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tenth  作者: 大友 鎬
第9章(後) 渇き餓える世界
424/874

最硬


25


「ヨミガ、ミチガ、ヒックリカはここで詠唱準備! コッカとジャムは三人をよろしく!」

 モココルが捉えた人影のうちのひとりが残りの五人に指示を出す。

「あーしは、ちょっくらあの人を救ってくるし」

 指示を出した女冒険者は速度を上げて、五人から離れる。

「ってか、間に合わねぇかもしんねぇし」

 女冒険者は走りながらそんなことを呟く。

 健康的な小麦色の肌に、ポニーテールの金髪。

 上半身は豊満な胸を隠す防水着(ビキニ)のみ。下半身も短裾丈(ショートパンツ)と身軽な服装。

「んなことになったら、継承した意味ねぇし!」

 走った勢いで女冒険者は手に持っていた自分を覆い隠すほどの巨大盾を勢いよく投げた。

「しゃがむし!」

 女冒険者の声にモココルが反応。しゃがむと盾はモココルを通り過ぎて、

 突撃を開始していたセキフンジャクに激突。

 モココルの武器よりも硬い筋肉を粉砕したセキフンジャクの【屠龍&鷲木菟】を跳ね飛ばして戻ってきた盾を女冒険者をキャッチ。

「今だし!」

 詠唱を開始していたエル三兄弟の三重【風膨】が態勢を崩したセキフンジャクへと強襲。

「ああああああああああああああああああモー! なんなんのよ!」

 直撃を受けたセキフンジャクが風の中心で叫ぶ。効果時間が経過するよりも前に音圧で風を吹き飛ばす。

「五人はそこで待機、近づかないで欲しいし」

 近づいたらやばいと判断した女冒険者が指示。

「あなたは~?」

 女冒険者の元に辿り着いたモココルが問う。

「あーし? あーしはこの盾の正当後継者。ミネーレ・アデルーリア! よろしくだし!」

 そうしてモココルに巨大盾を見せつける。

 巨大盾〔誉れの盾雄アロンド〕を。

「下がってるし。ここはあーしが守ってみせるし」

 にひっ、とミネーレは笑った。

 籤屋の景品にされ、ムジカが取り返した三つの武器、星岩の螺旋巻杖〔情熱の吟雄ジョー〕、巨大盾〔誉れの盾雄アロンド〕、匕首〔空庭の聖女ルルルカ〕。

 それらは一度アルルカの手に渡り、匕首はアルルカ自身が引き取ったものの、

 巨大盾、星岩の螺旋巻杖はそれぞれ近しい人へと手渡されていた。

 星岩の螺旋巻杖はジョーの両親に渡り、そこからとある人に手渡されたという。

 一方の巨大盾はエル三兄弟に託され、ミネーレに継承された。

 アデルーリア。

 その姓はアロンドと因縁のある名前、アロンドが救えなかった姉妹の姓だった。

 ミネーレは彼女たちの姉妹というよりも従妹でエル三兄弟とは親戚に当たる。

 アデルーリア姉妹たちを守れなかったことをミネーレは恨んでいない。むしろ伝説になったアロンドのことを尊敬していた。いや伝説になるよりも前にアロンドとアデルーリア姉妹が冒険している頃からずっと尊敬していた。

