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tenth  作者: 大友 鎬
第9章(後) 渇き餓える世界
431/874

蛇女

32


「やっぱり改造者かよ」

 シッタは案の定といった面持ちで言葉を紡いだ。

 今までは絶対の確信を持てなかった。自分の知らない方法で魔法を使っていたかもしれないとそんな可能性を残していた。

 けれど上半身に埋め込まれた蛇女の顔を見て改造者であると確信を得た。

 とはいえ95%ぐらいそうだろうと思っていたので、その確信はほぼ意味のないものだ。

 問題は蛇女の顔。シッタは直接対峙したことも退治したこともないけれど、知識から危険だと認識して、すぐに蛇女の顔から視線を逸らす。

 左指に違和感。

 見れば指が石と化していた。石化。しかも徐々に上に、じわりじわりと石と化していくなんとも言い難い感覚があった。

 舌なめずり代わりに舌打ち。

「やっぱりメデューサ(蛇女)かよ」

 視線が合うと一瞬で石化させられるという逸話が残るメデューサだが、退治した冒険者からすればその認識は若干異なる。

 現に対峙しているシッタは視線が合ってしまったにも関わらず一瞬で石化していない。

 第一にメデューサは【石化(ペトリファクション)】の魔法が使えない。

 それはいち早く【分析】した冒険者がいたことで周知の事実だ。

 使用するのは固有の技能【徐石瞳(ペトリアイ)】だ。

 その効果を簡単に言えば徐々に石化するだが、時間経過で進行するうえにメデューサと視線が合うたびに進行してしまう。

 【石分解(ディスアセンブル)】すれば事なきを得るが、【完全蘇生】と同じ癒術階級10のため覚えている冒険者が少数。

 シッタの周囲に当然【石分解】を使える冒険者はいない。

「やっかいなことになったZE」

 決して悲観的にではないが、少し面倒な状況にため息をついた。

 メデューサの徐々に石化効果から逃れるためにはもうひとつの手段をとるほかなかった。

「ニョロロロロ~、絶体絶命だね~、ユーはここから地獄行き~」

「うるせぇよ」

 左指の石化が進行し、爪の部分まで進む。左手であったことに感謝しつつも、再びダイコウラクへ向かっていく。

 石化を解除する方法は【石分解】をする以外にひとつしかない。

 使用者の息の根を止めること。即ち殺すしかない。

 ダイコウラクとの距離を縮めれば魔法剣による攻撃があり、距離を遠ざければ魔法による攻撃がある。

 ぐずぐずすれば【徐石瞳】で石化してしまう。時間制限のなかで自分の力を充分に使えなければ待っているのは死だ。

 しかも何度使えるか分からないがまるで蛇の魔物のように【脱皮(フルキャスト)】によって、たちまち傷を癒してくる。

 強者という自覚が傲慢を生んでも攻守ともに隙はない。

 焦ってはいけないと理解していてもシッタは焦ってしまう。

 ダイコウラクへはあと三歩。ホップステップジャンプではないが【舌なめずり】によってもたらされた超加速のなか、大股で進む。

 一歩。

 そこで目の前にある拳に気づく。

「ちぃ」

 進行方向を読まれてまるで置かれるように突き出された拳だがそのことに腹を立てたわけではない。

 本来ならその拳はあと一歩進んでダイコウラクの腕の長さの距離にまで詰めなければ届かないはずだった。

 それが目の前にある。超加速のなか、無理やりに体をひねって回避。筋繊維の軋む音。みしりと体が悲鳴を上げるなか、ダイコウラクを観察。

 左腕が長くなっていた。

 より正確に言えば右腕が短くなる代わりに左腕が長くなっていた。まるで右腕の長さを左腕が吸収したかのように、短くなった右腕は右肩に右手首がついており、左肩には右腕がくっついたかのように関節もふたつあった。

 つま先立ちして向きを変え、短くなった右腕側へとシッタは移動。

 もちろん、右腕を短くして左腕が長くなったということは左腕を短くして右腕も長くなるだろうと見当はついていた。

 それでも超加速して移動。そこからはさらに速い。

 舌の根も乾かぬうちに再度左側に回り込む。

「ニョロロ~、ユーは小賢しい~!」

 右腕を長くし終えたばかりのダイコウラクが苛立ちを露わにした。

 シッタの回り込んだ左側は数秒であれダイコウラクの左腕が短い状態だった。

「その状態で何ができんだよっ!」

 挑発とともに【舌なめずり】してシッタは仕掛ける。

「ニョロロ~、何ができるでしょうか~?」

「シッタことか」

 売り言葉を買うとダイコウラクは笑った。

「ニョロロ~、なんだってできる~!」

 瞬間、伸びた右腕が握る魔充剣アナコンダの剣先が左側にいるシッタの腹に突き刺さる。魔充剣に宿る【強火】がシッタの腹を焼いた。

 伸びた右腕なら左側にも届く。考えてみれば当然のことなのだが、メデューサの石化が進行するなかでやはりどこか焦りがあり、失念していた。致命的な失念。

「爆散~」

 放剣士ではないため魔充剣から魔法を解放することはできないが、それでもダイコウラクは告げた。

 魔充剣に宿った炎で斬られたところで爆発も四散もしないが、それでもシッタにとっては決定的な一撃。

「くそがっ!」

 身体がよろめくのをあたかも鏡越しに見ているかのように客観的に感じて、続けざまのダイコウラクの一撃が自分を切り裂く予兆が見えた。

 あばよ。

 胸中で別れを告げる。レシュリーに、そしてフィスレに。

 どう足掻いても避けれそうになかった。

 こんなところで、こんな奴に、死ぬのか。

 別れを告げたあと、シッタはそんなことを思った。

 ジョー・ゴンダワラはヤマタノオロチを倒して英雄になった。

 そんな彼の言葉尻「ZE」を受け継いだのは、レシュリーに抱くのとは違うどこか説明のしがたい憧れがあったからだろう。

 英雄になって死ぬという死に様にひどく憧れたのかもしれない。

 誰かを守って、誰かを救って、死にたい。

 そう強く思ったからかもしれない。

 殺した敵、死んだ仲間、それぞれの顔をまるで走馬灯のようにシッタは思い出していた。

 瞬く間に斬られて死んでしまうはずなのに、シッタが思い出している間だけ時が止まっているかのようだった。

 ああ、くそ。

 それでも死の刃は迫っていた。死の予兆を感じていた。

 胸中でなんかかんや思っていたのに、それでも死を間近に感じて強くひとつの想いが込み上げてくる。


 やっぱり生きてぇ。

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