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tenth  作者: 大友 鎬
第9章(後) 渇き餓える世界
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自覚


19


 彼が南の島に訪れたのは全くの偶然だった。

 連れの女冒険者が課金籤をしすぎて手持ちが寂しくなったので一発逆転を狙って闘技場で賭博をしようとしていたのだ。

 彼としては野宿して飢え死にしたら、そこが死に場所になるので手持ちの金が少なくても大歓迎ではあったが、連れの女冒険者としてはそれは我慢ならない。

 そこで行き着いたのが賭博だった。彼からすれば楽観しすぎのような気がするが、連れの女冒険者はむしろそういう性質の女性だったらしい。化けの皮が剥がれるように課金籤で本性が露見した。

 もっとも連れの女冒険者が楽天的な性格でも彼は卑屈で悲観的なのでちょうどバランスは取れていた。

 南の島についた彼は賭博しに行く連れと離れたものの、することもないのでふらふらと死に場所を求めてさまよっていた。

 自分がどうして生まれてきたのか。何のために生まれてきたのか。冒険者になった時から、いや冒険者になる前から考えてきた問題を自問自答する。

 そもそもそれを知りたいがために彼は冒険者になった。けれど冒険者になってもその答えは見つからない。

 いろいろと危険に立ち向かうレシュリーたちに加わって、ここで死ねると戦ってみたが彼は生きていた。まるで生きることが、生き抜くことが運命だと言わんばかりに。

 生きていて何か成すべきことがあるから生き続けているのか。

 死地を乗り越えたとき彼は一瞬だけそう考える。けれど、いや違うとすぐに否定した。

 何せその死地は彼がいようがいまいが乗り越えられた。彼がいたから死地を乗り越えたわけではない。おそらく彼が他の誰かになっても死地は乗り越えられた。彼でなければだめだったというわけではない。

 彼は痛感しているのだ。人生において自分でなければ駄目だという場所はない、と。

 その思考は誰しもが一度は通る道かもしれない。

 他の人なら割り切って、諦念して、もがいて進むのかもしれない。

 けれど彼はずっとずっと引きずって、だからこそ自分の、自分しかできないことを探して見つからなくて絶望して、死にたいと思ってしまう。

 けれど死にたいと思うだけでいざ死のうと思うと、まだ自分しかできないことが残っているんではないかと思ってしまって、生きてしまうのだ。

 自殺しないのは世界に一縷でも希望を持っているから、ではなく単に怖いだけだ。

 生きるのは苦痛だが死ぬのも怖い。そんな割り切れない性格にすら彼は絶望する。

 連れの女冒険者なら絶対に気にしないことですら彼は気にして前向きに死のうと考えるだけ考える。

「ここが死に場所か」

 何度も呟いてきた言葉だが、キョウコウとの戦いで、ムジカに【傷←→傷】が迫ったとき、本当にそう思った。ここが死に場所だと。

 〈幸運〉の才覚を持っているムジカはもっと活躍できる。ここで死んでいい冒険者じゃない。他の冒険者とは違う。特別だ。

 それこそヤマタノオロチで名を遺したルルルカや成り上がったレシュリーのように。

 そこらへんにいる有象無象、そこに含まれる彼――ガリー・ガリィとは違うのだ。

 なら、ここで死んでも悔いはない。

 特別な冒険者を守って死ぬ。きっと、そのために生きてきたのだ。

 連れの女冒険者――アンナポッカと永遠の別れになるのは少し寂しいが……それでも決めたことだ。

 【傷←→傷】の進行方向へ向かってガリーは体を突っ込んだ。

 きっと目の前の少女は自分の名前すら知らないんだろう、けどそれでいい、それでいいんだ。

 【傷←→傷】がガリーへと当たる。

 無傷のガリーと致命傷のキョウコウの傷が入れ替わる。

 屍を越えていけ――。

 体が裂傷や火傷を負っていくなか、未来を託すようにガリーは思った。

 やがて意識が薄れていった。

「何が起こったというんですメェ? 確かに傷を交換して、絶大なダメェージを受けたはずなのに……」

 キョウコウの顔が醜く歪む。

「どうして生きているんですか、てメェ~~~~~!!!!!!!!」

 怒号は傷の交換を一手に引き受けたガリーへと飛んでいた。

 ガリーの意識は白濁だが、まだ息はあった。

 死んではいなかった。

 当然のことながらガリーは狂戦士ではない。剣盗士だ。

 体力的にも技能的にも、ランク7が致命傷となる傷を耐えうるはずがない。

 ただの平凡な冒険者であれば。

 ひとつの結論に辿り着いてキョウコウは苛立った。

「てメェ、てメェ、てメェ~~~! 才覚を持っているなんて卑怯ですメェ!!」

 キョウコウの推測通り、ガリーには才覚があった。

 無自覚かつ、死にたがりの本人にとってはある意味で不運としか呼べない才覚が。

〈悪運〉。

 その才覚の名は多くの冒険者が勘違いしている、正しくない意味のほうで名付けられた。

 かつてムジカは〈幸運〉によって唯一毒素の攻撃から逃れたが、ガリーが同じ状況になった場合、毒素の攻撃からは逃れられず毒に苛まれてしまうが、それでも生き残ってしまう。

 ようするに〈悪運〉は即死攻撃でも才覚所持者を生き残らせてしまう、という才覚だった。

 体力が全快だろうが半分消費してようが瀕死だろうが、〈悪運〉がある限り、ガリーは生き残るのだ。

 もちろん、悪運が尽きたという言葉があるように、いつか〈悪運〉は尽きる。

 けれどそれまで死にたがりのガリーは死ねない。

 キョウコウの指摘にガリーは自分の才覚を自覚する。

 自覚して絶望する。いつ〈悪運〉が尽きてくれるのか。それは分からない。死にたがりにとってそれは紛れもなく不運だった。

 思い起こせば、ガリーが首吊自殺しようとしたとき、すんでのところで新品の縄が切れたのは〈悪運〉があったせいかもしれない。

 風呂場で水浸自殺しようとしたらその寸前で床の石鹸で滑って転んで気絶したのも〈悪運〉のせいに違いない。

 後者はただのドジに過ぎないのだが、ガリーは才覚のせいにした。

「また、死ねなかった」

 絶望に言葉を吐いて、ムジカの前に立ち上がる。

 明らかに体は致命傷。息を吐くたびに骨が軋み、傷が痛む。

 それでも死ねないのだからガリーは正直、声を荒げて泣きたかった。

 この場にアンナポッカがいたら「ちょっとみっともないよ★」と★をつけて呆れることだろう。

 そんな気持ちをぐっと堪えて、ガリーはキョウコウに対峙する。

 ガリー自身は自覚していなかったが、この時ばかりは、ガリーがなりたくてもなれなかった主人公になっていた。

 ガリーがいなければムジカが死に、ムジカが死ねば他の冒険者も仕組まれた【丁半爆打】で殺されていたに違いなかった。

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