丁半
17
「ルールは簡単。今から賽子をふたつ転がす。それが丁か、半か、選択するだけだメ。ちなみに丁が偶数で、半が奇数。数字を当てる必要はないメ」
キョウコウが愉快げにルールを説明する。簡単と告げたように確かにルールは簡単のようだった。
賽子はキョウコウが持っているふたつの賽子を使うのだろう。六面体で最小数は二。最大数は一二だ。
「さあ、張った張ったメ」
キョウコウがムジカを含めた冒険者に促すと、冒険者のひとりが目敏くこう言った。
「そういうあんたはどっちにするんだ?」
確かにキョウコウもこの技能の対象だ。だとすればキョウコウが選んだほうを選んだほうが必然的に生存率は高くなる。
そういう狙いがあったのだろう。
しかし、
「オレは最後に運メェーを選ぶ予定だメ。ただしこれだけは言えるメ。オレは少数人数のほうを選ぶメ。ちなみに一度言ったら変更は駄メだメ」
それは裏を返せば、少数になったほうを活かすと言っているようなものだ。
全員が口を噤んだ。迂闊に先走って多数派にはなりたくない。
「だんまりは駄メだメ。じゃあおメェーらを焦らせる意味でも一回の遊戯につき三十秒の制限時間を設けるメ。時間切れは不参加と見做して罰則だメ」
宣言に合わせてキョウコウは時計を取り出し、三十秒を計る。
冒険者はキョウコウの強行策に慌てていた。短い時間で。必死に勝ち筋を探らなければならないのだ。それはそれで恐慌に陥っても致し方ない。
時間切れでも何かが起こるのならばその短時間で選ばなければならない。問題は何を根拠に選ぶか、だ、
「私が選ぶのは丁です」
そんななか、ムジカは選択した。根拠なんてなかったが迷いもなかった。
結局のところ、賽子の出目のパターンは三六種類。50%で丁になり、50%で半になる。
キョウコウがその選択に笑う。
「それならオレは半にしますメ」
キョウコウはムジカとは反対の選択した。最後に選択する予定と告げていたから嘘ではない。
いきなりの宣言に他の冒険者に動揺が走る。けれどその理由にムジカは気づいていた。レシュリー・ライヴを知っている人間をキョウコウは殺すと宣言したのだ。
目の前の殺人鬼は最初の犠牲者をムジカにしようと暗に決めているのだ。
これで形勢は変化する。半か丁か、ではなくムジカにつくかキョウコウにつくか、だ。
「これってあの女の子についたほうがよくないか?」
誰かが言う。その誰かはムジカが〈幸運〉のムジカだと知っているのだろう。
「待ってよ、安易すぎるわ。【良回廻悪】で「44」のゾロ目を出したのを見たでしょ」
「それってつまりあの大逆転師も〈幸運〉的な才覚を持っているってことか……」
「でもイカサマしてるって可能性があるんじゃ?」
「おバカ。技能をイカサマすることなんてできないわよ」
議論が続いていく。
どちらがより幸運か判断がつかない。ムジカが〈幸運〉なのは知っていてもどう幸運だったのかは彼らは知らなかった。
判断材料が少なすぎて迷う。【良回廻悪】がなければ迷わずムジカを選べただろうが、【良回廻悪】で驚異的な数値をたたき出し、能力上昇の恩恵をキョウコウは受けているのだ。
だが彼らは選ばなければならなかった。
「俺は……丁にするぜ」「僕も丁だ」「わたしは半」「丁、丁、丁」「オラも半にするで」
意を決した冒険者が選択を口にした。
「さて、時間ですメ」
制限時間に到達したことを告げるとまず何人かの腹の辺りが爆発した。
「なっ……」
「選択できない愚か者は罰則でダメェージを与えるメ」
驚く冒険者たちに当たり前のようにキョウコウは告げた。宣言通りの罰則だった。
死ぬほどの威力ではないが、爆発によって腹に穴が開き、臓器諸共焼け焦げていた。心臓が外れていたのは幸運だが、わざと外した可能性すらあった。
癒術を使える冒険者たちがすぐさま駆け寄り、治療を開始する。
