繋技
36
ミリアリアに言われて下がったときには難を逃れたその攻撃を今度はまともに腹に受けて吹き飛んでいた。
あばらが何本か折れたような痛みを感じたものの堪えてすぐに態勢を整える。
瞬間、再度衝撃。反応して左腕で防御できたものの、左腕ごとざっくりと刈り取るような蹴りが瞬く間に左腕の骨を折っていた。肘よりも下が一瞬で使い物にならなくなった。
「はあ」
掛け声とともにミリアリアが九尾鞭〔啼いているミクトーリャ〕をヴィヴィと蹴りとの間に挟ませる。
そこで蹴りが止まり、タンアツは後ろへピョンと後退。
ミリアリアを睨みつける。
ミリアリアが介入しなければヴィヴィへ三度目の蹴りが届いていた。
「いいなあ、いいなあ、味方っていいピョンなあ」
タンアツは羨ましそうに呟いた。
「それに対してわだしは寂しいピョン。味方はおらず敵ばかり……ああ、寂しいピョン」
まるでため息のように押し出された言葉はタンアツの孤独を加速させるが、すでに死んでいるのでもう死ねない。
タンアツが敵対する冒険者を殺したところで、仲間や友達にできるわけもなく、タンアツは今ここでは常に孤独を感じ続けていた。
「あの子に単独で戦うのを少し無理あるんさ」
ミリアリアがヴィヴィに駆け寄り語る。
「あいつは一体なんなんですか」
年上のミリアリアに敬意を払ってヴィヴィは問いかける。その後【接骨】を唱えて折れた左腕を治癒。
「あの子は疾走師だ」
「上級職……」
ミリアリアの言葉に思わずヴィヴィはそう呟いた。
そして上級職であるということはランク7だった。
そもそも上級職でさえようやく最近ちらほらと確認できるようになったというのに、タンアツはその上級職のうち希少とも呼べる疾走師だった。
なにせ疾走師は盗塁士の上級職だ。盗塁士でさえ大陸では数えるほどしかいないというのに、それの上級職ということで見れる機会も少ない。
上級職で唯一足技を使うのが疾走師で数も少ないため技の対処もしずらいのが現状だ。
ミリアリアも実力はあるほうだが、独特の戦い方である疾走師に苦戦を強いられていた。そのうえ改造されているためタンアツの強さには拍車が懸かっていた。
何より、
「来るんさ」
ヴィヴィに向かってくるタンアツを視認してミリアリアが忠告する。
「絶対に受けるな、避けるんさ」
受けるなということは防御するなということだろうか、ヴィヴィに疑問が浮かぶ。
おそらくそうなのだろうがそれを問いかける前にタンアツの蹴りが放たれ、思わず受ける。
折れた左腕に再度衝撃。【接骨】によって治療はしていたが、瞬間的に反応して受けたため再度骨折。いやそもそも完治していないためより骨折。骨折どころか複雑骨折といったところだろう。
「ちっ」
ミリアリアが思わず舌打ち。けれどヴィヴィがそうするしかなかった、というもの分かっているので、思わず受けてしまったヴィヴィにではなく、タンアツの再攻撃までに説明できなかった自分に対しての苛立ちだった。
九尾鞭の九つの鞭先が爪でひっかくようにタンアツを強襲。タンアツの連続攻撃を防ぎ、ヴィヴィを救出。
「オラ、お前ら! 特に狂戦士ども。彼女は癒術士系複合職なんさ。なんて守ってやらんさ、腰抜けかあ!」
ミリアリアが様子見している囚人や看守に叫ぶ。中にはヴィヴィよりも屈強な冒険者たちもいるが誰もかれもが生き返って強くなるタンアツに腰が引けていた。
「誰が腰抜けだ。おらいくぞおおおおおお!」
ミリアリアの鼓舞のような挑発に乗せられて命知らずな囚人たちがタンアツへと向かっていく。
「なんで受けては駄目なんです?」
ミリアリアに連れられ退避したヴィヴィは【接骨】しながら問いかける。
「あの子の蹴りに闘気が見えるだろう?」
受けたときには早すぎて見えなかったが、確かに俯瞰して見てみると闘気が見えた。
頷くとミリアリアが続けた。
