不発
10
数十分後、
「ぎゃあおおおおおおおお」
上空から断末魔が聞こえ、血の涙を流しながらノアズアークが頭上に空いた時空の歪みへと消えていく。
部屋の中には血まみれのディエゴしかいない。
息切れひとつせず、ディエゴはノアズアークの翼から落ちてくる羽根を見つめていた。
「あれがノアの羽根か。案外楽に手に入りやがった」
もうちょっと苦戦すると思っていたが予想に反して100000階に踏破、PCの撃破というディエゴにとっては楽な方法でノアの羽根は手に入った。
さァて、ディエゴは一息つくように胸中で言葉を区切ってどうするか考える。
ノアの羽根を手に入れるという寄り道はすでに果たしていた。リハビリも十分。そろそろ目的のために動くべきだろう。
結論をすぐに出してノアの羽根の使用を決める。使用方法はトワイライトに聞いていた。
エンドコンテンツ内で羽根を掲げることで外に脱出でき、もう一度使用することで、自分が到達している最下層までならどこまででも任意にエンドコンテンツ内に戻ることができるらしい。
そしてその時点でノアの羽根は消失する。
とはいえ、すぐにまたPCを撃破すれば手に入るのだからほぼ出入りが自由になったと考えていい。
とんだぬるげーだな。
PCが使っていた言葉で表現して、ディエゴはノアの羽根を掲げた。
しかし、なにもおこらなかった!
「……」
もう一度、掲げる。
しかし、なにもおこらなかった。
「……」
もう一度!
「……どォなってやがンだ?」
***
ディレイソルと行動をともにするトワイライトはふと思い出したようにこう呟いた。
「ここではつかえません状態になってないといいがな」
「なんです(?)それは?」
「転移系の道具はなぜだか分からないが使えない場所が存在するんだよ。あまり起こることではないが、【転移球】も実は【通行不能】の結界が貼ってあるところに無理やり入ろうとすると不発に終わる。それと一緒だな」
エンドコンテンツでいえばPCと戦う部屋がそうだ、という続けざまの呟きはディレイソルには認識できない。
「それが、ここではつかえません状態(?)ですか? ようするに使用不可(?)ってことですよね?」
「確かにそうだが、言い方にも、冒険にもちょっとしたユーモアは必要だろう?」
「そういうものですか?」
「そういうものだよ。怒りばかりでは気が張って仕方ない。キミだって焦ることはないよ?」
村を壊滅させた相手が誰なのか情報を掴めないディレイソルは普段通りのつもりでもどこか気張っていた。
トワイライトはそれを見抜いていたのだ。
「ディエゴならきっと情報を持ち帰ってきてくれるから、それまでは気楽に行こう」
***
「くそがッ、とンだ間抜けじゃあねェかよォ!」
ムカついてディエゴはノアの羽根を地面に叩きつけた。
それで消失するような造りにはなっていないため壊れはしないが、地面に叩きつけて使用する道具も存在するので、初見の道具をそういうふう叩きつけるのは本来ならば考慮しなければならなかった。
ディエゴはノアの羽根を拾い上げて【収納】すると出口へと向かって歩き始めた。
掲げること数十回。言葉に出したように間抜けにもここでは使えないと分かるまでそれだけの試行を有した。
誰にも見られなくてよかった、と内心思いつつ100001階へと降りる。
直後、
「誰かぁと思ったぁらぁ~ディエゴさぁんじゃぁなぁいっすかぁ」
事典のような厚さの書物を片手で持つ冒険者がディエゴへと話しかけた。
「誰だぁ? てめぇ」
ディエゴに認識は全くなかった。
「ひどいなぁ。200000階で共闘したぁじゃぁなぁいっすかぁ」
「覚えてねぇなァ」
鬱陶しい喋り方だと思いつつディエゴはあしらうようにそう言い放った。
「あらぁらぁ。僕はぁ博識のペラントーっすよ。本当に覚えてないんっすかぁ?」
「ねぇ。つか邪魔だァ。叩き潰すぞォ」
「おお、怖ぁい、怖ぁい。けど邪魔をしたぁのはぁ、ディエゴさぁんっすよ?」
「何が言いたいンだよォ?」
睨みを効かせるとペラントーは身を竦ませながら答える。
「僕の実験の邪魔ぁをしたぁでしょう。折角、PCたぁちが馬鹿のひとつ覚えのように同じ作戦ばっかりしてくるようになぁったっていうのに。これでパァというわぁけではぁなぁいとはぁ思いまぁすけど、それでも若干、変ぁえてくるっすよ、ああ、面倒臭ぁい!」
愚痴るペラントーの愚痴を一通り聞いてあげてから、ディエゴはドンと壁にペラントーをぶつけ、防具の胸元を持ち上げる。
「でェ? 結局何をしたんだぁ?」
ディエゴは違和感というより、不自然さを感じていた。
さっき戦ったPCたちはディエゴだから、あの戦略を使ってきたというよりも100000階だから同じ戦略を使ってきたように思えたのだ。
「なぁんとなぁく、気づいているっすよね。僕よりも強いんだぁかぁらぁ!」
「てめぇの口から聞きてぇんだよ!」
言ってディエゴは腕を掠るように【弱火】を放つ。
「ひひいいいい」
少し掠っただけで火傷を負ったペラントーは調子に乗ったことを後悔。
「分ぁかぁりまぁしたぁ。分ぁかぁりまぁしたぁかぁらぁ。喋りまぁすかぁらぁ、まぁずは解放して」
涙目で追撃の脅しを拒み、ディエゴからやっとの思いで解放される。
ペラントーも弱いわけではない。レベルはランク7の上限ではないにしろ、ここにいる以上、それなりに強い冒険者だ。けれどディエゴのような経験者とは経験が雲泥以上の差があった。
「僕がぁやぁっていたぁことは」
そういう出だしでペラントーは自らがここ数日やっていたことを語り出した。




