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tenth  作者: 大友 鎬
第9章(後) 渇き餓える世界
429/874

舌戦


30


 彼は舌なめずりをした。【舌なめずり】ではなく、舌なめずり。

 それも常人よりも幾許か長く先端が二又に分かれた舌で、だ。

 そのただの変哲もない舌なめずりをシッタ・ナメズリーは対面で睨みつけていた。

 弟子たちを大した怪我もさせずに離脱できたのは怪我の功名でもなんでもなく、フィスレのおかげだった。

 それでもシッタの怒りは収まらない。シッタの度量という名の箱は自身が思うに存外大きいはずだけれどそれでも怒りが収まることはなかった。

 目の前の彼が姿を現したのはレシュリーたちが鮮血の三角陣を合格し、言葉少なく姿を消してしばらくしてからのことだ。

 レシュリーたちの数の減った弟子を南の島へと見送り、修行のためにエクス狩場へと向かっているとそいつが現れてとある問いかけをした。

 それに応じたフィスレがまず襲われた。

 確かに弟子たちは大した怪我を負わなかった。

 けれど執拗なまでの、目の前の男の攻撃はフィスレに重傷を負わせていた。

 シッタが牽制し後退したフィスレの治療は今も続けられている。致命傷は避けられたが戦線復帰までには時間がかかる。

 弟子たちにとっては格上。弟子たちが目の前の男を倒すという下剋上(ジャイアントキリング)はできなくはないかもしれないが、誰かが死ぬことは目に見えていた。

 全員を生き残らせるために鮮血の三角陣を受けなかったシッタに無理をさせるという選択肢はなかった。

 実質一対一か。シッタは【舌なめずり】をして

「てめぇがどこのどいつか知らねぇけど、フィスレの弔い合戦をさせてもらうぜ」

 怒り任せに叫ぶ。

 後方にいた弟子に意識が朦朧としているフィスレですらまだ生きてると胸中で総ツッコミをしたがそれはともかく、

「ニョロロ」

 と目の前の男は笑って舌をなめずり、

「ユーらがレシュリーを知っているから悪い~。知ってるやつらは皆殺し、知らないやつらも皆殺せと命令が出ているんだよ~」

「誰がそんなことを? 意味分からねぇな!」

【舌なめずり】して加速。

「秘密~」

 答えた男も舌をなめずり、剣を構えた。

 シッタの短剣〔蠅取りショーイチ〕の軽くて速い刀身と男の魔充剣アナコンダの重くてしっかりとした剣身が激突。 

 本来ならば折れやすい部類に入る魔充剣だがアナコンダに宿るのは【硬化】の魔法。

 こいつ魔法剣士系複合職かよ、とシッタが舌なめずりしたのも束の間、重い一撃に粉砕されそうになり、身を捩ってその場を離脱。肌は不健康そうな少し青ざめた色をしているのに妙に力強い。

「ヘビーな一撃だと思わない~?」

 ニョロロと男は笑う。二重丸の中を塗りつぶしたような瞳がシッタを苛立たせる。

「つかてめぇ、ただの冒険者じゃねぇな」

 【舌なめずり】で能力を向上させたランク6の自分と比較しての強さにシッタは舌をなめらず舌を打つ。

「ニョロロ、そう言えばユーたちには名乗ってなかったかも~? ミーは十二支悪星(エトワール)のひとりランク7剛魔剣師ダイコウラク(巳星)だよ~」

 ダイコウラクと名乗った男はご丁寧に自分の職種とランクを告げた。

 シッタは再度舌打ちする。なめずっている暇がない。

 ランクと職種を、それも上級職を名乗ったのはダイコウラク自身が敵対するシッタよりも格上だと認識させるためだ。格下だった場合、逆効果ではあるがランク7の冒険者の絶対数が少ないことは世界中で認知されている。

 敵対者とのランク差があればあるほど能力値にも差がある証左。敵対者を畏怖させる材料になる。

 事実、それがダイコウラクの狙いだった。

 がシッタは舌打ちして多少苛立った程度で畏怖した様子はない。

 ダイコウラクの思惑はシッタには通じない。

 そもそもランク7の上級職とシッタは戦闘経験があり、倒した経験さえもある。

 その程度では怯まない。

 ただただ自分よりもランクが上の冒険者と敵対してしまう自分の不運に腹が立った。

 そんな相手によってフィスレが負傷させられてしまったことも腹が立った。

「俺はシッタ・ナメズリー。ランク5の忍士だZE。てめぇよりも超強いけどな!」

 怒りをぶつけるようにシッタもダイコウラクへと名乗りをあげる。

「ニョロロ、ほざいてろ」

 ダイコウラクも笑って返す。

 構えた魔充剣アナコンダの造りは特殊で他の魔充剣と比べて目に付くのはその色だろう。。

 剣先から柄頭まで一貫して緑。その所々に蛇の目模様があり、柄頭は蛇頭になっていた。蛇頭の開いた口には二又に分かれた舌が見えた。蛇を模して造られたというよりは蛇そのものを魔充剣にしたような造り。蛇系魔物などを苦手とする冒険者は見るのも嫌ぐらい蛇に似ていた。

 そんなアナコンダを構えてダイコウラクはシッタを待ち受ける。

 余裕からか速さではシッタに分があると認識してかぎっしりと構え、シッタが飛び込んでくるのを待ち構える。

 ぎぢ、んんっ、と刃と刃がぶつかる。先ほどのようにアナコンダは【硬化】を宿してはいない。

 速度を乗せたシッタの短剣がアナコンダを押し込んでいく。

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