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tenth  作者: 大友 鎬
第9章(後) 渇き餓える世界
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辰星

5


「全司師風情が勝てると思っているのであるまいな?」

 シュウジョの安い挑発にディエゴはへっ、と笑った。

 シュウジョの言葉は挑発だけではなく上級職であれど一対一(タイマン)で魔法士系職業が勝てるのか、と問うていた。

 当然、髭を跳ね飛ばされたとき、超光速詠唱によって発動された魔法によるものだとは理解していた。

 それでも隣にいるトワイライトという剣士系職業のほうが自分にとっては厄介だとシュウジョは考えている。

 トワイライトのほうがシュウジョに向かってくるとばかり思っていたから少し拍子抜けだった。

 もう目的は達しておる。ここで逃げてもよいが……シュウジョは一考して、けれど自身の考えを否定した。

 このまま放置すれば間違いなく害悪。葬りさるのが良かろう。

 そう思い直しての挑発だった。

 けれどディエゴは引っかかることもなく、シュウジョに向かってきていた。

 まるで挑発したことを馬鹿にするかのように。

 にやにやとずっと笑っていた。嘲っていた。

「その笑みを消してしんぜよう」

 むしろ挑発に乗ってしまったのはシュウジョなのだろう。

 ディエゴのランクは7。自分のランクも7。ディエゴのレベルは分からないが、自分のレベルはランク上限まで高めてある。

 そのうえで改造しているのだ。相手は当然改造していない。となれば改造面で有利。レベル面でも有利かもしれない。

 優勢であるはずなのにシュウジョは震えを覚えた。

「なんなのであるか、なんなのであるか!」

 突然降ってわいたように噴き出た感覚が理解できずに、シュウジョは髭の乱打をディエゴへと振るう。

 一瞬にして髭が掴まれる。

「ひっ!?」

 それは恐怖だった。

 反射や反応、あるいは山勘でシュウジョはディエゴが自分の髭を弾き飛ばしているのだと思っていた。

 けれどディエゴはきちんと見て、掴んでみせた。

 シュウジョの予想の範疇を超えていた。

 さらに体が震える。

 ディレイソルが操られる前、トワイライトが現れる前、それはディエゴにとっては児戯に過ぎなかったのかもしれない。

 現に魔物退治はリハビリのつもりだった。

 ディレイソルが操られた今、トワイライトがいる今、そしてシュウジョが何者であるか分かった今、

 ディエゴは言ったはずだ。

「面倒臭ぇ」

 その言葉には面倒事に巻き込まれて、という言葉が言外に含まれていた。

 だから迅速に解決に向かう。

 シュウジョが恐怖に身を竦ませたのは仕方がない。

 そこでようやくディエゴは殺意を出した。

 その殺意に晒されてシュウジョは恐怖しているのだ。

 今更ながらに力量を間違えたことに気づく。

 目的を達したのに、まだ利益を得ようと欲張った結果、怪我どころでは済まないような事態が待ち構えていた。

「うぬらはなんなのであるか?」

 操ったはずのデュレイソルは瞬時に拘束されていた。トワイライトは当然殺すことはせず体術でデュレイソルを抑え込んでいた。

 操っている以上、ディレイソルの行動は全てシュウジョの戦闘経験によって決まる。

 動きを予測するトワイライトの動きを上回ることができなければディレイソルを操ったところで数を互角にすらできない。

 そんな状況下での問いかけにディエゴはふと嗤う。

「今更かよ」

 嘲笑だった。喋り口調は変わっていないがどことなく怖気づいていると察しての。

 おそらくシュウジョは強敵や難敵の戦闘経験が少ないまま改造によってレベルやランクを上げてしまったため、内なる強さ、精神的な強さが欠落してしまっているのだろう。

 きちんと戦えばディエゴが戦うのが面倒臭ぇと思ってしまう程度には戦えるはずなのに、シュウジョは戦意喪失とは行かないまでも自らの力に対して自信を喪失していた。

 シュウジョがシュウジョになったのはつい先日だ。その前まではただの冒険者だった。そのときは改造されていると思いもよらない。

 先日、スイッチが入ってシュウジョはシュウジョになって、ようやくこの力が、改造されて手に入れた力があると分かった。

 途端に過去の記憶は忘れた。シュウジョはかつて自分が誰だったか知らない。

 ただその力でレシュリー・ライヴを、そして彼を知るものを殺せと言われていた。

 それを実行したまでだ、レシュリー・ライヴを知っていた人間がいた村はすでに全滅させている。

 蹂躙できるほどの圧倒的な力だった。けれどその力がディエゴには通用しているようには思えない。

 驚異的に膨らむ殺意に怖気づき、高速で繰り出したはずの髭の動きがいつもより鈍く狙いも単調のように見えた。

 ついで程度に見つけた冒険者を殺そうとした浅はかな自分をシュウジョは恨んだ。

「懺悔は済ンだのかよ」

 肉薄するディエゴは杖を寸止めしてシュウジョを嘲笑する。

「よもや手加減しているつもりではあるまいな?」

 さすがにシュウジョも激昂した。

「もちろん、そのつもりでもあったけどよォ、ひとつ試した」

 ディエゴはその言葉通りシュウジョを試していた。

 手加減して激昂を誘う手でもあったが、それともうひとつディエゴはシュウジョをテストしていたのだ。

 どの程度、知識を持っているのか。

 敵が十二支悪星と名乗った以上、そういう組織が存在するということになる。

 その組織が何十人いるかは分からないが、シュウジョが持っていない情報はその組織も持っていない情報であると推測できる。

 個人で知識を得たことも必要ならば共有しておくのが組織というものだ。

 ディエゴが【直襲撃々】を使ったときジョウジュはなんと思ったか。

 杖ごときでよくぞ跳ね返したと感心したのだろうか。

 だとしたら間抜けすぎる。普段、魔法詠唱のためにしか使わない杖が不自然にも闘気を纏っていたというのに。

 ディエゴは嗤って言う。

「てめぇは打術を知らねぇらしいな」

「打術? なんであるかな、それは?」

 その言葉尻には確実に疑問符が浮かんでいた。

 打術が新技能になってからそれなりに時間が経っている。ディエゴのみならずその存在はわりと周知され、魔法士系の大半が【直襲撃々】程度は覚えている。

 シュウジョはそれを知らない側の人間だ。ゆえに情報収集が長けている組織には属していない、とディエゴは推測したのだ。

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