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tenth  作者: 大友 鎬
第9章(後) 渇き餓える世界
408/874

方舟

9


 ディエゴ・レッサー・フォクシーネ<10th>。 

 頭上に自らの名前が表示されると古巣に戻ってきたような懐かしさを覚えた。

 円結界に阻まれ身動きが制限される。

 【単独戦闘(ソロプレイ)】の結界はないため、今回のPC側の挑戦は二四人まで挑戦可能だった。

『D'ash S.Murai<げげっ? なんでディエゴがここにいるんだよ?』

『doro DANG<FIMIさんの情報じゃあ、もっと下の階層でその姿を確認できないことから死んだって言ってたぞ』

『DandD<でもものは考えようじゃないか。低層階で敵はディエゴだけだろ。あれの恩恵もあるし、こっちは24人もいる』

『lollol loly<でも低層階だからこっちもレベル制限あるし、苦戦しそう』

『jiro saitou<けど引き返そうにももう無理だし。無理げーでもやるきゃない』

『1000man kurei<どうせならエロ騎士がよかった』

『torokero cheese<それもはやテンプレだよね』

『nyanko nyannyan<www』

 24人のPCのうち、発言が活発と思われる何人かの発言がディエゴにまで届く。

 数多くのPCが挑戦してきたときには何人かが喋り、何人かがまるで人形のように従う。

 無口だと弱いわけではなく、すべきことは分かっているのかきちんと連携して立ち回るのだから厄介だ。

 そこが物操術技能で作られた【土人形】たちとは違う点だろう。

 ただディエゴはそこまでPCの会話に興味がない。多くのPCがFIMIと呼ばれるPCの、こちらで言う集配員の情報を頼りにしているらしいが、そんなエンドコンテンツで一度も見たことのないPCの情報をなぜ当てにするのか、できるのかディエゴには分からなかった。

 ただ今回の会話で気になる言葉があった。

 あれの恩恵。あれ、と言ったときにちらりとPCが自分たちの上空を見たときにディエゴも、その存在を確認していた。

 上空に浮かぶ、飛空艇のような天使。

 格好としては飛空艇に天使の羽根とわっかをつけたような、そんな姿。

 船首には血の涙を流した修道女の顔。

 その頭上にはディエゴたちと同様に名前が表示されている。

 ノアズアーク(方舟の大天使)

「あ゛、あ゛ああああああああああああああああ!!」

 円の結界が解けると同時にノアズアークが断末魔のような叫びを上げ、船底から縄のようなものがうねうねとうねりながら降りていく。

 闘気とは違う紅色の光を発した縄のような何かはまるで接続端子のようにPCの背中へとぶすりと突き刺さる。

 うっ、とわずかに呻くが傷を負った様子はなく、突き刺さった直後からその縄と同じく紅色に発光していく。やがて縄から光が失われると、背中から端子が抜かれ、船底へと戻っていく。

『DandD<恩恵ゲット!』

『Pure Blizzard<そんなこと言ってる場合jy……』

 喜ぶDandDを叱りつけようとしたPure Blizzardだったが、言葉が中断される。

 ディエゴによって吹き飛ばされ、HPの三分の二を持っていかれていた。

 恩恵を受けれたのは24人中19人だった。

 では残りの5人はどうなったのか。

 簡単だった。

 恩恵を受けたのは円の結界が解けたあと、つまりディエゴが自由に動き回れるようになったあと。

 恩恵を受ける際には依然PCがやったような攻撃開始のカウントができない。

 戦闘を開始するという意志をノアズアークに向けた時点でしか恩恵が受けれないのだから。

 ゆえにその時点でディエゴは動き出していた。

 恩恵の会話が出たときからノアズアークが何らかの方法で恩恵を与えると算段をつけていた。

 けれど狙いはPCだった。ノアズアークはこちらに攻撃はしないが無敵状態かもしれない。かつてそんな魔物がエンドコンテンツにいた。そんな魔物にはいくら攻撃しても無駄なのだ。

 だから倒せるかどうかも分からないノアズアークを攻撃するのではなく、その恩恵を受ける前にPCをできる限り、倒そうとディエゴは目論んでいたのだった。

『D,ash S.Murai<やられたのは誰だ?』

『ichika surume<はやぶさ三人組とバカップル!』

 治研師というこの世界には存在しない職業で回復役を担うichika surumeが後方で叫ぶ。

 やられたのはFalcon clow、8823 023、hy bsというハヤブサと読めなくはない三人組とlitton dowとharuu dowの姓がdowで統一されたふたりだった。

