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tenth  作者: 大友 鎬
第9章(後) 渇き餓える世界
421/874

福徳


 22


 幸運は続く。

 キョウコウがガリーと対峙し、アールビーという予想外の援軍が現れたことで、ムジカが詠唱していた魔法もまた、整った。

「轟く炎よ、大車輪が如く敵を撃て!【炎轟車】!!」

 炎の大車輪が地面を走り、キョウコウへと迫る。輪っかのように飛ばしたり、地面を走らせたりと様々な使い道ができるのが【炎轟車】の利点だ。

 自走機能も追尾性能もないはずだが、地面を駆ける【炎轟車】は出っ張りにぶつかったり、目に見えぬ緩やかな斜面を利用して幸運にもキョウコウに直撃する道筋を得ていた。

「なんですメ、それは!」

 これはキョウコウも唖然。〈幸運〉の才覚を下に見すぎていた。

 たかが改造で賭けを100%にしてイカサマをしようとしても〈幸運〉の前にはひれ伏すしかない、そう言われているようだった。

 速度を上げて迫る【炎轟車】にぶつからないようにアールビーが細剣で攻め、ガリーがその動きに合わせるように回避させまいと動いていく。

 キョウコウは下がるか、【炎轟車】に向かうしか選択肢がなくなる手筈だった。

「舐メェないでくださいメ!」

 気合いとともにガリーの服を掴んで引きつける。そのまま腰を利用して、アールビーのほうへと投げつけた。

 隙あらばで狙っていたのだろう、ガリーが回避させまいと動くのを計算に入れて先回りしてキョウコウはガリーを捕らえることに成功したのだ。

 幸か不幸か、ガリーはアールビーに直撃。態勢を崩しガリー諸共倒れてしまう。

 瞬間、【炎轟車】がキョウコウに到達するが、逃げ場は十分。

 窮地を脱したキョウコウが冷静にガリーがいたほうへ向かい、【炎轟車】を避ける。

「メ?」

 それはキョウコウの唖然とする声。何かが起きていた。

 ゆっくりとキョウコウは顔を下に向ける。

 自分の胸に細剣が刺さっていた。細剣〔命名するメイメイ〕。自分の武器だ。

 それがわけもわからないうちに自分の心臓を貫いていた。

「これがオレの運メェー? 認メェーないです……メ」

 捨て台詞を吐いてキョウコウは倒れた。

 起き上がったガリーはキョウコウの姿を見て驚き、

 アールビーは自分がいちかばちかの賭けに勝利したことに驚き、

 一部始終を見ていたムジカと他の冒険者は〈幸運〉の恐ろしさに驚いた。


 何があったのか、

 それは幸か不幸かガリーが投げつけられ、アールビーに直撃したときまで遡る。

 結論から言えばガリーが投げられたことは幸運だった。

 ガリーが投げつけられる瞬間、いやそれよりももっと前、アールビーは細剣で攻撃しながらも【剣投】する機会を窺っていたが、その機会はやってこなかった。

 機会がやってくる前に投げられたガリーがアールビー自身に向かってくるという危機がやってきた。

 避けれないっしょ、素直にそう思ったアールビーは逆転士でもないのに賭けに出た。

 今まで無傷だった自分の幸運を信じて細剣〔命名するメイメイ〕をキョウコウがいるであろう方向へと【剣投】した。

 けれどそれは見当違いの方向へと飛んでいく。方角的にはガリーが投げられる前にいた辺りだ。

 不運にも飛んできたガリーによって視覚を遮られ、狙いが定まらなかったのだ。

 レシュリーほどの命中精度をアールビーは持っていない。むしろ命中率は悪いほうだ。

 それでも全力投球――いや全力投剣した。

 その頃にはムジカが発動した【炎轟車】がキョウコウに届いていた。

 がガリーを投げたことで回避できる場所を得たキョウコウは元々ガリーがいた、【炎轟車】が当たらない位置に移動して回避。

 しかしそこにはキョウコウにとっては不運でしかないが、見当違いに全力投剣した自身の細剣が迫っていた。一瞬の出来事過ぎてキョウコウはそれに感づけなかった。

 キョウコウの不運は続き、その細剣は運悪くキョウコウの心臓を射抜いた。

「これがオレの運メェー? 認メェーないです……メ」

 こうしてキョウコウは倒れた。


***

 

