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tenth  作者: 大友 鎬
第1章 満ち足りぬ使命
4/860

終了

 4.


 遅れて追走していた数人と僕たちが、その部屋へと入る。

 まるでその通路から入ってきた人間を積み木倒しのように殺そうとしたその魔物(モンスター)はアナコブラよりも数倍大きな巨躯を持つワーム(蛇似竜)だった。

 その名前はかつて細分化される前のドラゴンやワイバーンの総称だったけれど、今は手足や翼を持たない蛇似竜のみをそう呼んでいた。再生力の高さが自慢で、生半可な傷はすぐに再生してしまう。

 動きは緩慢だが、油断していると先行していた剣士ふたりのように痛い目に遭う。

「アンドレ、カンドレ、大丈夫か?」

 お揃いの蜥蜴の額当リザード・ヘッドバンドをした、茶髪のアンドレと橙髪のカンドレにアネクが声をかけるが返事はなし。

「ヴィヴィ、治療を!」

「気絶はしているだけだ。今はワームを倒すほうが先決!」

 身勝手のように思えるが、回復の専門家たる癒術士の判断に納得したのかアネクは何も言わない。

 あたりを見回すと、ワームを恐れてか他の魔物(モンスター)たちはいないようだった。

 それでも僕はアンドレとカンドレの気配を常に感じるように意識。何かあってからでは遅いのだ。

 僕とアル、アネクにリアン、ヴィヴィの5人は戦闘の構えを取る。

 追走していた他の冒険者数人は、我先にと、ワームへと走っていく。

「どうする?」

 アネクが僕に尋ねる。助けに行くか行かないか判断を仰いでいるのだろう。しかし僕が判断を決めかねているうちに、他の冒険者はワームに攻撃を仕掛けていく。

「シメウォン、ラインバルト。3人で一気に叩くよ」

「「おうよ、ヒルデ」」

 黒樺の黒衣ブラック・パーチコートを纏った、翠長髪の剣士ヒルデと水色髪の剣士ラインバルト、茶髪の魔法士シメウォンがワームの左方へと移動。

「パロン、ポロンは俺という天才の横から援護。一気に叩くぜぇぇぇぇぇ!!」

「「はいさ、テッラさん!」」

 瓜二つの魔法士パロンとポロンがツンツン頭の魔法剣士テッラの横に追従。ワームの右方へと移動。パロンは右側に白鳥の髪飾り(スワン・ヘアバンド)、ポロンは左側に同じ髪飾りをつけていた。それが見分け方だろう。

「僕たちは正面からだ」

 言うや否や、アルにアネク、ヴィヴィの三人が僕を追い越し、ワームの正面からぶつかっていく。僕はその場で待機。リアンを守りつつ、アルたちはもちろん、テッラ組、ヒルデ組の援護をすべく状況の推移を見つめる。

 先にワームへと辿り着いたのはヒルデ組。

 ヒルデの隠技剣〔隠された力オテルガム〕から放たれたのは剣士の技能ではなく隠技剣に備わっている特殊技能(ユニークスキル)蒸噴(ジェット)】。効果は【煙球(スモーカー)】とほぼ同じ。噴射された蒸気が、あたりを白く覆い、三人は隠蔽される。

 そのなかからうっすら聞こえたのは祝詞。シメウォンがもつ黒曜石の妖樹杖〔黒き危ぶむガイヤガラ〕から顕現したのは攻撃魔法階級3【春嵐(ストーム)】の魔法。その魔法は蒸気から飛び出したヒルデに追従。同時に蒸気を切り裂く。

 ヒルデがワームを一閃し、切り口が消える前に【春嵐】が襲撃。その後ろを追従していたラインバルトが曲剣〔赤黒い二連マッシュド〕で超速二連撃【連撃(デュアック)】を繰り出す。再生の暇を与える暇などない連携攻撃だった。

「「「見たかっ! これが【蒸噴春嵐連撃ジェットストームデュアック】だっ!」」」

 攻撃終了後、決めポーズを取る三人。その間にワームの傷が再生していく。

 シメウォンの春嵐(ストーム)】が直撃したちょうどその頃、右方にいるテッラ組も攻撃を開始。

「俺という天才の超攻撃を受けて見やがれ!」

 テッラが魔充剣クワトロに【強炎(バーン)】を宿す。

「やっ、はははははっ!」

 笑いながら繰り出された一撃はワームの皮膚を傷つけ、さらに火傷を生み出し、皮膚の再生を止める。続くパロンとポロンは、まったく同じタイミングで詠唱を開始しワームを魔法の範囲内に収めるとまったく同じタイミングで発動!

