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tenth  作者: 大友 鎬
第9章(後) 渇き餓える世界
422/874

筋肉


23


 キョウコウとの戦いはまさしく運が良かった。

 大逆転師という上級職ながら、ギャンブル性の高い戦いだったことが幸運なムジカや悪運が尽きないガリーを有利に運んだ。

 しかし、そんな運が他の冒険者に適応されるわけもない。

「モーいい加減にしてよ」

 大草原。セキフンジャクはうんざりとした面持ちで目の前の冒険者が死んでくれないことを嘆いた。

「この筋肉がそうやすやすと突破されては敵わんのですぢゃ」

 嘆きに答えたのはモッコスだ。

 モッコスはネイレスたちが南の島に赴いている間、遊牧民の村で留守を預かっていた。先の戦いで負傷したこともあり、それらの休養も兼ねていたが、そこでセキフンジャクの強襲を受けた。

 強襲を受けたのは大草原にいたレベル上げの冒険者で、メラゾとベギラという炎属性の魔法を得意とする冒険者がふたり、まずは殺された。

 それぞれ、たった一発。言わばワンパンチで殺され、大草原に来ていた少なくはない数の冒険者に戦慄が走った。

 大草原はかつてレベル上げの場所としては広すぎることで不人気だったがレシュリー・ライヴがそこでレベル上げをしたと聞いた冒険者が真似して経験値稼ぎへと訪れていた。

 火急の報せで遊牧民の村は移動を開始。モッコス、モココル、それにアルルカの弟子が護衛を務め、モッコスとモココルが急ぎセキフンジャクと対峙していた。

 大草原の名酒を求めてやってきていた飲んだくれのゴンダ率いる酒好き軍団もモッコスたちに続いた。ゴンダは戦闘の技場で面識があった。

 ゴンダたちは酒を求めて大草原にやってきたが遊牧民の村にあるらしい名酒を手に入れることができず途方に暮れていた。

 そこにこの窮地がやってきたため倒すことを条件に名酒を手に入れる交渉をしていたのだ。

 けれど見通しが甘かった。

 圧倒的な暴力の前には、自称酔剣の使い手、飲んだくれのゴンダとて一瞬で殺された。技能にもなっていない猪口才な技術では到底太刀打ちできなかった。

「レシュリー・ライヴを知っているか?」

 そんなふうな質問に「はい」と答えた瞬間、セキフンジャクは一発で周囲の冒険者を虐殺した。ゴンダの取り巻きのマイミィにクック、マハリクもそれぞれ一発で死んでいた、

 一方的だった。

 そうしてあれよあれよ、と生き残っているのはモッコスとモココルになっていた。

「さっさとあたしに殺されてくれないかなあ。モー鬱陶しいんだよ」

 他の冒険者と比べて粘るふたりにうんざりしてセキフンジャクは答えた。

 牛のような角。首には鼻輪のような装飾具。肌は白く、ところどころに黒い斑点があった。見た目は女性だが成りは異形。

 一目で改造者だと理解できた。それもとてつもなく強い。

 筋肉自慢のモッコスも左手を千切りとられて、右手しかない。

 狂戦士のモッコスの筋肉は自己鍛錬によって肥大した筋肉だ。

 強化技能を使うことでさらに筋肉は肥大し、筋力が強化されるが、モッコスはあまりそれを良しとしていない。

 冒険者は老化が遅く、筋力の衰えもほぼない。レベルアップによって力が上がるとともに自然と細腕でも重い荷物を持てるようになるが、それは筋肉がついたわけではなく潜在的な力が延びただけだ。

