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tenth  作者: 大友 鎬
第9章(後) 渇き餓える世界
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剛魔


31


「蛇の目、邪の目。光を閉ざせ、闇を見つめよ」

 直後、聞こえてきたのはダイコウラクの祝詞。魔法始動の定義。

 剛魔剣師は重魔剣士の上級職。そして重魔剣士は魔法と魔法剣を扱える複合職。とはいえ魔法を使うなら杖が必要だ。

 今ダイコウラクが握っているのは魔充剣。それでは魔法は使えない。

 魔法は詠唱時から杖を握っていなければならない。

 ねぇ、魔法はねぇぞ。

 そう思いたかったシッタだったが今までの戦闘経験から嫌な予感がよぎった。

 自分の予感を信じて鍔迫り合いでアナコンダを押し込みながら探る。

「右小指に熱さを、右親指に乾きを、左小指に熱さを、左親指に渇きを――」

 詠唱が属性の定義に入る。

「てめぇ!」

 答えを見つけてシッタは叫ぶ。

 アナコンダの柄頭。すなわち蛇頭、その開いた口から舌が伸びていた。

 その先は地面に同化して見えにくくなっていた杖に繋がっていた。

 蛇目石の蛇女樹杖〔蛇の目班目メンドゥーサ〕。

 もちろん、そんなことをしても杖を持っていると認識されない。本来なら。

 シッタの知識の中ではそのはずだった。

 だから魔法は発動しない。けれど魔法が発動しそうな気配があった。

 嫌な気配が拭えない。

 先ほどの叫びに続けて、シッタは問いかけるように怒鳴っていた。

「何をしやがった!」

 シッタは知識的に優れているわけではないが、それでもこれが直感的に改造であると悟っていた。

 手に握る魔充剣が杖と直結していれば、それを術者自身が杖だと錯覚できるような、そんな改造だと。

 答えを導き出した生徒に優しく微笑む先生のように、けれども気持ち悪くダイコウラクはほくそ笑んだ。

 時間はなかった。属性の定義が終わればあとは発動するだけだ。「右人差し指に熱さを、右薬指に渇きを。左人差し指に熱さを、右薬指に渇きを」

 シッタは軽く舌打ちして【舌なめずり】。身体能力をぐーんと伸ばして鍔迫り合いを勝つべく短剣を押し込んだ。

 その勢いを利用されていなされ、態勢を崩したまま、ダイコウラクの横へと無様にこけた。

「轟く炎よ~、大車輪が如く敵を撃て~! 【炎轟車】!」

 これで終わりだ、と言わんばかりにシッタへと炎の車輪が直撃する。

 死体が焼失してしまうほどの威力。跡形もなくなっていた。攻撃魔法階級4だがその威力はすさまじいまでの熟練度を物語っているようだった。

 フィスレを治療していた弟子たちが唖然とした顔で見ていた。

「次はユーたち~」

 ダイコウラクが宣告した途端、「倒したと思ったろ。ふざけんな、バーカ」

 背後から声が響いた。

 シッタだった。

「【舌劍絶命〈ノの型〉】!」

 【舌なめずり】からの必中の一撃を宣言して放つ。

 振り向いた頃にはダイコウラクの右肩へと短剣が突き刺さっていた。

 ダイコウラクはシッタの自己紹介を軽んじていた。

 あれはシッタの情報であり、少なくともシッタを分析するには役に立つ。なのにダイコウラクは強大な強さに酔いしれ、そういった部分を軽んじていた。

 コツコツと貯金をためていくのではなく、籤で大金をせしめて性格が変わってしまった冒険者のように、弱者から一気に強者に変わってしまったダイコウラクの驕りだった。

 シッタは忍士だ。忍士が持つ忍術技能は回避に長け、不意打ちにも優れている。

 だからダイコウラクが先ほどしなければならかったのはシッタの弟子たちに対する脅しではなく姿を消した忍士への警戒だった。

 シッタは【舌なめずり】からの【迷彩】そして【韋駄転】へと続けて姿を消してダイコウラクの【炎轟車】を回避していた。

 そしてダイコウラクの脅しという隙を突いて、必中の一撃を放ったのだ。

 けれどそれは必殺の一撃とはいかなかった。

 心臓を狙ったはずだがダイコウラクは身を逸らして致命傷を避けた。

 技の宣言やその前の挑発で言葉を発しなければ不意をつけたかもしれない。

 けれどダイコウラクの脅しが弟子たちだけではなく未だ治療中のフィスレにも向かっていると思うと、どうしても喧嘩を売ってやりたくなって挑発してしまったのだ。

 それでも後悔はない。

 さらにもうひとつ原因があるとするならばそれはシッタ自身にある。

 ダイコウラクはまだ気づいてはいないがシッタの背中は火傷を負っていた。

 【韋駄転】では避けきれなかったのだ。火傷の痛みで攻撃の速度が落ち、ダイコウラクに避ける機会を与えてしまっていた。

 それでも【舌劍絶命〈ノの型〉】は序の口。

 【舌劍絶命〈十の筋道〉】へと続き、【舌劍絶命〈口の包囲〉】で締める。

 疾風怒濤の連撃連打が一瞬のうちに終わる。

 シッタは手応えとともに妙な違和感を覚えていた。

「なんだ?」

 ダイコウラクを見れば、そこには抜け殻があった。

 そう抜け殻。蛇が脱皮するようにダイコウラクも脱皮していた。

 上半身の防具も脱皮とともに脱げてしまったのか、上半身は裸体。

 シッタは顔を顰める。肉体美にではなく、貧相さにでもなく、その醜悪さに。

 ダイコウラクが今まで防具で覆い隠していた部分、つまりは上半身には蛇女の顔が埋め込まれていた。

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