 それ以外の19人はすでにノアズアークの恩恵を受けて、ディエゴに対峙していた。

 ディエゴは恩恵が何を指すのかある程度想像していた。PCたちが言うところのバフ、つまりは能力値の向上だ。

 能力値がいくら上昇したのかは分からない。数値化した際の何%かが上乗せなのか、全体量がいくらと決まっていて、人数に応じて配分されるのか。

 後者なら5人を速攻で倒したのは裏目に出てしまっている。人数が少ないほうが一人当たりの上昇量は大きくなるのだから。

 けど、違ぇな。

 人数が多いほうが有利だからこそ、24人という上限人数でやってきたのだ。

 だとしたら能力値の何%かが上乗せだと考えたほうがいい。

 そう考えたうえで、ディエゴは19人のなかへと突っ込む。

 相手が陣形を整えたり、前衛後衛に分かれたり前に引っ掻き回す。

 ひとりで集団に勝つにはそれしかなかった。

 ディエゴから見れば精鋭ではないしろ、19人のPCは決して烏合の衆ではない。

 陣形を整えられ、PCたちの力が十全に出るかたちになってしまえば、いくらなんでもディエゴは苦戦する。

 ここでやられてしまうと思わないのはディエゴの驕りか、それとも自信か。

 何にせよ、いきなり飛び込んできたディエゴに19人のPCたちは大慌てだった。

 先の攻撃で致命傷を受けたPure Blizzardの治療すら済んでいない。

 全員が慌てどうするか迷うなか、唯一ディエゴだけが迷っていない。

「まずはひとりィいいいいいい!」

 叫んでPure Blizzardへと渾身の一撃【撃襲墜撃】!

 その瞬間、Pure Blizzardの体を闘気にもよく似た気が全身を覆う。

 その気から同じ色のオーラの紐が伸び、繋がる先は無言PCのうちのひとり、全身をガチガチの重装備で揃え大きな盾と槍を持つ戦士。名はO-ga nick。

 何が起こったか推測する暇もなくディエゴの【撃襲墜撃】は気に包まれたPure Blizzardへと直撃。

 だがPure Blizzardは無傷。代わりにO-ga nickが膝をつく。先ほどまで無傷だったO-ga nickが全身血だらけになっていた。

 自らの攻撃に耐えたことに驚きつつもなるほど、とディエゴは理解。

「攻撃を庇う系の技能か。厄介だなあ」

 おそらく他の重装備の戦士たちも同じ技能を兼ね備えているのだろう。

 重装備の戦士たちが防御役を担当し、回復役が素早くその防御役を回復すれば鉄壁どころか完璧の壁になる。防御役に手間取っているうちに、残りの攻撃役が攻撃する算段というところか。

 ディエゴは推測する。

 もっともすでに5人を先制攻撃で倒しているぶん、その完璧にはすでに瑕がついていることさえもディエゴは熟知している。

 改造者と同程度に、いやそれ以上にPCたちは悪質であるとディエゴは考えている。

 こちらの世界にはない技術、技能をふんだんに使ってPCはこの世界に入り込もうとし、入れば世界を蹂躙していく。

 なぜか、こちらの世界にはない技術は、言葉でさえもPCたちの世界のほうが勝っているとされている。

 PCたちの本体が住む世界には魔法は存在しないらしいが、PCの世界ではなぜか魔法で主に戦ってきたNPCがPCの世界に行ったとしてもその冒険者がPCの世界を蹂躙できないと解釈されていた。

 理由としてはPCの世界には根拠もなく魔力がないとされ、魔法士系NPCがPCの世界に来ても魔法は使えず、兵器などの知識があるPCのほうが優ると勝手に決めつけられているからだ。

 そうやってPCたちはNPCたちがPCたちの世界に行ったこともないのに、自分たちの世界の技術、言語のほうが勝っていると決めつけている。

 それがディエゴは気に食わない。

 エンドコンテンツに挑むPCたちの立場がPCたちの元の世界でどういう立場なのかディエゴは知らない。知りもしない。

 立場を変えようと、優位に立てると思い込んでいるこの世界に入り込もうとしているのかもしれない。

 しかし、少なくとも今目の前にいるPCたちは運よくディエゴを倒して異世界転生できたところで、10th世界の冒険者には敵わないとディエゴは踏んでいた。

 とはいえ、万々々々一勝ち目はないけどな。ディエゴはPCたちの希望を踏みにじるようにひとり嗤った。

 ディエゴたちNPCの動きにパターンなんてものはない。けれどPCたちの動きには意外とパターンがある。今回はそれが特に顕著だった。

 噂ではPCたちの世界では一度勝ちかけたパターンなどを動画配信というものをしているらしい。

 PCたちはそれを見て勉強している。つまり今回の戦術はその勝ちかけたパターンとやらの詰めが甘かった部分を修正したということになる。いわゆる戦闘前の予習だ。この攻撃にはこう動けという。そういう予習。だから前にも見たような、似たような部隊編成になっている。

