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tenth  作者: 大友 鎬
第9章(後) 渇き餓える世界
437/874

絞殺


38


 勝負は一瞬でついた。

 かに思えた。

 ジャックが目にも止まらぬ速さでタンアツの首を締め、苦絞め、その苦しさゆえに苦死むはずだった。

 が首絞められたタンアツに苦しむ様子はなかった。

 そもそも今は死んでいるのだ。苦しみも何もかも意味がない。現に今も首に圧迫感を覚えている程度だろう。呼吸もしておらず心臓すら動いていない。

「これは、これは」

 考察してジャックは驚く。それは自分の力が通じないことからの恐れから生じたものではなく、面白い考察対象に出会えた喜びによるものだった。

 驚喜するジャックにタンアツの凶器たる蹴りが入る。

 走技技能の繋ぎ技、その初手。

 それをジャックは防御でも回避でもなく第三の手段を選ぶ。

 先ほどのように自分の身体に届く前にタンアツの足首を掴む。

「なんでピョン?」

 タンアツに動揺が走る。【溜】を使わずに走技を使った場合、先にミリアリアの説明にもあったが初撃に闘気が生まれず隙ができるが、ジャックはその隙さえも突いていない。

 闘気が発生した後で、つまりはその隙がなくなった後でジャックはタンアツの速度に反応して、足首を掴んだのだ。

「そう簡単にできることじゃあないけどネ」

 驚くタンアツとは対照的にジャックは楽しげだ。

 ジャックは首を締めたまま、苦しめたままタンアツを地面へと何度もぶつける。

 地面と言っても真っ平ということは当然なく、タンアツが壊した牢屋の鉄柵や瓦礫が散乱していた。

 そんな凸凹とした地面にぶつかり、タンアツは傷ついていく。

 傷ついていくが死んでいるので意味はない。

「もう……嫌……ピョン」

 意味はないかに思われたがタンアツは痛みに喘ぐ。タンアツは確実に苦絞められていた。

 そんな状況で喘ぎ嘆いていた。

 タンアツの心臓は再生して動き出し、修復された心臓、そして胸からは練習用短剣が零れ落ちていた。

 生き返ったタンアツは直後に息苦しさを覚えた。苦絞められていた。

 なるほど苦絞めるとは言い得て妙だ、とタンアツは思った。感心している場合ではない。

 一方でジャックは考察対象が苦絞んでいる状況に関心を示し歓心を得ていた。

「いいネ。いいネ。人間っていいネ」

 ジャックは歌うように喜びを爆発させる。

「さてキミの改造の仕組みはなんなんだろうネ。考察しても現状は何も分からないヨ」

 生き返ったことで苦絞めることが可能になったが改造の理屈は分からないのはジャックも同じ。

 考察して絞殺するにしろ、その理屈が分からなければ苦絞めることはできても、最終的に絞殺することができない。

 そのためにもジャックは考察する。

 一旦、苦絞め殺してから、と考えて絞める力を強めるとタンアツは焦り始めた。

 死んでも生き返るというのに、まるで殺されてはならないと手足をじたばたさせる。

 そこに違和感があった。

「なるほど」

 何かに納得したかのようにジャックはわざと腕の力を緩める。それを好機と見たのかタンアツは自分の胸に練習用短剣を突き刺す。

 タンアツは絶命して再び死体として生き返る。

 そのままジャックを蹴り上げるが分かっていたのかジャックは払いのけ、走技は繋がらない。

「決めたピョン。まずはお前を殺すピョン」

「キミにボクは殺せないヨ。考察するにランクは同じ7だろウ? でも格が違う」

「レベルはわだしのほうが上ピョン」

「レベルは確かに経験の差ダ。これまで得た経験を値化したものダ。けれどネ、それはキミが自力で上げたものなのカナ?」

「何が言いたいピョン?」

「キミは改造者だよネ。考察するにレベルも、いやランクでさえも何かしたのではないのカ?」

 それは的を射た考察だった。

 レベルもランクもタンアツが自力であげたものではなかった。

「だからボクとキミでは格が違ウ。いや経験すらも違ウ。キミは薄っぺら人生にまるで油漆(ペンキ)を塗りたくったように嘘の経歴を積み重ねているに過ぎないんだヨ。ボクのように考察して考察して考察して考察して絞殺して絞殺して絞殺して考察に絞殺を重ねて、幾度となく繰り返してきたわけじゃあないだろウ」

 図星なのか何も答えずタンアツは苛立ちを隠さないまま、走技を繰り出して、いや蹴り出していくが全てジャックにいなされ、技は繋がらない。

 単発の威力としては他の技能と比べて劣る走技は繋がらなければ意味はない。それをジャックはよく分かっている。もちろん、ヴィヴィやミリアリアから見れば単発の走技さえ脅威なのだが、同ランクのジャックには単発では通用しないようだった。

「無駄なのが考察せずとも分かるだろウ?」

 ジャックの顔には余裕があった。

「さて、あまり考察はできていないけれド、キミの種は分かったヨ。考察通りなのか考察するとしようかナ」

 ジャックとタンアツとの接触はわずかだったが、それでも不自然な行動は確認できていた。

 それを確かめるべくジャックは動く。とはいえやることは先ほどと一緒。

 タンアツの首絞めて苦絞めて様子を窺うだけだ。

 まるで蛇のようなジャックの腕が伸びる。一般の冒険者と比べて確かに長いが、けれど異常な長さというわけではない。不自然だとは思わない長さ。それでもタンアツが腕が伸びたように長いと感じたのは恐怖からかもしれない。

 がちりと首を絞める前にタンアツは【緊急回避】。死んでいるため苦しみはないが、絞められているときに生き返れば苦絞められる。タンアツはそれを回避したかった。

「おやおや、避けるんだネ。だとすると考察した答えは合っているかもしれないナ」

 不幸中の幸いとでもいうべきか、疾走師たるタンアツの速度はジャックを上回る。素直に撤退すれば逃げ切れるがその選択肢はタンアツにはなかった。急がば回れ。遠回りでもいいので超速でジャックの背後に回り込み、跳び蹴りの【(クァイ)】を叩きこ――めなかった。

 がしり、と足を掴まれ、タンアツはそのまま地面へと叩きつけられる。

 タンアツが【塊】を使うと予測して利用したような動き。

 叩きつけた後、まるでタンアツを鞭だと言わんばかり左右へと何度も何度も叩きつける。

 その段階で生き返ったタンアツだったが幾度も叩きつけられ満身創痍。

 ポイ捨てのように投げ捨てられた頃には死んで生き返った意味などないようにぐったりとしていた。

「さあ死んでみせてくれヨ」

 痛みで動けないタンアツの近くへと、落ちていた練習用短剣をジャックは投げ置く。

 考察対象がどう動くのかその一部始終を見逃さないようにジャックはタンアツを見つめる。

 タンアツはジャックの狙いがよく分かっていない。

 それでもこのままでは死ぬ、その一心で短剣に手を伸ばし、心臓に突き刺す。

 何度目かの死。生き返ることが約束された死になぜだかタンアツは安堵していた。

 死んだまま生き返り立ち上がる。先ほどまで痛みをすでに感じてはいない。

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