 パロンの持つ黒真珠の聖樹杖〔黒白のクワドルプル〕とポロンの持つ白真珠の魔樹杖〔灰色のクォーター〕から放たれた【強炎(バーン)】がテッラが作り出した切り口へと強襲。そのタイミングに合わせて、僕も【着火補助球(イグニッショナー)】を投げる。威力を若干ながら増したふたつの【強炎(バーン)】が切り口を中心にじょじょに広がり、ワームの身体を焦がす。

 悶えるワームは驚くべきことに焦げた部分を切り離し、超再生能力を用いて瞬時にその部分を再生。焦げる以前の状態へと戻る。

「俺という天才の攻撃はまだまだ始まったばかりだぜッ!」

 テッラは物怖じせずさらに【強炎(バーン)】の宿った魔充剣クワトロで追撃。続くパロンとポロンは速さ重視なのか【強炎(バーン)】を発動。またもや火傷を広げる。

 僕はといえば【着火補助球(イグニッショナー)】を投げず攻撃に転じようとしていた。正面から挑むアルが鞘へと刀剣〔優雅なるレベリアス〕を戻し、疾走。アネクがアルの肩を踏み台にしてワームの顔よりも高く飛躍。

 追従するリアンが魔法を唱え終わり、白銀石の樹杖〔高らかに掲げしアイトムハーレ〕から、発動したのは攻撃魔法階級2【追風(フォロー)】。

 ワームには向かい風となり遅いかかり、アルとアネクには追い風となって移動速度を上げる。

 アネクはその追い風でさらに飛翔。ワームの顔よりも高い位置に到達。アルもその身に追い風を受け加速。ワームへと瞬時に近寄る。

 アルが鞘から刀剣〔優雅なるレベリアス〕を引き抜き、【瞬閃(デットライン)】を放つ。高速で引き抜かれた刀が横一文字にワームの腹を引き裂く。同時にアネクも重力を利用して、屠殺剣〔信義たるレベリオス〕を振り下ろす。剣技【重剣(グラビティソード)】。上空からの殺意に気づいたワームは少しだけ身体を逸らす。アネクは己が力で無理やり【重剣(グラビティソード)】の軌道を修正。結果、【重剣(グラビティソード)】が首から下の胴体をふたつに切断していく。

 4つに分解されたワームだが、まだ息絶えてはない。それを見越してか、ヴィヴィが【蟻戯技(ギギギ)】を繰り出す。鉄杖〔慈悲深くレヴィーヂ〕が突くと、ワームの4つに切断されたうちのひとつがまるで剣で斬られているかのように粉々になっていく。