 それは同じパターンを繰り返すような機械ならば通用したのかもしれない。

 けれどディエゴに同じ手法はない。似たような攻撃はするが、速度をいじったりと細かな芸当ができるのが歴戦の猛者の強みだ。

 動きを予習をしておけば初見でエンドコンテンツを突破でき、易々と異世界転生ができるというような甘い世界ではないのだ。

 教本に従っても実戦では全てその通りに行くとは限らないのと一緒だ。

 O-ga nickを回復すべくichika surumeは既に詠唱を始めていた。

 pure Blizzardは氷創士という氷であらゆるものを作る別世界の職業についており、彼もまた詠唱を始めている。傷はまだ癒えてはいないがO-ga nickが回復しさえすれば、攻撃は彼のような防御役が担ってくれる。

 回復しさえすれば。

 ichika surumeたちはディエゴをデータ上の数値でしか見ない。ステータスでしか見ない。くせのようなものだ。PCたちの世界にはディエゴたちのステータスが記載された図鑑があるらしい。

 それを上回っていれば勝てると思い込んでいる。

 ステータスの数値上では確かにそうだ。

 けれど確実に数値では表せない何かが存在していた。

 結果的に言えばicika surumeの治研術【治研成果・大成功例】は発動していた。

 ただし、それはO-ga nickにはでなく、自分自身に、だった。

 O-ga nickは地に伏し、息はなかった。体が数か所貫かれている。

 何をしたかは明白だった。

 ディエゴはこう考えていた。O-ga nickが自分の攻撃に耐えれたのは、耐えうるような技能を使っていたのではないか、と。【仮死脱皮】のような死を回避するような何かを。

 それが時間制限なのか回数制限があるのか再使用可能なのか熟考もせず、ディエゴはO-ga nickへと再度攻撃を仕掛けていた。PCたちが見えぬ速度で、しかもあたかも回復役だとバレているichika surumeを攻撃しようとするふりをして。

 PCたちは思ったのだ。ichika surumeを攻撃して回復を止めるつもりだ、と。

 そう思わせておいてディエゴはO-ga nickに視線も殺気も向けず、超光速で【光線】を数発繰り出した。

 全てがO-ga nickを貫通し、ついでに貫通した光線は何人かのPCを傷つけた。

 ichika surumeの治研術が発動したにも関わらず自身を回復してしまったのは発動したにも関わらず対象を失った【治研成果・大成功例】が無作為にPCを選択したからだった。

 無傷の自身を回復してしまったichika surumeの顔が悔しそうに歪む。

「悔しがっている場合かよぉ」

 後ろから聞こえた声にはっとする。振り向くとディエゴがいた。

『ichika surume<いつの間に!?』

 ずっとディエゴの位置は確認していたはずだった。

 がすぐにicika surumeは自分の失態に気づく。

 治研術が自身に発動した際、O-ga nickの安否を確認するために、少なくとも数秒間、視線はO-ga nickに向けていた。

 その数秒が命取りだった。気づくのが遅すぎた。

 それでもwonder garlが、もうひとりの自分のチームを守る防御役が、少なくとも自分の近くにはいたはずだ。

 ディエゴを視界に入れながら、wonder garlのほうを振り向く。wonder garlは0-ga nickと同じように地面に倒れていた。

『ichika surume<何が? 何が起き――』

 最後まで言い切れず、ichika surumeも意識を失った。

「てめぇら数だけ揃えても大したことねェなァ!」

 ディエゴが叫ぶ。

 以前に戦ったRED★STARたちのほうが、雑魚でも歯ごたえがあった。

 今回の敵はいわば豆腐。叩けば崩れ落ちる、そんな存在だ。

 敵はまだ十数人いる。

 けれども中には既に負け戦だと認識したのか怯えているPCもいた。

 勝負は見えていた――。

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