新説
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死にたい、だなんて口走る冒険者はどこか世界に生きにくさを感じていて、そこから感じる窮屈感に息詰まっていて、どうしていいか分からないから、分かるよその気持ちと共感を得たくて構ってほしくて「死にたい」だなんて口走っているだけだ。
タンアツの元人格もそうだった。だから自殺癖がいや自殺未遂癖があった。
そうして未遂に終わるたびに「死にたい」と呟いて、結局生きていく。
けれど誰がどこでその言葉を聞いているかどうか分からない。
僕も死にたいから分かるよ、そんなふうに共感されて同意されてああ自分と同じなんだと勘違いして、タンアツの元人格はジョーカーの誘いに乗っかってしまった。
タンアツは本当は生きたくて、ジョーカーはそんなことだろうと分かっていて、けれども騙して今のタンアツを作った。自殺で生き返る改造者を作るに当たってその性格はぴったりだと思ったから利用した。
タンアツは安易に呟いたせいで簡単に引っかかって騙された果てに生まれた。
本当は生きたいくせに死にたいと嘯いた罰が当たったかのように。
死にたいと呟くことは罪ではない、けれどその言葉の重みを理解していないのは軽率だったと言わざるを得なかった。
生きたいけど辛い。生きたいけど苦しい。呟く言葉がそうだったなら、タンアツの元人格にも別の道があったのかもしれない。もしかしたらレシュリー・ライヴのような人間が救いの手を差し伸べてくれたのかもしれない。
けれどそれは別の道でもはや結果の分からない未知だ。
今のタンアツはまるで散歩で違う道を行こうとしたために手綱を引っ張られて行く末を強制させれれている愛玩動物に過ぎなかった。哀願したところで、興味の失ったジャックが導く道はたったひとつ。
逃げようと足掻くほど、首輪のように首に巻きついた魔紐が締まる。締まっていく。
タンアツは苦絞められてた。まるで元人格が感じていた世界の息苦しさのように、呼吸が難しくなっていく。空気が取り込めなくなっていく。
「い……や……だ……ピョ……ン」
それでも生きたいと願うように涙を流し、現状を否定する。
けれどジャックはその願いを聞き入れない。
考察者で絞殺者のジャックは考察という過程が終われば、あとはどんな結果であれ絞殺するだけだ。
生き残りたいのなら抗うしかない。
やがてタンアツは動かなくなった。
苦しみから抗うために逃れるために紐をどうにかこうにかしようとしていた腕も宙ぶらりんになって、そのまま倒れた。死んだ。
苦死んだ。
「ふゥ……」
動かなくなったのを確認したジャックは魔紐を【収納】して、言った。
「さテ、ミリアリア。キミたちも考察させてもらえるかナ?」
「断る」
隠れていても意味はないと判断してミリアリアは姿を現す。
ジャックとミリアリアは敵でもなければ味方でもないが、だからと言って敵にならないというわけではない。
今、明確にジャックは敵対宣言をした。結果に満足できなかったからかもしれない。
ジャックの胸中はともかく、ミリアリアたちには焦りの色が見えていた。
敵対しないと考えていなかったわけではないけれど、こんなにも早く敵対すると思ってもみなかったのだ。
しかもジャックはミリアリアたちが苦戦というよりも対等に相手にできなかったタンアツを言わば対等以上に相手にした、圧倒していた。
そんな相手と敵対して果たして倒せるのかどうか。
どうするべきか、どうすべきなのか。そんな迷いはジャックにとっては隙にしかならない。
考える前にまず行動すべきだった。隠れていても意味はないのだとしても隠れておくべきだった。
距離を詰められてミリアリアはまずそう思った。
ジャックの蛇蝎がごとく腕が伸び、首を絞める。
毒でじわじわと弱らせていくように苦絞めていく。
直前、背後から殺気がびんびんと飛び、ジャックは苦絞めていたミリアリアを放り投げて翻る。
背後にはタンアツがいた。
他殺されたはずの彼女が起き上がっていた。ジャックによって苦死む前に自殺して生き返ったのか。
当然のような疑問はすぐに掻き消える。
彼女にそんな痕跡はない。
けれど死んだように青白く、うろんな瞳が、生気を感じられないそのなんとも言えない雰囲気が彼女が死んでいると誰もかれもに悟らせていた。
それでも、いやそれなのに、さっきは微塵にも感じられなかった殺気が迸っていた。
殺意の奔流をジャックは肌で感じて震えた。
その身震いは恐怖からではなかった。当然、肌寒さからでもない。もちろん囚人服は薄手で厚さなんかないけれどそれでもジャックの身体は熱さを持っていた。
興奮成分がどばどばと出て、久々に楽しめそうだと再び笑う。
考察意欲が沸いた。
ジャックの考察『タンアツ他殺ならば死んでしまう説』は決して外れてはいなかった。
けれどそれ以上にまだあった。それ以外の異常があった。
おそらくタンアツ自身が知らされてない改造が隠されていたのだ。




