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tenth  作者: 大友 鎬
第9章(後) 渇き餓える世界
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一過

 42


 ミリアリアは思わず後ずさった。

 それを手出ししないと判断したのか、ジャックは嬉しそうにこう告げた。

「ボクは元居た牢屋へと戻ル。あそこであれば考察の邪魔はされなイ。扉は勝手に施錠してくれていいヨ」

 手枷と足枷はどうするのか、とミリアリアは聞けなかった。いや立場上、それどころか手枷や足枷をジャックに取りつけなければならない。

 けれどそれはすなわち考察の邪魔をするのであって、そうすれば殺されるのは目に見えていた。

 ジャックは告げるだけ告げるとタンアツの首を絞めながら元居た牢屋へと戻っていく。

「考察が終わったラいずれまた……」

 その言葉は新たなる火種を告げるものだったがそれがいつなのかは分からない。

 何にせよ、滑稽かもしれないが、これがタンアツとの戦いの終焉だった。

 タンアツは朽ちず、敵でも味方でもないジャックは元々いた場所へと戻っていく。

 まるで嵐が無茶苦茶にあたりを破壊しつくして蹂躙しつくして戻っていくようなそんな結末だった。

「終わったのか……」

「終わったみたいさ」

 瓦礫に死体、傷だらけの囚人に、看守。

 全員が突然の嵐が過ぎ去ったことに安堵してようやく訪れた平穏に腰を抜かした。

 表立って喜ぶことこそしなかったが、身分に分け隔てなく周囲の人々は顔を合わせて笑う。笑顔を見せる。

 台風の風の音にびびりながら家でびくびくしている時間は終わりを告げていた。

 台風が過ぎ去ったことに安堵の息を吐けた、そんな感じだろう。

 平穏の日々が戻ってくる、今まで絶望を浮かべていた顔に生気が宿っていた。

 ジャックの言葉が一抹の不安を残すが、それでも日常が戻ってくる喜びのほうが勝っていた。

「私は何もできなかったな」

 ヴィヴィはふと呟いた。

 もちろん、タンアツがいる刑務所に向かったのは偶然だった。

 偶然、居合わせなければこの危機も知らずにいたかもしれない。だからこの場に居合わせたことは幸運だ。

 それでもほとんど何もできなかった。それにヴィヴィは少なからず衝撃を受けていた。

 もっと何かできたのではないか。対等ではないにしろ、もっと戦うことができたのではないのか。

 そんな想いがあった。

 私はもっと強くならなければ、ヴィヴィにとって今回の戦いはそう思わせるものだった。

「そういえば私に用とはなんだったのですか?」

 ふと思い出してヴィヴィは問いかける。

「こんな状況になって相談なんてどうかと思うけどさ」

 ミリアリアはふっと笑って、言った。

「看守になるつもりは?」

「ないな」

 ふっ、とヴィヴィは笑い返した。

「だろうさね。分かり切って聞く意味もないとは思っていたけれどさ、看守長がどうしてもと言うからさ、聞いてみたのさ」

「看守長にはどう断りを入れるつもりです?」

「皮肉なことに看守長はこの戦いで死んでしまっているさ。上の立場の者は下の手柄を奪っていざってときは逃げるものだと思っていたんだけれどねえ」

「意外とまともだったのか……」

 看守長のことをヴィヴィも当然知っていた。

 ヴィヴィの印象としては看守長は女囚に色目使ったりする上に仕事はできない感じで逃げずに戦ったというのは意外ではあった。

「きっと勘違いしてる。そんなに格好良いものではないのさ。彼はさ、好きな女囚に格好つけようと思い、そして立ち向かう手前で一瞬にして殺されたのさ」

 実に彼らしくないか? とミリアリアは告げた。その笑みにはどことなく哀しさが見え隠れしていた。上司だからという建前もあるかもしれないが、看守長は仕事はできなくても、決して嫌味な上司ではなかったのだろう。

「そうさね、相談は済んだけれど少しばかり手伝ってくれない?」

「もちろん。ここの復興なら喜んで手伝います」

 瓦礫だらけの刑務所の復興は幾許かの時間がかかるだろう。それでもヴィヴィは拒みはしない。この場所でヴィヴィは罪を償い過去の自分の決別した。

 その場所を踏みにじられてそのままにできるほどヴィヴィは薄情ではなかった。

「ではこれからしばらくよろしく頼むさ」

 生き残った人々がミリアリアの元へと集まり出していた。

 脱獄できるはずの囚人ですら、何人かがやってきていた。

 この場の全員で力を合わせて刑務所は復興を目指していく。

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