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tenth  作者: 大友 鎬
第5章 失意のままに
44/873

激怒


 7


 バルバトスさんとアクジロウに対峙するリンドブルムは左右のリンドブルムが倒れた今もなおも顕在している。当たり前だ。アクジロウはまったく役に立たず、バルバトスもあたりに散らばる負傷者を気にしつつ、防戦一方で何もできてない。

 僕は激怒していた。バルバトスさんと、アクジロウにではない。左右のリンドブルムを倒したほかの冒険者にだった。

 バルバトスさんは少なくとも負傷者を気にしてそれ以上負傷していないように配慮している。アクジロウなんか負傷者を見ればリンドブルムそっちのけで安全そうな場所へと負傷者を運んでいる。

 なのに、だ。竜殺し(ドラゴンスレイヤー)は負傷者を盾にして【業炎吐息(ヴォルカンブレス)】を防ぎ、地に伏している負傷者をまるで床のように踏みつけ、邪魔なら蹴飛ばしていた。「助けて」という懇願でさえ、「邪魔だ」という罵声で退けて。

 もう一組――竜を討伐にしに来たらしい冒険者組も、負傷者を足蹴にはしないもののまるで無視。唱えた魔法の効果範囲内に負傷者がいようとも、その効果に巻き込まれても、お構いなしだった。

 どちらともドラゴンを倒せれば他はどうでもいいという無関心ぶり。僕はそれが頭にきていた。

 リアンの癒術はとっくに発動し、僕の左腕と左肩は時間経過とともに治りつつある。

「もう少し待ってください」

 リアンが僕の手を掴む。

「もう大丈夫だから。リアンはなるべく負傷者を助けてあげて。僕がアクジロウとかいうやつの代わりに戦う。どうもあいつ、負傷者救助ばっかりで逆にバルバトスさんの足を引っ張ってる」

「あまり無理はしないでください」

「いや、無理するしかないんだよ」

 リアンの懇願を僕は無下にする。

「だって、僕はみんなを救うから」

 僕はなるべく多くの人間を救おうとしていた。僕の【回復球(ヒーラー)】は単体のみなうえに効果も微量。多くは救えない。だからこそ、リアンに負傷者の救護を頼む。

 リアンが僕の意志を汲んで手を放し、僕は走り出す。

「頼んだよ、リアン」

 リアンは小さく頷く。

「アクジロウ、お前は負傷者の救助だけに専念してさがって。リアンが待ってる」

「ざっけんな! 俺だって戦える」

「アクジロウ、言うとおりにしなさい」

「じいちゃんもこいつの味方かよ?」

 バルバトスさんが忠告するとアクジロウが泣きそうな顔で訴える。。

「お前は人を助けてばっかりじゃからの。そっちに専念したいなら素直にそうすべきのじゃよ」

「でも……オレがいなくていいのかよ? なんとかできるのかよ?」

「いなくてもいいよ」

「即答っ!?」

「もちろん、なんとかはできないかもだけど……それはキミがいようといまいと一緒だから」

「最初から最後まで不必要発言!? ちくしょー、もうお前の手伝いなんてしてやらねぇー!」

「いやいや。むしろ負傷者を助ける行為はそのまま戦いやすさに繋がるから。結局、僕の手伝いになるよ」

「じゃあ撤回だ。見てろ! 俺が役に立つというところをとくと見せつけてやっからな」

「戯言はここまでにして、ヒーローよ。目の前に集中だ」

「はい」

 僕は頷く。

「じいちゃん、オレの格好良さげ発言をスルーとかそりゃないぜ」

 アクジロウの喚きは無視。

 僕はバルバトスさんに追従するように疾走。

 横取りするように竜殺し(ドラゴンスレイヤー)ソレイルも残る一匹、僕たちが戦うリンドブルムへと駆け寄る。もちろん冒険者組もだ。本当は共闘すべきなのだろうけど、僕は怒っていた。

 ソレイルがどうしても許せないっ!

