集結
5
ユグドラ・シィルの北、ガーデット旧火山のカルデラ湖、そこから流れるアデス川の中流域にある酒場『竜の集い』。そこには竜を討伐することが大好きな冒険者たちが集まっていた。
「ジシリ、お前宛にこんな手紙がきてるぜ」
頭領格の女冒険者ジシリに酒場の主人が一通の手紙を差し出す。
差出人は集配員Bと書かれている。誰もこの集配員Bが誰なのか知らない。
それでも分かることがある。この集配員Bの情報は的確で、外れたことがない。
だから正体が誰であろうと信用はしていた。
「ニャハハ、どれどれ~?」
気楽な口調で笑うジシリが興味深々に手紙を開く。
「ニャンですとー!」
竜討伐愛好家であると同時に愛猫家でもあるらしいジシリの驚き方は猫の泣き声が混じっていた。
その驚きに竜討伐愛好家たる他の冒険者も集まる。
『二日後、ユグドラ・シィルにアジ・ダハーカ現る』
手紙にはそう書いてあった。
「ジシリさん。これは行くっきゃないよね☆」
「当たり前ですニャ!」
「アジ・ダハーカから造れる防具一式は今でも一流品ですよな」
「流通がほぼないから市場に売ってもいい値段で売れますよな」
低ランクながらも最近、竜討伐愛好家と認められたアンドレとカンドレが呟く。
彼らは新人の宴でワームと戦って以来、その魅力に取りつかれていた。
「それニャあ、目指すは。ユグドラ・シィル!」
「「「「「「おぉう!!」」」」」」
その場に居た竜討伐愛好家の冒険者たちが腕を振り上げ、シジリに賛同した。
***
ディオレスが死んだ、という一報が世界を震撼させているさなか、喧騒とはかけ離れた場所で静謐に死んでいく男がいた。
グレオン・ジャッセルセン。世界にもはやふたりしかいない封獣士のひとりだった。
「おじいさま……」
グレオン・ジャッセルセンは、孫娘メレイナ・ジャッセルセンの暖かい手に握られて最期を迎えていた。老衰だった。冒険者としてそんな死に様を嫌うものも多いなか、グレオンは幸せを感じていた。
娘は死んだ。その婿も死んだ。ふたりとも、冒険者だった。けれど封獣士ではなかった。グレオンを誇りにすら思っていなかった。
そんなふたりに看取られても嬉しくなかったかもしれない。
けれど今、看取ってくれたメレイナだけは違った。グレオンのことが大好きで、そして誇りに思ってくれていた。その意志を継ぐようにメレイナは封獣士になった。
グレオンが死ねばメレイナは孤独になる。それは申し訳なく思ったがそれでも遺志を継いでくれるものがいることの安心感にグレオンは身を包んだまま死ねる。
グレオンは最期に言葉を残した。意志を告げた。
ブラッジーニという男が大草原にいるので、自分が死んだことを伝えてほしいと。
メレイナはもちろん断らない。グレオンが、おじいちゃんが大好きだったからだ。
ここから大草原までは遠いけれど、メレイナは旅支度をして出かけた。ひとりになって初めての長旅だけど使命に燃えたメレイナは哀しくなかった。
旅立ちから三日、立ち寄ったレスティアの酒場でメレイナは偶然にもブラッジーニが行方不明で草原には魔物が溢れかえっているという噂を聞いた。
どうすればいいんだろう、とフレージュに向かおうと思っていた矢先のことでメレイナは立ち尽くす。
***
アルフォード・ジネンはほとほと困っていた。
レスティアでディオレスのアジトを見つけたのは四日前。
けれどどうやって入ればいいのか分からず立ち往生していた。
早くヒーローのことを伝えなければ、その思いがさらに焦りを増長させる。
少し待てば中から出てくるかもしれない、そう思ったが出てくる兆しがない。次の日こそはと思って待ってみるも出て来ず、気づけばもう四日経っていた。
それでもアルは今日も、愚直にアジトの前で待ち伏せしていた。
「あれ……確か、キミって……」
どこかで聞いたような声がアルの耳へと届く。
「確か、共闘の園の時に……」
振り返り、その姿を見てアルは呟く。そこにはネイレスがいた。
「ああ、そうだ。アルくんだ。ここで何をしてるの?」
「いや……ヒーローのことでちょっと」
「キミもヒーローに用事? 急用なのかな?」
「いや、ヒーローはユグドラ・シィルにいると、アリーさんたちに伝えようと思って……」
