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tenth  作者: 大友 鎬
第9章(後) 渇き餓える世界
436/874

考察

37


「やっぱりだめか」

 先程の忍士の声だろう、言葉には落胆が含まれていた。

 目論見としては体力消費によって疲弊させて倒すといったところだろう。

 【偽装心臓】を使って何度も生き返る狂戦士と同じ対処法。

 熟練した【偽装心臓】でも体力消費、疲労には勝てない。

 が【偽装心臓】の理屈としては使用時に貯えておいた体力によって致命傷の攻撃を急速に回復することで死んだことがなかったように見せているだけで、実際には死んだことにはなってない。

 一方、タンアツは【偽装心臓】では戻らない消費された体力すらも、一度死ぬことで戻っている。

 つまり狂戦士に使える作戦は使用できない。

 さらにタンアツは死ぬことでまた消費された体力も摩耗された精神も再生しているため、また再び全力で戦うことができるのだ。

「一旦さがれ!」

 ミリアリアが言うが、挑んだふたりは下がらない。

 全快したタンアツが再び蹂躙し、先ほどは耐えれた狂戦士の囚人を殴り倒し、忍士を逃がさず捕らえてタコ殴りにする。

 ふたりとも疲弊が激しく最初よりも動きが鈍ってしまい全力の毒牙から逃げることが敵わなかった。

「無理はしてほしくなかったさ」

 死んでしまったことを残念がって、次はこっちに来るさ、殺意を感じたミリアリアが告げる。

「どうします?」

 ミリアリアとヴィヴィでは正直勝てないだろう。

 がふたりとも逃げようとは思ってない。

 ミリアリアとしてはここで囚人と看守を皆殺しにしようとしているタンアツがその後どうするか想像に難くなかったし、ヴィヴィとしても想い人であるレシュリーがこういう場合どうするかを考えれば逃げるわけがなかった。

「鍵はあの不老不死の謎を解くことにあると思うさ」

 同意見だったのかヴィヴィは頷くが、どういう仕掛けなのか分かりもしない。

 改造者だということは、タンアツの異常性から理解できるが、その改造にどういう利点があり弱点があるのかはその改造を行った改造屋にしか分からない。

 その謎を解かなければ勝ち目はない。

「ただ圧倒的に人数不足さ」

「殺されたわけではなさそうですが……」

「そうさ。ほとんどの看守は避難してもらっている」

 看守のほとんどは元冒険者だがランク3以下のものが多い。とはいえ囚人も低ランクが多いため対処は十分にできる。ざっくりいえば看守は別の道を模索した冒険者で囚人は道を外した冒険者だ。どちらも早々に冒険に躓いたものが多い。

「が囚人の一部は牢が壊れた瞬間に一斉に消えた。地下に行ったのかもしれないさ」

「収容されているときに聞いた噂は本当だったのか」

「残念ながら本当さ。どこにだってひた隠しにされている事実があって、噂という隙間風に乗って拡散されるものさ」

 ミリアリアは哀しげに真相を告げた。

 先ほどヴィヴィと交代し殺されてしまった囚人は道を外したとはいえまだなんとかしようという心を持っていたが、地下に収容されている囚人は格が違う。

 矯正も共生も見込みがないから地下で拘束されている。

 そんな格の違う囚人の噂を一部の囚人は崇拝しこの期に乗じて解放しに行っている、ミリアリアはそんなようなことをヴィヴィに教える。

「止め……れそうもないな。タンアツを放置はできない」

 タンアツかその囚人か二者を天秤にかけてミリアリアはタンアツを倒すことを選んだ。脱走されたら上の人間はミリアリアの責任を追及するかもしれないが、その囚人がある意味で信念に基づいて動いているのに対してタンアツは無差別すぎた。

