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tenth  作者: 大友 鎬
第9章(後) 渇き餓える世界
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知識

15


「ここがウィンターズ島」

「寒いわね」

 僕のつぶやきにアリーが答えた。僕が選んだ外套を着ているが、それを貫くほどの寒さが僕たちを襲っていた。

 航路は暇すぎるほど安全で幸先がいいと思ったけれど、ウィンターズ島にたどり着いた途端、天気が崩れて猛吹雪となっていた。

「最悪の天気だぞ」

「視界が悪いね」

 防塵補助眼鏡(ゴーグル)をつけていてかろうじて目に雪が入るのは阻止できているけれど、視界が悪いのは変わらなかった。

「とりあえず街に行くぽん」

 地理に詳しいのか下調べをしたのかレジーグが迷いなく吹雪のなかを歩いていく。

 全員がはぐれないように腰に命綱を巻いていた。

 アリーが【熱衣】を使ってくれてはいるけれど、それをも上回る寒さなのかあまり意味がなかった。

 【断熱球】で熱を遮断しても街へ向かって歩いているためすぐに効果範囲を脱してしまう。

 張り直してもいいけれど、効果は微々たるものでそんな暇があるなら歩いて街へと向かったほうがいいというのが全員の結論だった。

 やがて灯りが見えてきた。

「あれがウィンターズだぽん」

 レジーグの声に安堵感が出た。ひたすら歩いても何も見えず、ときおり魔物に襲われて、いつ着くのか分からないという不安が付きまとっていた。

 嬉しさを表すかのようにダイエタリーが口笛を吹き、強張っていたヴィーガンやクライスコスの顔が和らぐのが分かった。

 ようやくウィンターズにたどり着く。

 レンガ作りの砦のような街。

 この大きな壁が外気を遮断し、雪国での生活を可能にしているのだろう。

 ウィンターズはウィンターズ島にあるからウィンターズと名付けられたわけではないという。

 むしろ何もなかったこの雪島にウィンターズができて、ウィンターズがある島、ウィンターズ島と呼ばれるようになったらしい。

 そんなうんちくを語る宿屋の受付に前金として数日間の宿代を払って、僕たちは兼用の酒場へと集まった。

 寒さと疲れで、精神摩耗も体力消費もしていた。日は落ちていたけど寝るにはまだ早い。

 時間的な問題ではなくて、知識的な問題で。

 レジーグとダイエタリー、ヴィーガン、クライスコス、経験者四人の知識を何も知らない僕たちは知らなければならない。

 冒険は何も知らないほうが面白いけれど、戦闘はあらかじめ知っておいたほうが生き残れる。

 試練に挑む以上、既知の知識は吸収して攻略に活かさなければならなかった。 

 酒場の女主人にオススメを適当に持ってきてもらうように頼んでから、とりあえずココアを注文する。

 料理に合うのか、レジーグたちは不思議な顔をしていたけれど、僕を知るアリーは呆れ、コジロウも呆れ、アルルカは苦笑していた。

 料理とともにココアが運ばれてきた。メインディッシュはもちろん、最初に運ばれてきたスノーイベリコ(雪猪豚)の丸焼きなのだろうけど、ココアにはそれと同様の価値があった。

 まずはその豚の丸焼きを食べる前にココアを味見。

「うおっ……」

 思わず唸る。

 僕のなかで一番のココアと言えばやっぱりアビルアさんのココアなのだけれど、思わずそれを上回りそうな味だった。アビルアさんのココアと比較して少しばかりクリーミーなのだけれどそれが下に触れた瞬間、雪のように溶けた。後味も絶妙で、あまりうまくは言えないのだけれどココアらしさが口の中に残っている。雪の島ということもあり、体を温める料理、飲み物は他の街とは比較にならないほど進化を遂げているのだろう。

 そのまま水も飲まずココアの残滓を口に残して切り分けられた豚の丸焼きにも手をつける。

 ココアの甘味と入り混じって妙な味がすると思いきや絶妙な甘さが肉の柔らかさを引き立てているように思えた。もちろん、そんな食べ方をしているのは僕だけで、完全に僕の主観だったけれど。