「どういうこと? ヒーローはアジトにいないの?」
「ええ。ディオレスさんが亡くなったのはご存知ですよね?」
「……まあうん」
「その後、俺の仲間を助けるためにヒーローさんの力を借りましてその後、昏睡状態に陥ったから……無断でユグドラ・シィルの癒術会まで運んだです」
「ヒーロー、また無理してんだね。でも鮮血の三角陣からだとエンドレシアスのほうが近いよね?」
「癒術会は信頼できるところに行け、ってやつです。もっとも、状況と状態を考えろと怒られましたが……」
「なるほど。でヒーローはユグドラ・シィルにいるんだ……」
「そうです」
「それは困ったわ……」
「どうしてですか?」
「ブラジルさんがいなくなってね、ちょっと手伝ってもらおうと思ったのよ。アタシだけじゃもうどうしようもなくて」
ネイレスは予想外の出来事に、少しだけ泣きかけていた。
「ブラジルさん、っていうのは?」
どこか聞き覚えのあるアルだったが、どうにも思い出せず、尋ねた。
「ブラジルさんはブラッジーニ・ガルベー。[十本指]だから聞いたことあるはずよ」
「そんなすごい人が、突然いなくなったりするんですか?」
ネイレスがブラッジーニの知り合いだということに驚きつつも、アルは顔には出さず冷静に尋ねる。
「分からないわ。誰かが会いに来るっていうのは聞いたけど、それが誰か分からないまま、アタシはちょうど依頼を受けていたから」
「こういう場合、その誰かに何かされたって考えるべき……なんでしょうか?」
「そうかもしれないけど……とにかく何にせよ、アタシひとりじゃ何もできないからヒーローに手伝ってもらおうとしたわけなの……」
「そうなんですか。ところでネイレスさん、あなたはこのアジトに入れますか?」
「入れるわよ、前に来た時に登録したから。ここのアジトは指紋認証でしか開かないけど、一度開けば閉まるまで何人も入れるから、警備としては三流なのよね」
言いながらネイレスが壁に触れると入口ができた。ネイレスが手招きするようにアルを呼び、アルは一瞬戸惑ったが、それでもネイレスに続いた。
中は暗かった。
「辛気臭い……感じね?」
ネイレスは入るべきではなかったと若干後悔したような口ぶりだった。
それでも明かりをつけると、机の上に顔を伏せ、項垂れているひとりの女性を発見する。アリーだった。
「もう嫌だわ、って感じね。アリテイシア」
「うっさい。何しに来たのよ」
体勢を変えず、アリーは怒鳴る。
「びっくり。声だけでアタシだって分かるのね?」
「フルネームで私を呼ぶのはあんたしかいないわ。何の用よ?」
アリーはようやくネイレスのほうを振り向いたが、その目は腫れていた。
「ヒーローを借りに来たの」
「いないわよ。どっかにいったまま」
「それは知ってるわ。ユグドラ・シィルにいるってアルくんが教えてくれた」
一瞬嬉しそうな顔をしたアリーだったが、すぐにまた不機嫌な顔に戻った。
アルはアリーの態度に困惑し、無言のままうろたえていた。
というよりも、アリーとネイレス、女同士の口論に口を挟む勇気がなかった。
「あっそ。ならその教えられた場所にいけば?」
「キミはどうするわけ? このまま、ここで落ちぶれていくの?」
「知らないわよ。わかんないわよ! あんたに分かるの?」
「アタシが分かるわけない」
「じゃあ放っておいて」
アリーが近くにあった酒瓶を投げつけ、それがネイレスの額に当たる。血が流れても動じない。
当てるつもりがなかったアリーは少し動揺を見せるが、それでもやつあたりするように不機嫌な表情を装う。
「分かったわ。とりあえず伝えることは伝えたから」
ネイレスはアルの手を握り締め、外へと出て行く。
「誰かが来たでござるか?」
正門とは別の入口から外へと出ていたコジロウが丁度戻ってきた。
「ネイレスと……それとアルって子よ」
「意外な組み合わせでござるな」
「目的は別よ。ネイレスはブラジルの捜索をヒーローに手伝わせようとしてたらしいわ」
「ブラジル殿が行方不明でござるか。なにやら嫌な予感がするでござる」
「知らないわよ。ネイレスは私たちじゃなくてヒーローにだけ頼ろうとしてた感じだし。いろいろ気に食わないもの」
「で、もうひとりのアル殿は?」