「あれが疾走師の走技技能さ。一発がかなり強力なうえに、全ての技能が連鎖する繋ぎ技になっているんさ」
「つまり一度食らえば止まらない?」
「そう。誰かが邪魔したり、あの子の体力消費が限界に達するまでは永遠に繋がっていく。それが走技なんさ」
ある意味でそれは恐ろしい技能だった。今でこそ複数戦闘でミリアリアに助けてもらったわけだが一対一などを強いられた場合、一度食らえば死ぬまで受け続けるしかない。
現にヴィヴィの後退に伴って交代した囚人は狂戦士なのだろう【鋼鉄表皮】を使って蹴りを耐え、【肉体再生】によって傷を癒しているが、タンアツの蹴りは止まらない。止まっていない。
よく観察すれば分かるが、蹴りの動作後から隙なく蹴りが繋がっていた。
同時にミリアリアが説明する。
例えば魔法や癒術ならばディエゴのような超高速詠唱できる魔法士系上級職を除いて詠唱が隙になる。
隙が無いような剣技でさえも繋ぎ技のようにはなっておらず、尚且つ刹那ではあるが闘気を纏う時間が隙となる。
技が終わるとともに闘気は己が肉体に集約されるが、走技は違う。
技の終わりに闘気の余韻があった。つまり初撃の走技に際して纏う闘気以外は技が続く限り放出されているため、その刹那の隙さえもない。
「じゃあその初撃の隙を狙えばいい、達人ほどそう思うんさ」
ヴィヴィも、レシュリーやアリーであればそれぐらい容易だと考えていた。
「けれど走技を知れば知るほどそれは無理に思えるんさ」
ちょうど別の囚人の介入によって走技が途切れたところだった。
ヴィヴィはタンアツへと注視する。タンアツは介入してきた囚人へと標的を変える。
最初の蹴りを入れる前に闘気はうっすらと纏われていた。
驚きにミリアリアを見ると
「あれが【溜】。闘気を纏い維持して攻撃力を高める走技技能さ」
それによって初撃の僅かな隙さえもない。
再びタンアツを見ると囚人のひとりに肉薄。
頭を刈り取る回し蹴りの【煎】から始まり、回した足を瞬時に軸にする横蹴りの【片】、そこから上段前へと突き上げる【丁】へとつなげる。
その突き上げて態勢が浮き上がらなければ、突き上げた脚を振り下ろして踵落としの【炒】へと派生。
そのまま横蹴りの【煮】で吹き飛ばしてから中空に飛んで【塊】に繋げる。
跳び蹴りである【塊】はひとまずの技の途切れにも思えるが、そのまま壁や地面に押しつけてから踏みつける【炸】と続き、払い蹴りの【花】で浮かして再び【煎】に繋げ、以下続行。
それがひとつの繋ぎ技でしかなく後ろ蹴りの【爆】も組み合わせて繋ぎ技は無限大に繋がっていく。
怒涛の繋ぎ技を食らってしまった囚人だが、ふとタンアツがその標的を見ればその姿はない。
【空蝉】によって瓦礫を身代わりにしていた囚人は無傷。その囚人はどうやら忍士だったようだ。タンアツは気づかず長い間、攻撃を続けていたことになる。
一度受けてしまって止まらないのなら、止めなければいい。というある意味で逆説の理論。
もう殺せただろうとタンアツが判断した時点で技能の使用を止めれば走技技能は勝手に止まる。
それが【空蝉】や【変木術】で作り出した身代わりなら、タンアツが無駄に疲労し技能使用に伴う体力消費をするだけだ。
徒労に終わったタンアツの顔には絶望が浮かび上がる。
「ああ、なんてことだピョン」
世界の終わりを迎えてしまったかのような言葉を嘆いて、タンアツは再び胸に練習用短剣を突き刺した。
ヴィヴィは思わず目を見開いた。ヴィヴィが敵宣言したことで死んで生き返ったタンアツの露出して止まっていた心臓は繋ぎ技が終了した時点で覆い隠され再び動き出していた。
つまり繋ぎ技の途中にタンアツは完全に生き返り、そして忍士が【空蝉】で繋ぎ技を防いだことで絶望し、再び死んだ。
そうしてタンアツはまた生き返る。今度もまた露出した心臓に短剣が突き刺さり止まった状態で。