 同時にリアンも【強炎(バーン)】を発動! さらに僕が【着火補助球(イグニッショナー)】を投げ、轟々たる炎がワームを焼く。

 だがワームは驚くべき行動に出た。首から上を残し、胴体を捨てたのだ。そして咆哮。

「グギャハハハハハハハハハ!」

 まるで嘲笑うかのようなその咆哮がやんだ途端、僕たちは驚愕せざるをえない事態を目撃する。

 そう、ワームがまたもやその超再生能力を用いて身体を再生させたのだった。

「こんなやつに勝てるのかよ……」

 アネクが呟く。

「一応、脳と心臓を潰せば再生はできない。ちなみにワームの脳と心臓は頭にあるから頭を潰さない限り死なない」

「できるのかよ?」

「今の状態じゃ難しいだろうね。去年も十人ぐらいが協力して倒していた」

「いっそこいつを無視するのはどうだ?」

 アルが弱腰な提案する。

「こいつはきちんと自分の後ろにある通路に誰も通さないように警戒してる。通れたとしてもひとりかふたりだよ」

「では倒すしかないですね……」

 怯えながらもリアンが言う。

「うん。でもそれにはここにいる全員が協力しないとだめだ」

「しかし協力なんてしてくれるのか?」

「賞金もかかってるし難しいだろうね。でも手はあるよ」

「どんな手だ?」

 アルにアネク、ヴィヴィにリアンの顔がこちらに向く。それにちょっと驚きながらも僕は言う。

「……脅迫に近いかな?」

 そう言うと僕は叫ぶ。

「戦いながらでもいいから聞いて欲しい」

 それは今、この部屋にいる全ての人間に言っていた。

 ちょうど、アンドレとカンドレも起き上がり、眼前のワームへと復讐をするかのように駆けていた。

 誰も話など聞いてないのは百も承知。でも聞かせなければならない。

「このままでは勝てない!」

 僕の叫びに反応するひとりの声。

「そんなことはない。俺という天才が居れば何事でさえも為せば成るのだっ!」

 自信に満ちた、挫折を知らないようなテッラの言葉が僕へと返ってくる。しかしそれではダメだ。

「じゃあキミがふたりの仲間を従えているのはなぜだ?」

 僕は問う。

「それはひとりでは限界があると分かっているからじゃないのか?」

 テッラは答えない。

 僕はさらに声を荒げ、叫ぶ。

「それにこのままじゃ誰もワームを倒せずに全員が落第者になるぞ! 落第者がどれほど惨めで、どれほど悔しいか、今ここで語ってやろうか!」

 涙目で言ったそれは最高にして最低の脅し文句。その言葉でテッラの太刀筋が鈍ったように思えた。ワームの尻尾による薙ぎ払いをテッラはなんとか回避し、後退する。

「あたしらはあんたに協力するよ。倒す方法があるんだろ?」

 見ればヒルデが攻撃をやめ、僕の傍らにいた。

「おい、ヒルデ」

 独断なのかシメウォンが異を唱える。

「待てって。シメウォン」

 ラインバルトが止めるように呟く。

「俺たちの【蒸噴春嵐連撃ジェットストームデュアック】で仕留めれなかった以上、ここは一度こいつらの策に乗るべきだ」

「俺という天才も協力してやろう」

 脅し文句に屈したのかテッラも近寄っていた。

「為せば成るんじゃなかったの?」

 厭味を零す僕にテッラは言う。

「俺という天才の思考が、お前に協力すべきと訴えかけたんだから仕方ないだろ」

「ああそう」

 さらりと言葉を流し、僕はワームを警戒しながら説明を始める。起き上がったアンドレとカンドレが復讐に燃え、ワームに攻撃を繰り出してくれているのも僥倖だった。説明し終わった後、僕たちは動き出す。

 アルにアネク、ヒルデとラインバルト、テッラが横一列に並び、駆ける。

 パロンとポロン、リアン、シメウォンが後方に控え、詠唱を開始。ヴィヴィが後衛四人を護衛。僕は前衛五人に追従。

 アンドレとカンドレを横薙ぎの払いで吹き飛ばしたワームは僕たちへと敵意を向ける

 ヒルデの隠技剣〔隠された力オテルガム〕の外側に設置された気筒(シリンダー)が動き、【蒸噴(ジェット)】が発動。それを見計らって同時に僕も【煙球(スモーカー)】を投じ、煙と蒸気の二重奏が僕たちを包み隠す。

 ワームがその巨体を生かし、煙立ち込める場所へとのしかかる。煙が晴れるもすでに僕たちの姿はその場にはない。

 僕はわずかに後退し、アルとアネクが左へ、ヒルデとラインバルト、テッラが右へ散開。

 右へと散開したアルが、【瞬閃(デッドライン)】を放ち、跳躍したアネクが落下を利用して【重剣(グラビティソード)】を繰り出す。縦横からの二連撃。

 同時に左へと散開したヒルデが隠技剣〔隠された力オテルガム〕を突き刺し、気筒を利用して動く剣先でワームの身体を掘削。ラインバルトが優雅に【連撃(デュアック)】を繰り出し、テッラが【春嵐(ストーム)】を宿した魔充剣クアトロで切り刻む。

 超再生能力を使う暇も与えない縦横無尽の連続攻撃でワームはたじろぐ。

 ワームがその口腔から臭い息ともに【硫酸涎(アシッドゥルール)】を垂れ流し、自分を狙う冒険者を遠ざけようとする。落ちた硫酸が地面を少し溶かすも、アルたちは物怖じせず攻撃をやめない。その硫酸の涎がテッラへと直撃。火傷するどころかテッラは微塵にも影響を受けていない。

 ヴィヴィが既に【包衣(リラックス)】の癒術を展開していた。僕たちを包む【包衣(リラックス)】は一定時間、硫酸や毒、麻痺などから身を守ってくれる。とはいえ実力差があると通用しない。