 また生き返ってしまうんではないだろうか、そう思わせるほどキョウコウの呆気ない死にざまにしばらくは誰も何も喋らなかった。

 静寂が続く。

「うおおおおっ」

 歓喜の声が周囲から上がった。

 ムジカにはあまり実感がわかず、ガリーもしっくりとこない。

 それでも周囲の冒険者はムジカにガリー、それにアールビーを囲って喜んでいた。アールビーは周囲の歓喜に同調して「ウヘッヘッヘ」と笑いながら喜んでいる。

「ムジカ、ごめん遅れた」

「ムーちゃん大丈夫?」

 ネイレスたちがようやくその場に到達した。

 〈幸運〉持ちが戦っていると聞けばムジカと言う名前を言われなくてもそれがすぐに誰だか分かるが、距離が離れていたため移動が遅れた。

 ばかりか闘技場好きの観光客や冒険者がどちらが勝つかの賭けや一目見ようと集まりだしたことでなかなか移動ができなかった。

 騒ぎを収めようと自警団めいたことをやっているフレアレディやシュキアに出会わなければもっと到着が遅れていただろう。

「ってもう終わってる?」

「はい……なんとか切り抜けました」

 重軽傷者こそいるが戦死者は襲ってきたキョウコウのみ。敵以外に死者がいないのはある意味で幸運だろう。

「すごいじゃない!」

 ネイレスは素直にほめた。敵の実際の強さは知らないが、ここに来るまでに来た人々の噂ではランク7だの8だの、大逆転師だの言っていた。

 そんな相手を相手取りムジカは戦い、倒してみせたのだ。

「すごいよ、ムーちゃん」

 当然、メレイナも、セリージュも喜んでいた。

 ひとりで戦うことは随分と心細かったに違いない。

「そんなことないよ。ガリーさんと、えっと……」

「みなまで言うな。アールビーっしょ」

 ムジカが言葉に詰まるとアールビーがなぜかすぐに察して名乗った。

「そうアールビーさんが一緒に戦ってくれたから」

「あんたと」

 ガリーのことは少しだけ知っているネイレスがガリーを一瞥して

「あんたが?」

 アールビーを怪訝な目で見た。

「ウヘッヘッヘ。そんな瞳で見つめるなっしょ。惚れてしまうっしょ?」

「それは勘弁」

 ネイレスはすぐに言って嫌な顔をした。どんなことを言っても前向きに捉えるバカだと察したようだった。

「というか本当にあんたが活躍したの?」

「皆まで言うな。トドメの刺したのはランク6の剣投士こと変幻自在、悠々自適、可及的速やかな男アールビー・アンビシャズとはオイラ様のことっしょ」

 言葉の意味も分からず言葉を並べ立て再度、自己紹介をしたアールビーだが、告げた言葉に周囲は唖然とし、そして騒然となった。

「「「「ランク6!!!???」」」」」

「マジかよ?」「嘘でしょ……」「……あり得ない」

 ネイレスやムジカたちも含め、周囲の冒険者が声を荒げた。

「皆まで言うな。照れるっしょ」

 注目を集めたアールビーは喧騒とは裏腹に顔をでれっと変形させて喜んでいた。

 当然、ランク6が封印の肉林から脱出して世界に散らばったことは認識されている。それにランク5の冒険者が少しずつランク6になり、ランク6の人口が増えつつあることも。

 けれどまさかここにいる誰しもが目の前の馬鹿げた言動ばかりする男がランク6だとは思いもしなかったのだ。

 とはいえ考えてみれば納得がいく。キョウコウを追い詰める動きに、運があったとはいえ心臓を貫ける【剣投】の熟練度の高さ。それらを兼ね備えているのであればランク6でもおかしくはない。

 最も言動のせいでそうは感じさせなかったが。

「ウヘッヘッヘ。そうそうところで我が厚顔無恥なる親友ガリガリガリーくん、ものは相談なんっしょけど、オイラ様とパーティー組んでほしいしょ」

「当然……断る」

「皆まで言うな。分かってるっしょ」

「絶対に分かってない……死のう」

 何を言おうがアールビーは付きまとってくる。なぜだかガリーはそんな予感がした。

 これも〈悪運〉のせいなのか、変な拾いものをしたガリーは空を見上げて嘆いた。

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