レシュリーを知っている冒険者の皆殺しが目的のようにも思えるキョウコウだが、治療の邪魔をしようとしない。それともまずはムジカを殺してから皆殺しにしようと目論んでいるゆえに、ムジカ以外の冒険者には興味を示していないのか。
ある意味ではそれも幸運なのかもしれなかった。
キョウコウの思惑はともかく、罰則を与えたキョウコウはふたつの賽子を放り投げる。
賽子が着地するとその賽子を覆い隠すようにどこからともなく籠が落ちてきた。
「それでは結果発表と参りましょうかメ」
賽子を覆う籠が自動的に持ち上がる。
出てきた賽子は『3』と『3』。合計値は『6』のため丁だった。
途端、半を選択した冒険者、そしてキョウコウの腹が爆発する。罰則と同じ現象。
賭けに負けた参加者と不参加者にこの不可避不可視の爆発は襲うらしい。
治療をしていた冒険者のなかにも賭けに負けた者がおり負傷していた。
そうなると治療は必然と遅れる。
「これが運メェーですか。やっぱりついてないですメェ」
爆発を受けたはずなのに、意味深な言葉を吐いてキョウコウはふらつきながらも立ち上がる。
「さあ、次です。お選びくださいメ」
「丁です」
ムジカは即決だった。キョウコウは迷いのなさ、潔さに笑う。
「ならもう一度半にしますメ」
ふたりが早々に決めると困惑するのは他の冒険者だ。
「さっき、あの女の子が当たったんだから、それに賭けるぜ」
「でも二連続で丁が出ちゃったりするの? むしろ逆のほうが……」
口々に考えを出し、どうするか各々が結論を出す。
二連続の丁はないと考えて半を選ぶ者。ムジカに賭けようと丁を選ぶ者。キョウコウが外したから丁を選ぶ者。
大まかに理由を分けるとだいたい三種類に分かれた。
丁のほうが多めで、さっきより半は少なめ。不参加者はいない。不参加で無条件に傷を負うよりは50%に賭けたほうがましだ。
「それでは時間ですメ」
キョウコウが賽子を投げ、さっきと同じように籠が落ちてきた。
そのなかでぐるぐると賽子が回り、停止。
「では結果発表と参りますメ」
籠が自動的に持ち上がり、『2』と『6』が出る。合計は『8』。また丁だった。
半を選んだ冒険者とキョウコウが爆発し、致命傷じゃないながらもただでは済まされない傷を負う。
「やっぱりついてないですメェ」
誰にも聞こえないように呟いてキョウコウは不気味に笑う。
額からは血が流れるが、止血もせず、ただ愉悦を感じているようにも見えた。
「さて次ですメェ」
「丁です」
すぐさまムジカは告げた。
「なら半ですメェ」
ムジカが三連続で丁を選んだのは自分の幸運を信じているからだ。
今回の賽子で丁が出る確率は50%に変わりはないが、三連続で丁が出る確率は12.5%だ。
その心理が働けば他の冒険者も丁は選びにくい。
けれどムジカは〈幸運〉の持ち主だ。間違えればムジカが爆発の餌食になるが〈幸運〉が持主をそんな不運に合わせるとは思いにくい。
その才覚の性質を考えれば、むしろ確率が低ければ低いほどムジカは才覚を発揮していく。
「もうここは信じるしかないな」
冒険者のひとりが呟く。「44」のゾロ目で能力強化の恩恵を得たキョウコウが賭けに負けた。
ならばムジカのほうがより幸運なのではないか、そう考えるのが多数だった。
多くが丁を選択する。それでも三連続「丁」はないと考えた数人が半を選択。
時間が来て賽子の結果が発表される。
『2』『4』で合計は『6』の丁。
キョウコウと数人の冒険者が爆発の被害を受ける。
一度爆発の餌食になった冒険者は迷わず丁を選んでいたため三連続で爆発を受けたのはキョウコウだけだった。
「やっぱり、ついてないですメェ」
独り言をつぶやいたキョウコウは続けざまに
「それでは次の遊戯を始メェますメ」
四回戦を宣言。
爆発を三度受けてもキョウコウは倒れずその姿は不気味だった。