 怯むことなくテッラが魔充剣クアトロで一閃。

 やがてワームめがけて強大な炎が強襲。パロン、ポロン、リアン、シメウォンが同時に【強炎(バーン)】を放ったのだ。さらに僕の放った【着火補助球(イグニッショナー)】がわずかながら火力を増強。ワームの胴体を焼き尽くしていく。

 やはりというべきかワームは首から下を切り離し、胴体を捨てる。しかしそれこそ狙い。僕は【破裂球(ショッカー)】を【造型(メイキング)】。ワームが再生を開始する前にその首めがけて【破裂球(ショッカー)】を放つ。ワームの首から胴体が再生していくなか、頭へと【破裂球(ショッカー)】がのめり込む。

 勝利は確定した。ワームが悲鳴のような咆哮をあげ破裂。その破片が頭を突き破り出てくる。僕がワームへとのめり込ませた【破裂球(ショッカー)】が内部を切り裂くように破裂したのだった。

 ワームの巨体が地面へと倒れこみ、動きを止める。

 死んだのだ。

 静寂。僕たちの息遣いだけが聞こえる。しかし倒したという歓喜を味わうことはできなかった。

 ワームという脅威が去った部屋にどこからともなく溢れてきたのはゴブリンにペインビー、ところどころにある穴からはアナコブラも顔を見せる。さらには冒険者たちも手前の部屋のゴブリンを粗方片付けたのか、こちらの部屋へとやってきていた。そのなかにはリゾネたちの姿もあった。

「先に進もう」

 僕が言うとアルたちが頷く。

 ワームを倒した仲間とともに先に進む。先行するのは黒衣纏うヒルデ組。続くのが僕たち。その後ろにはテッラ組はいなかった。テッラがワームの上で「俺という天才が頂点だ」と叫んでいた。パロンとポロンがテッラを引き剥がしたのは、それから数十秒後。リゾネたちとほぼ同列となっていた。

 ワームが守っていた通路を駆け抜け、部屋に出る。最初の大部屋、ワームのいる小部屋に比べるとその中間ぐらいの広さ、言うなれば中部屋だろうか。そこにも魔物(モンスター)が溢れている。

 先行していたヒルデ組が三位一体【蒸噴春嵐連撃ジェットストームデュアック】で、魔物(モンスター)を倒しはじめていた。

「ここも多いな」

 アルが呟く。

「このまま直進して通路を進めば、この試練の守護者ボスゴブリン(統率袖引鬼)がいるから。この部屋は突っ走ろう」

 僕の提案にみんなが頷く。

「ボスはひとりひとりが違う空間に飛ばされ、一対一で戦うことになる」

 分かっているだろうけど僕は説明をする。リアンの顔が少しうつむいた気がした。僕たちは駆け出す。ゴブリンに、ペインビー、アナコブラが襲いかかってくる。ワームはあの部屋に居た一匹だけだったはずだからその脅威はない。アルがゴブリンを両断し、アネクが薙ぎ倒す。リアンは攻撃魔法階級1という比較的詠唱の早い【微風(ウインドー)】で気流を乱し、ペインビーの浮遊を阻止。僕が【速球(ブレイカー)】で前方のゴブリンを破砕しつつペインビーを【毒霧球(ポイゾナー)】で落下させる。ヴィヴィが穴から飛び出すアナコブラに対応しながら進んでいく。

 しかしワームと戦ったせいか、みんなは息も途切れ途切れだった。このまま戦いながらだと、もしかするとボスゴブリンとの戦いに敗れてしまうかもしれない。それだけは避けたい。僕のような落第者を作り出したくはない。だからこそ僕は言わねばならない。

「みんな、先に行って。僕が殿になる」

 アルたちは聞こえているくせに無視をする。

「このまま、ここで疲れ果てて落第者になりたいのかよっ!」

 叫んでも誰も下がろうとはしない。僕が立ち止まると立ち止まり、まるで僕を待っているようだ。彼らにとっても僕にとってもすでに仲間なのだ。

 投球士にとって投球はそれほど体力を消耗するものではない。投球士の扱える球は精神磨耗が少ないものが多い。

 だから持久戦では、力云々を無視すれば投球士が一番持久力のある職業と言えた。だからこそ、僕が殿になり、敵を食い止め、全員を無事合格させるべきなのだ。

 しかし僕を仲間とすでに認識しているアルたちは僕が殿ならば援護を少しでもしようと考えていた。でもそれじゃ駄目だ。それだとアル達の試練突破率が大幅に減る。そんな事態は避けたい。