 そんなミネーレが使っていた武器はアロンドと同じく盾で、さらに狩士が多くの武器を持つなかでアロンドが盾のみを持っていたように彼女も盾だけを持っていた。

 けれどアロンドが防御一辺倒なのに対して、ミネーレは違っていた。

 最高の硬さを持つ盾――すなわち最硬の盾を巧みに使う。

 本来、冒険者は投擲技術をほとんど持ってはいないが、副職か主職が投球士系であればそれなりに技術習得ができる。

 狩士ミネーレもそもそも投球技能が少しばかり使えるため、先ほどのように盾を投げることもできた。

「モー、あんた誰なの? モー烈にムカつくなあ。なんでそこの女殺すの邪魔するのかなあ」

「つか、あんたこそ何なんだし。力の使い方、間違えてるし。力ってのは人を守るためにあるんだし!」

「モー意味わかんないな。でモー決ーめた。あんたから殺してあげるよ」

「やってみろだし」

 セキフンジャクに話が通じないと感じたミネーレは挑発じみた言葉を返す。

 コッカやジャムがエル三兄弟を離れた場所で守ってはいるが、いつそちらに意識が向くか分からない。

 そうさせないためにも自分へと意識を向けさせていただく必要があった。

「あっち行くし」

 エル三兄弟がいる方面へとモココルを促す。

「でも~……」

「いいから行くし。あーしがぜってぇに守ってやるし」

 ミネーレはそう言いながら言葉に酔っていた。うわ、今のあーしの言葉、アロンドさんっぽいし、と。

 尊敬しすぎた結果、恥ずかしすぎてアロンドとミネーレは出会ったことはない。アロンドもミネーレもお互いにその存在は知っていたが、アデルーリア姉妹が出会いを画策しても鋭い嗅覚でそれを察知してアロンドが死ぬまでついぞ出会うことはなかった。いや遺骨になってなお、ミネーレは出会ったことがない。

 強いていうならば、巨大盾を受け取ったときこそが疑似的な出会いと言えた。

 そんなミネーレがアロンドっぽいと思う仕草は全て彼女の妄想だった。

 そんな誇大妄想が、彼女をアロンドのようにと突き動かしていた。

「……分かりました~」

 ミネーレの意志を察したのかモココルは一礼。エル三兄弟のもとへと駆けだしていった。

「どうか~死なないでください~」

 ミネーレも相当の実力者なのだろうが、それでもセキフンジャクは強敵だとモココルは注意を促しておく。

 そうしてミネーレとセキフンジャクは激突した。

 言葉通りの激突。

 セキフンジャクが【屠龍&鷲木菟】で突撃すれば、ミネーレは巨大盾を前に構えて突撃。

 最強の矛と化して暴力を振るうセキフンジャクと最硬の盾を堂々と構えるミネーレ。

 ふたりが超高速でぶつかればどうなるか。

 β時代の逸話にこんな話がある。

 鍛冶屋がなんでも切れる最強の矛となんでも防げる最硬の盾を売っていた。

 その矛と盾をそれぞれ、別々の冒険者が購入したところ、その矛と盾を買えなかった冒険者が嫌がらせのようにこう言った。

「そのなんでも切れる矛となんでも防ぐ盾がぶつかったらどうなるんだろうな?」と。

 それは人々の興味を集めたが、矛を買った冒険者も盾を買った冒険者もついぞ戦うことはなかった。

 それぞれが最強ではなくなることを、最硬ではなくなることを恐れた。

 結果なんて戦う前に分かっていた。

 鍛冶屋のいう最強、最硬という言葉なんてものは謳い文句で、現に今はそうでもいずれかはそれを超えるものが現れるのは歴史が証明していた。

 逸話の中で冒険者たちは戦わなかったが、仮に戦っていれば、結局のところ、強いほうが勝つのだ。

 衝突。

 まるで壁にぶつかったかのような堅牢さにセキフンジャクは驚く。

 モッコスの筋肉でさえも頑丈な鎧でさえもぶち抜いてきたセキフンジャクの暴力技能が、ビクともしなかった。

 いやビクともというと語弊がある。少なくとも巨大盾には若干の傷はついていた。

「……っつう! やばい衝撃だし」

 その暴力の衝撃もすさまじく、ミネーレは10m後方に吹き飛ばされていた。

 とはいえ巨大盾が破壊されなかったことは暴力技能――強いてはセキフンジャクに立ち向かえる証明でもあった。

「モーなんなの、その盾!」

「最高の盾だし!」

 苛立つセキフンジャクにミネーレは告げた。

 最硬ではなく、最高。いずれこの巨大盾よりも硬い盾が現れたとしてもミネーレにとってはこの盾が最高だと。

 気持ちを昂らせて、告げた。

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