 次々と雪国ならではの料理が運ばれてくるなか、

「封印の肉林について説明するぽん」

 丸焼きの表皮を齧ってパリっと音をさせながらレジーグが告げる。

「封印の肉林の一番の特徴はただ戦うだけでは勝てないということだぽん」

「どういうことよ? 封印の肉林は新人の宴とかみたいに迷宮化していて、内部の魔物と戦いながら最終的にハエトリグサを倒せばいいんじゃないの?」

「確かにそういう噂を聞いたことがあるでござる」

「つい最近まで封印の肉林は脱出不能だったんだぜ? そりゃデマだよ。デマ。ランク6の俺らが脱出したって聞いて誰かが吹聴したか、それより前にあるなら誰かが創作したんだよ」

「確かにその可能性のほうが高そうね」

 アリーが納得する。アリーにしてもコジロウにしても噂程度でしっかりと情報収集をしていなかったわけで僕もその程度の認識だった。 

「でも軸としてはそういう感じぽん。ただ魔物を力づくで倒そうとしても倒せないようにできてるんだぽん」

「簡単に言えば罠だよ。罠」

 ヴィーガンが続ける。

「封印の肉林は六つの大部屋に分かれているらしくてよ、それぞれに魔物が潜んでいる。その魔物を倒せば次の大部屋までの通路が出現するが、倒せなければそれまで。まあ部屋から魔物が追ってくることはないから、通路に逃げ出せば事なきを得る」

「だったら通路から出たり入ったり、通路から攻撃できるのではないのですか?」

「試してないとでも思ったのかな?」

 それを言ってくれるのを待っていたとクライスコスはしたり顔で言う。

「通路からの攻撃には【無敵】が発動して無効化されるうえに、ひとりでも部屋から出ればそこにいる魔物の傷は一瞬にして癒える。言ってる意味わかるかな?」

「それってようは一度入ったら倒すまで出られないってことですか?」

「そういうことぽん」

 レジーグが頷く。

「つまり、僕たちはその罠と魔物の連動した部屋を踏破してハエトリグサまで行かなきゃなんないのか」

 再確認するように言葉を紡いだ。

 なかなかに凝った造りの試練だ。さすがは上級職へと転職する一歩の試練といったところ。

 ブラギオたちはDLCを使ったもののそれでも封印の肉林は正攻法で通過したはずだろう、ふと思いついて尋ねる。

「試練の映像とか、ないのかな?」

「天然でできた洞窟だからな、闘技場やらとは違って設置されてるとは思い難いね」

「でもブラギオが映像を残さなかったというのもおかしな話でござる」

「ランク7になる時点で集配員という仮面をはぎ取って自分の目的に動き出していたから、不用意に映像を残すのもやめたんじゃないの。映像や記録が残るってことは後続が楽できるってことだから」

「まあ、それもそうでござるか」

 レジーグたちには少し分からない話だろうが、それでも風の噂でブラギオたちの悪事は耳に届いているはずだった。その関係の話だとなんとなく察しただろう、特に詳細を聞いてこなかった。

「映像はないけど、俺たちはいる」

 ヴィーガンが自信ありげに宣言した。

「世界改変が起こって脱出できるようになったがそれまで何年もあの地獄に俺たちはいたんだ。ボスまではたどり着けてないがその道中の罠はいくらか回避できる」

「ヴィーガン、そこのところは改めて言わなくても頼りにされてるぽん」

 そもそもレジーグたちは僕たちの戦力を頼り、僕たちはレジーグたちの知識を頼り今一緒にいる。

「今更なのは分かってるけどよ、映像がないだのなんだの、俺たちが頼りにされてないように見えてな」

「そんなことはないよ」

 僕は否定した。知識があればあるだけいいと思っての提案だったけれどヴィーガンは頼られてないように見えたらしい。

「なら、いいけどよ」

「それじゃあ早速四の部屋までの説明をするぽん。そこまでは全員が進めることができたぽんから」

 そう言ってレジーグたちは説明を始めた。

 僕たちはそれに真剣に傾ける。

 夜が更けてもなお、僕たちは封印の肉林-四の部屋までの知識を貪り続けた。

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