 僕は近づきつつあるゴールと自分の位置を目算し、【転移球(ワーパー)】を【造型(メイキング)】する。

 まずはヴィヴィとリアンに放ち、ボスの部屋近くまで転移させたあと、アルとアネクも同じように近くまで転移させる。

「どういうことだよっ!」

 アネクが叫ぶ。

「いいから先に行って!」

 アルたちは進もうとしない。むしろ納得が行かないという顔をしている。でもヒルデやリゾネたち、ほとんどの冒険者によって作られたゴールへと向かう流れに逆らうことはできず、アルたちはボスの部屋へと押し込まれるように入っていく。ひとりを除いて。

 一番最初に転移させたリアンだけはその奔流から逃れたのか先に進むことなく僕を見つめていた。

「リアン、キミも急げ」

 敵を屠りながら、僕が言うとリアンはこう言った。

「……勝てる自信がないんです」

 かつての僕のように。

「アルやアネクに助けてもらったからここまで来れたけどひとりで倒せる自信なんてないんです」

 リアンはかつての僕だった。自信に満ち溢れていない僕。何もかも不安で他人に依存する僕と同じだ。だからこそ僕はひとりで太刀打ちできずボスゴブリンに敗北。最初の試練なのか命まで取られることはなかったが待っていたのは落第者という恥辱に塗れた生活だった。