 より表面的に浮き彫りになる筋肉は地道なまでの自己鍛錬か強化技能による瞬間的なものでしかない。

 モッコスの筋肉はその地道なまでの自己鍛錬で見る人が見れば垂涎物の美術品だった。

 そのモッコスの筋肉がいとも容易く千切りとられるほどの力をセキフンジャクは有していたことになる。

「モー理解した? あたしの暴力の前じゃ、そんなのモー無意味なんだよ」

 モココルを逃がすようにモッコスはセキフンジャクの前に立ち塞がっていた。

 モココルの夢を知っているモッコスはモココルを死なせるわけにはいかなかった。

 筋肉ばかり鍛えているモッコスだが、いつかモココルが語ってくれた夢は冒険者にとって有益になると理解していた。

 そのために己が筋肉はある。

 失った左手が再生し、両腕の筋肉が肥大。

 【肉体再生】の応用で右手を再生させ、【筋力増強】に筋力をさらに増強。

 合わせて【鋼鉄表皮】と【偽造心臓】を三重展開。

 モッコスがここぞとばかりに強化技能を連発して、強靭な肉体を整備。

 それでもセキフンジャクは笑う。

「モー無理無理。いい加減、死になよ」

 セキフンジャクが両手を広げ、頭を突き出し構えた。

 飲んだくれのゴンダを一撃で屠った突撃の構えだ。

 頭に生えた角が、モッコスと対面する。

 来る、モッコスは本能的にそう思った。一度目はそう感じるまでもなく突撃され、かろうじて避けたが左手を持っていかれた。

 その突撃を思い出しモッコスの頬を汗が一滴伝う。

 同時にセキフンジャクはモッコスめがけて発射した。

 そう発射。

 一度目のときは分からなかったが、セキフンジャクの足は宙に浮いていた。

 頭をこちらに突き出し、手を広げ、足は閉じ、十字架に磔にされような格好で、セキフンジャクはモッコスへと飛んできていた。

 セキフンジャクは狂戦士の上位職、狂凶師である。

 狂凶師といえばDLCを用いたブラギオたちの戦いにいたウル・アンキロッサが超強化を使用していたが、実はそれ以外にももうひとつ、狂凶師しか使えない技能があった。

 名を暴力技能。圧倒的なまでの、無慈悲な威力を持っていることでその名が名付けられた。

 反面、使用中は無防備で、能力値でいうところの防御力や魔法抵抗力が0になり、さらに魔法による防壁などが無効化され、完全なる攻撃特化になってしまう。しかも使用中は回復細胞が疑似的に死滅。癒術や道具による回復をしても意味がなくなってしまう。

 当然のことながら、そのデメリットを嫌う冒険者は多い。エンドコンテンツに存在する狂凶師のほとんどが暴力技能を使わず、超強化技能を使用していた。

 なにせ、超強化技能を用いれば攻撃力どころか防御力ですら底上げでき、デメリットというデメリットがないからだ。

 とはいえ一瞬の最高火力で見れば暴力技能のほうが上だ。

 発射されたセキフンジャクは刹那のうちにモッコスへと激突していた。

 それは【屠龍(ウーフー)(・ザ・)鷲木菟(ドラゴンバスター)】という暴力技能。

 超攻撃的なまでのその技能は、超強化【筋力最大】と【高速瞬動】を合わせて、速度と威力を上乗せしているうえにセキフンジャク自身が、超攻撃力を持っているミノタウロスをベースに改造されていた。

 超強化と暴力技能の合わせ技の連発は精神摩耗が半端なく大きいが、それすらも軽減する改造がセキフンジャクにされていると見ても良かった。

 キョウコウが賭博狂だとしたら、セキフンジャクは力狂だ。

 そんな暴力の嵐をモッコスは受ける。それでもセキフンジャクの速度は落ちない。圧倒的な速度、力のままでモッコス自身を押していく。

「ふんぬらばあああああああああああ」

 気合いを入れてモッコスは踏ん張るが、完全に力負け。受けることはできても止めることはできない。

 真っ向から力勝ちしたいモッコス自身は姑息だと思っているが、受けた力を流すように横へと逸らした。

 ぐりん、と半回転したセキフンジャクは勢いそのままに後ろへと飛んでいく。

 受け流し方を失敗したのか今度は右手を持っていかれる。【鋼鉄表皮】によって防御を高めていたうえに【筋力増強】で補完もしていても無意味だった。あたかもなんでも削れる削岩機のように、けれど溶けかけの氷菓子を匙で掬うようにすんなりと持っていかれた。

 すぐに【肉体再生】。

 健常に戻るが、精神摩耗は免れない。息がすでにあがっていた。

「モココル。いますぐ逃げるのぢゃ」

 立ち止まりモッコスを心配そうに見つめるモココルへとモッコスは叫んでいた。

 モココルは力で戦うような冒険者じゃない、それはモッコスもモココル自身も分かっていた。

 さらに言えばふたりで一緒に逃げ切れないことも分かっていた。

 どちらかがこの危機を報せるべきだと言うことも。

 そのうえでモココルの夢を知っているモッコスは自慢の筋肉を使って、モココルを逃がす選択をした。

「でも~……」

 危機感を持ちながらも間延びした声でモココルは逃げることを渋る。

 モッコスの選択をモココルは理解した。

 けれどもそれではモッコスはどうなるのか、モココルは同時に理解していた。

 ルルルカを失ってからまだ日は浅い。そんななかでモッコスまで失いたくない。

 モココルにとってモッコスは筋肉バカで体臭が少しにおって、ルルルカとアルルカとモココルの三人でそのことを指摘したら少しへこんで、常に三人のことを見守ってくれる、ある意味でお父さんのようなそんな存在だった。

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