「ヒーローの行方を教えてくれたわ。どうやらユグドラ・シィルにいるらしいの」
「どうしてそのようなところに?」
「知らないわよ、勝手にいなくなって心配させて! 観光とかじゃないの、どうせ!」
「なんにしろ、不運でござるな」
「どういうことよ?」
「ついさっき、冒険者が噂していたでござるが、ユグドラ・シィルにドラゴンが現れたらしいでござるよ」
「……何それ。あいつったら。じゃあまた救うとか言って無理するつもりじゃない」
「どうするでござるか?」
「あんたはどうするのよ?」
「拙者は、もう失いたくないでござるからな。今からでもはせ参じるべきだと思っているでござる」
今は繋がっている右腕をなぞりながらコジロウは言う。
「……………………………………………………奇遇ね。私もよ」
長い沈黙のあと、アリーは呟いた。
悲しみのやり場が分からず鬱憤が溜まっていた先ほどとは打って変わって、こんな悲しみを二度と味わいたくない、そんな思いがアリーの重い腰をあげさせた。
アジトから颯爽と駆けていくふたり。目指すはユグドラ・シィルだ。
***
「これからどうするんですか?」
とりあえずご飯を食べましょうというネイレスの提案に同意したアルは近くの酒場でネイレスとともに昼食を摂っていた。そんななか、アルはネイレスの動向を窺う。
「どうにかするしかないわね。手がかりが全くないけど」
ネイレスは昼食を摘みながらそう答える。内心は落胆しているが、それでも気丈に明るく振る舞っていた。
「とりあえずキミは目的を果たしたんだし、ユグドラ・シィルへ帰ったら?」
「手がかりがないならあなたもどうですか? ユグドラ・シィルに行けば、ヒーローもいると思いますが……」
「それもそうね。ひとりじゃどのみち限界だし、アタシも行ってみようかな?」
その会話に乱入してきたのはひとりの親父。酒場の主人だった。
「バカ言っちゃいけねぇよ。お前さん方!」
「どういうことですか?」
意味も分からずアルは怪訝な顔でマスターを見つめる。
「ユグドラ・シィルに行くなんてやめておけ。こんなタイミングで遠出してたのなら、兄さん、あんたは運が良い。ユグドラ・シィルはドラゴンの襲撃にあって火の海らしいからな」
「……なっ、なんだって!?」
アルはそのまま、酒場を出る勢いで立ち上がる。
リアン……みんな……、という小さな呟きをネイレスは聞き逃さなかった。
「落ち着きなさい。腹が減ってはなんとやら……残さず食べてから急ごう。こりゃブラジルさん探すどころじゃなくなったわ……」
呆れつつも手伝ってくれる意志を見せるネイレスにアルは感謝し、席につき、まずは目の前の昼食を頂くことにした。
「つかぬ事をお聞きしますが……」
直後、幼げな少女が話しかけてくる。
「どうしたの?」
昼食を口に頬張っていたネイレスは口元を隠しながら聞き返す。
「ブラジルさんのお知り合いでしょうか?」
「そうだけど……」
「でしたらあの……不躾ですが……ブラジルさんはどこにいるんでしょうか?」
「それが分かったらアタシも苦労しない。ブラジルさんは今、行方不明なの」
「捜索中ということでしょうか?」
「まあ……そうだね。でも今は一旦中断して、この子の大事な人を助けに行くんだけど」
「なっ!」
アルが昼食を噴出し、
「まあ!」
憧れるようにその女の子が感動する。
「でしたらワタシもおともさせてください! いずれ、ブラジルさんも探すのでしょう? ワタシはブラジルさんにグレオンおじいさまの伝言を伝えなければならないのです」
「グレオンっていうと封獣士の? 元気にしてるの?」
「……亡くなりました。ですからそれを伝えないと……」
「ごめん。でもそりゃ一大事だね」
昼食を食べ終わったネイレスは「うん」と何かを決めたように頷く。
「じゃ、三人でユグドラ・シィルに行こう。あとドラゴン退治したら、ブラジルさんを探すの手伝もらっていい?」
「もちろんです」
アルは強く頷いて同意し、女の子も頷いた。
「ワタシはメレイナ・ジャッセルセンって言います。メリーって呼んで下さい!」
続いてアルとネイレスが簡単に自己紹介し、一路ユグドラ・シィルへと向かった。
――役者は揃いつつある。




