのはバハムト・レッサー(劣愚王竜)だった。その強さゆえに戦いに飽き山奥に潜み侵入者のみを狩り続けた結果、運動量が減り、脂肪が増え、引きこもったせいで翼がなくなった元竜の王。竜王の成れの果て。

 ただしセッテイカクが【怪獣化】したバハムト・レッサーの顔は竜ではなく虎の顔をしていた。

 それこそが改造された証明でもあった。

 間抜けにも欠伸したあと、

「ガルルル、これで蹂躙しやガルぞ」

 セッテイカクが前足を振り上げて下ろすと大地が砕けた。

 間違いなく酒場を壊したのはこの姿で間違いがなかった。

 かろうじて避けたアエイウだが、足元がふらついた。

 襲い掛かるのは圧倒的な睡魔。

 距離を取って目を覚ますように自分の頬をバシンと叩く。

「何をした?」

「なんだと思うガル?」

 アエイウは質問の答えを探さない。探すのをきっぱりと諦めた。

 相手が教えてくれるはずもない。

 そもそも小難しいのはアエイウは嫌いだ。レシュリーならばこの眠気の原因を探すだろうが、アエイウはそんなこざかしい真似はしない。

 エリマならもっと考えなさい、と言うだろうがエリマはもうここにはいない。

 彼にとって唯一、歯止めとなってくれる稀有な人間はもういないのだ。

 止まらないアエイウは圧倒的な睡魔が襲うなか、何も気にせずセッテイカクへと向かっていく。

「間抜けガル」

 セッテイカクは退屈そうに欠伸をして、アエイウを待ち構えた。

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