「さて、もうそんなに話している暇もない」

 タンアツが瓦礫に隠れていたふたりをようやく見つける。

 いや、ミリアリアがわざとばれるように身を乗り出していた。他にも逃げ遅れた囚人や看守が隠れており見つかれば標的がそちらに移りかねない。

「さっさと死ねピョン。あだしみたいに!」

 死んでいるタンアツが【(クァイ)】で中空から迫る。

「考察するにキミは疾走師だネ」

 縞々の囚人服を着た痩せ細った男がタンアツの足を掴み取り【塊】を止める。

 そのままタンアツを投げ飛ばすと男は大の字に両手足を広げた。

 今まで手枷足枷を嵌められ、広げることのできなかった手足を思う存分広げられる。

 彼としては開放感を演出したかったようだが、そんなことは本人以外分かりもしない。

 離れて着地したタンアツは問う。

「あんだはわだしの敵ピョン?」

「敵か、味方か、考察しなくても分からないかナ。ボクはどっちでもないどっちつかずサ。やりたいことをやりたいようにやるだけ。そこには正義も悪も味方も敵もないんだヨ」

 あたかも哲学的に男は言った。

「誰なんです?」

 ヴィヴィがミリアリアに問う。

「あいつは考察者で絞殺者。ジャック・ザ・チョッパーだ」

「ジャック・ザ・チョッパー……」

 爛漫な笑顔とは裏腹に殺意というか狂気というか、素直に狂喜できないような危うさをヴィヴィは感じた。

「ミリアリアさン、自己紹介は自分でやらしてほしかったのだけれド」

「黙れ。お前とあたしたちは敵であっても味方であってもなんであっても相容れない」

「まア、その通りだけド。でもネ、ボクは意外とここが気に入ってる。逃げ出したいほどに心地が良かったんダ。けド、そんな心地良さが居心地悪くなった。考察するにそうしたのはさっきの彼女なんだろウ?」

 タンアツを指してジャックは問いかける。静かにミリアリアが頷くと

「だったラ、ボクとミリアリアは敵でも味方でもないけれドここを守りたいという想いは一致する。逃げ出したくても勝てなくても重しのようにここに留まったのはそういう想いだからだろウ」

「何が狙いだ」

「疑うのも当然だネ。でも今回ばかりはあの少女に興味がある。死んでも死なないんだろウ」

 タンアツのことは解放した囚人から幾許か聞いているのだろう。

「考察しがいも絞殺しがいもあル。絞めるのは――いや苦絞(くるし)めるのはボクの専売特許で研究課題だ」

 ジャックはただただ愉快に笑った。

「相変わらず狂ってる」

「なんとでも言うがいいヨ。凡人には分からないサ」

 軽く舌を打ったミリアリアは思い出したように問いかける。

「ひとつ聞くが、お前を脱走させた囚人はどうした?」

「考察対象として十分だったヨ」

 ジャックにとって考察対象と絞殺対象は同じだ。つまりそういうことを意味していた。

 首絞めて、苦絞めて、その姿を眺めて考察して、絞殺を考察して満足したとジャックは言ったのだ。

「クソがっ」

 ジャックに傾倒し脱走させた囚人たちもミリアリアにとっては更生の余地があった、見込みがあった囚人たちだった。

 まだ人生をやり直させることができる。そんな想いさえも踏みにじられた。首を締めたのだから行動的には踏みにじったというわけでもないのだけれど。そんな冗談さえ許してもらえないぐらいミリアリアには怒りが込み上げていた。

「怒るなヨ。ミリアリアが囚人に手を差し伸べて救うなら、ボクは手を差し伸べて苦絞める。敵でも味方でもないけれド、相容れないのは最初からダ。キミが知らないことだってある」

「どういう意味さ?」

「どういう意味でも答えるつもりはないネ」

 ミリアリアは知る由もないが、ジャックを脱走させた囚人は、どうして欲しいか問いかけたジャックに苦しめて殺してほしいと願っていた。その囚人、ロゾフスキーは自分の正義に基づいて人を殺したがその正義は何もかも勘違いでそれに気づいたとき自分の中にある正義感が自分を許せなくなった。

 けれど自死はその罪の代償としては軽い。ミリアリアの説得も苦痛でしかなかった。もちろん、自分のことを思っての説得には敬意が払えたがそれでもロゾフスキーの正義感は何も変わらなかった。

 自分は苦しんで死ななければならない、ロゾフスキーはその想いをジャックに告げていた。

 ジャックはその意を汲んだ。考察した結果、絞殺にするに値すると判断して、首絞めて苦絞めて殺した。

 ロゾフスキーの苦しんだ姿は、いや苦死(くるし)んだ姿はジャックにとってはやはり考察するに相応しい対象だった。苦絞めて、ありがとう、と感謝されたのは初めてだったから。

 けれどそれはミリアリアに告げることではない。

 ロゾフキーが苦しんで死ぬことを望んでいたことを告げるのはミリアリアをきっと苦しめるが、苦絞めることにはならない。それはジャックの本意ではない。

 だからミリアリアにどう思われようとも真実は覆い隠す。大いに隠す。

「何にしろ、あの子はボクの考察対象だヨ」

 隠したままジャックはミリアリアに告げ、考察しに向かう。

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