「バルバトスさん、ごめんなさい」

 今から僕がすることをきっとバルバトスさんは怒るだろうと予想して初めに謝っておいた。

 道を逸れ、ソレイルへと向かうが、バルバトスさんは何も言わない。もしかしたらバルバトスさんも内心では似たような感情を抱いていたのかもしれない。

 【戻自在球(フォーザー)】を両手で【造型(メイキング)】した僕はひとつをソレイルへめがけて投げつける。

「狙う相手が違うだろーが、クソ仮面!」

 直撃する間際に避けたソレイルが避ける。ひとりで竜を殺すソレイルの身体能力はずば抜けていた。

「最初に嗾けたのはテメーだからなっ!」

 いきなり僕へと近づき、頬を殴った。

 そのまま転んで倒れると、ソレイルが僕を踏みつける。

「何をとち狂ってやがる! このッ! このッ!」

 何度も何度も僕を足蹴にする。

「黙れっ! 人殺しっ! 負傷者を犠牲にするなんてふざけてる。一般人だぞ!」

「カッカッカ! 弱いからだ。弱かったらすぐに死ぬ。だから強い人間の犠牲になっても文句は言えない。弱肉強食は万物の摂理だからだ。テメーもついでに死ね!」

 もう一度、僕を踏みつける。僕は身体を逸らし避けると、急いで立ち上がり、もうひとつの【戻自在球(フォーザー)】を投げつける。

「軌道がバレバレなんだよ!」

 ソレイルが【戻自在球(フォーザー)】を擬似刃(フォールスエッジ)屠竜剣(ドラゴンバスター)で弾いた瞬間、

「それでいいんだよ!」

「球種が変化するだとっ!?」

 弾かれた瞬間に変化した【毒霧球(ポイゾナー)】の微弱な毒がソレイルの身体を弛緩させる。

「そこで、おとなしくしてろっ! 人でなし!」

 僕の痛烈な叫びが空気を切り裂き、僅かながらに身体を麻痺させたソレイルがその場に倒れた。

 もって数十秒だろう。

「バルバトスさん、一気に片を付けます」

 僕はバルバトスさんを追いかけながら叫ぶ。最後のリンドブルムはすでに冒険者組の攻撃を受けて傷だらけだった。

「トヨナカ。魔法はまだか? さっきより時間かかりすぎだろ」

 狼男姿の獣化士が後方に控える男に怒鳴る。

 その男は詠唱しており、何も答えない。代わりに隣の女が答える。

「ムサっち、もう少し辛抱してよ。お疲れ気味でさっきより時間がかかるんよ」

 ムサハは軽く舌打ちすると、隣のリザードマンに声をかける。

「ジゼロ。あと少し耐えれるだろ。飛翔させるなっ!」

「はっ、分かってるよっ!」

 蜥蜴顔ジゼロが叫び、屠竜鎌がリンドブルムの額を傷つける。さらにもう一撃、ジゼロが加えようとした途端、痛みにあえいでいたはずのリンドブルムの口腔に炎の塊が見えた。

 目を見開き、恐怖にその蜥蜴顔を歪ませるジゼロ。

「ムジカ! 【無炎壁(アンチファイア)】だっ!」

 物陰に隠れているらしいムジカに対してムサハの怒号が飛ぶ。

「ムサハさん。ムジカの詠唱はまだ時間がかかりますっ!」

 ムジカを護衛しているらしい男が代わりに答え、ムサハはその答えに舌打ちする。

 リンドブルムから【業炎吐息(ヴォルカンブレス)】が吐き出される。

 灼熱の火炎がジゼロへと直撃。全身火傷を負って落下も、奇跡的にまだ息をしていた。

「なんとかなった……」

 その姿を見て僕は安堵する。ジゼロへと炎が到達する間際に【断熱球(ウォーマー)】を二重展開しておいたのだ。気休め程度にしかならないが、その気休めがジゼロを救った。

 落下するジゼロをムサハが受け取り、後退。僕を見て、目配せで礼を言う。

 同時にトヨナカの魔法が発動。大地がせりあがるように生える幾重もの針がまるで獲物を食い尽くす牙のようにリンドブルムに襲いかかる。先ほども詠唱していた【山脈遊戯(ベルク・シェプフング)】だった。

 しかしリンドブルムは飛翔し、それを回避。

「さっきと違って足止めが不十分だったか」

 ジゼロを抱えるムサハが悔しそうに呟く。

 上空のリンドブルムが詠唱者めがけて【業炎吐息(ヴォルカンブレス)】!

 【山脈遊戯(ベルク・シェプフング)】で倒した気に突然のことに傍にいるふたりも対応できずにいた。 僕の気も休まない。

 【転移球(テレポーター)】でまずは標的になったトヨナカたちを転移。同時に【転移球(テレポーター)】で僕はムサハの近くへと転移。続いてムサハとジゼロを転移させる。

 その頃には炎は僕の間近まで迫っていた。それでも十分に間にあうはずだった。

 なのに――

「カッカッカ! さっきのお返しだっ!」

 笑い声とともにソレイルが僕を切りつけた。救出していたことを悔やむつもりはないけれど【毒霧球(ポイゾナー)】による足止めは時間切れになっていた。

 痛みに喘ぎ、僕は【造型(メイキング)】し損ねる。

「そこで死ね、クソ仮面!」

 ソレイルは僕を一瞥し、そこから逃げていく。

 くそっ、間に合わないっ!

(つんざ)け! レヴェンティ!」

 諦念していた僕に聞こえてきたのは聞き覚えのある声。この声が誰だか忘れたことなど一度もない。

 轟音。目を開けると、救出された僕の後ろを【業炎吐息(ヴォルカンブレス)】が駆け抜け、リンドブルムの顔を稲妻が焼き焦がしていた。

 それでも倒れないリンドブルムをソレイルが切り裂く。

 リンドブルムがゆっくりと地面に倒れる。

「余計なことしやがって」

 自身を攻撃した僕に対してか、僕を助けたコジロウとアリーに対してか、そんな声が聞こえた。

「あまり無茶するのはよくないでござるよ」

「あんた、ふざけてるわ」

 コジロウとアリーの叱咤が飛ぶ。

「【転移球(テレポーター)】は対象者に触れている人間も一緒に転移させるのよ? だったらあんたは最後に転移させたふたりのうちどっちかに触っておけば一緒に回避できたのよ。そういう機転が利かないからソレイルに余計な茶々を入れられるのよ!」

 ――指摘されてみればそうだった。必死すぎてそんなことまで忘れていた。

 それでも残るドラゴンは一匹になった。

 僕たちが見上げると、セフィロトの樹に鎮座するアジ・ダハーカは動きだした。

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