 でもリアンは僕とは違う。自分の弱さを他人にさらけ出せる強さを持っている。

 キミなら勝てるよ、なんて根拠のない言葉を言うつもりはない。

 だからアリーが教えてくれたボスゴブリンの弱点を教えてあげることにした。情けかもしれない。

 でもそれだけでリアンはボスへと立ち向かえる。勝てさえすれば勇気が持てる。自信がつく。これからの不安が、今までの不安が和らぐ。

 僕が弱点を教えることでさえ、他人に依存していると言えないでもないが、ヴィヴィのように孤立して戦うのにも限界があるのだ。

 ひとりで戦う時でさえ、他人にある程度は依存する。

「リアン。ボスゴブリンはゴブリンにはない角がある。その角が弱点。キミが落ち着いて魔法を唱えれば、ボスゴブリンはキミに近寄れずに死ぬだろう」

 リアンは僕の助言に頷き、どことなく士気が戻ってきた感じがした。僕の助言を応援だと感じ取ったのだろう。

 リアンは僕を手助けしようか迷う素振りを見せたが【転移球(ワーパー)】を投げた心遣いを思ってか、そのままボスの部屋に入った。

 冒険者全員が入ったのを見届けて【煙球(スモーカー)】を放つ。その煙に乗じて僕もボスの部屋へと入った。

 部屋にいるのはボスゴブリンのみ。僕たちは同じ場所に入ったにも関わらず一対一を強いられる。それがこの部屋に展開する【単独戦闘(ソロプレイ)】と呼ばれる結界の効果。


 ***


「手下、仇、取」

 片言ながらも人語を喋るボスゴブリンが僕の目の前に現れる。

 背は高く、額には特徴的な角が生えていた。

 手伝いがしたかっただけのゴブリンを殺した罪を償えとでも言いたいのか、ボスゴブリンは猛り、僕に襲いかかってきた。

 僕は恐怖を感じていない自分に笑い、そして【速球(ブレイカー)】を繰り出した。アリーに教えてもらった弱点――角をめがけて。


 ***


 その頃、それぞれの戦いが始まっていた。


「精霊さん、精霊さん、私の声が聞こえますか」

 レシュに勇気をもらったリアンは転移先から動くことなく、詠唱を始めた。

「滅っ! 滅っ! 滅ぅううう!」

 叫ぶボスゴブリンに恐怖を感じつつも、それでもリアンは詠唱を止めない。

 私ならできる――そう信じて。


 ***


 ボスの部屋に辿り着いたヴィヴィは少なからずレシュリーたちに感謝していた。

 自分ひとりでここまで辿り着けなかったかもしれない。ふとそんなことを思ってしまったからだ。

 とはいえ、それをレシュリーたちに伝えるつもりはなかった。

 それは自分のがらじゃないし、レシュリーたちもきっとお礼を言われることなんてしてない、といいそうだったから。

 それっきり、そのことを考えるのをやめてヴィヴィはボスゴブリンへと向かっていく。


 ***


「だっらぁ!」

 アネクはボスゴブリンの胸板へと屠殺剣〔信義たるレベリオス〕を打ちつける。

「かってぇなあ、オイ」

 切り裂けるイメージを抱いていたアネクだったが、ボスゴブリンの胸板は存外硬かった。

「だけどよぉ、俺っちが負けるはずがねぇんだ」

 自信たっぷりにそう宣言し、アネクは再びボスゴブリンの胸板へと屠殺剣〔信義たるレベリオス〕を振り下ろした。

 本人は知ることはなかったがアネクは〈豪傑(ストレンジャー)〉と呼ばれる才能をもった青年だった。


 ***


 焦るな。

 とアルは念じた。焦りなどとうに消えていたが、それでも癖のようにアルは念じた。

 リアンがエーテルを盗られたと聞いたときの彼は正直焦っていた。

 賞金が目当てではなかったけれど一番になりたい、とそう思っていた。アネクとリアンとなら、一番になれると思っていた。

 けれど今なら一番じゃなくてもいいと思えるようになった。そう思えるようになった瞬間、焦りも消えた。一番を諦めたわけじゃない。

 それでも今はそれが重要じゃないと思える。

 それを教えてくれたのが誰なのかは分かっていた。

 アルはうっすらと笑みを浮かべ、鞘に剣を入れたまま、ボスゴブリンへと疾走した。


 ***


 オイラが一番になるに決まっている。

 紫色のサラサラヘアーをかき上げ、彼はひとり呟く。

 なにせ誰にも気づかれず、誰とも戦わず、このボスの部屋に入ったのは彼だったからだ。

 彼がボスゴブリンを倒すのには時間がかかる。けれどそれを想定してもなお、彼には一番になる自信があった。

 賞金はオイラのもの、オイラのものもオイラのもの。


 ***


 そして――


「ここは?」

 ボスゴブリンを倒した途端、この部屋に転移されたリアンは周囲を見回す。

 山積みの琥珀色の宝石“満ち足りぬ使命”を見つけるが、広いこの空間にひとりだけという状況にオドオドしてしまう。

「リアンか。早いな……」

 しばらくするとアルが転送され、リアンを見つけるやいなや、驚いたように話しかけた。リアンはアルが転送してきたことに安堵し、そうして素直に白状する。

「私……実はレシュリーさんに弱点を教えて頂きまして」

「角か」

「知っていたの?」

「いや、戦っている最中に気づいた。やたらと角を守ろうとしていたからな」

 そんなことを話しているとまた誰かが送られてくる。

「ははっ、やっぱりオイラがいちば……」

 その誰かはリアンとアルに気づき言葉が停止する。

「……なんだって!?」

「ベルベか」

「なんでお前らがここに?」

「ボスゴブリンを倒したからに決まっているだろう?」

「オイラが一番に乗り込んだのに……なんでお前らのほうが早いんだ?」

「知らん」

「一番はアルなのか?」

「いや一番はリアンだ」

「はぁ!?」

 納得できないようにベルベが言う。

「ごめんなさい」

「いや、謝らなくてもいいって。オイラが一方的に驚いただけで」

 そうやって会話をしているうちに次々と冒険者が転移されていく。

 ヴィヴィにハンソン、ジネーゼにテッラ、ラインバルトにヒルデと続々と転移されてくる。転送の傾向を見ていると、棒術や剣技などの単体戦闘に優れた癒術士や剣士が早く、次いで補助技能と回避能力に長けた盗士、対人戦で優位に立てる操士や個人戦には向かない魔法士などはそれらよりも遅れて転送されていた。

 ヴィヴィにハンソン、ジネーゼにテッラ、ラインバルトにヒルデ。剣士に盗士、癒術士、魔法剣士と続々と転移されてくる。操士や魔法士などはそれらよりも遅れて転移してくる。

 リアンが一番なのに皆が驚いていたが、リアンがレシュリーに弱点を教えてもらったことを正直に白状すると納得とともにその素直さに感心する人がほとんどだった。

 他の人が新人の宴ザニュービーズデビューから去っていくなか、アルは洞窟から脱出することなくただひたすら待っていた。距離をとってはいたが、ヴィヴィも壁に背を当て、誰かを待っているようだった。

「遅いな」

 時間はゆうに三十分を越えようとしており、ついアルがぼやいてしまうと、その言葉に釣られたようにリアンが頷く。その表情はどこか心配しているようだった。

 するとようやくアネクが転移されてくる。

「よう、お前ら早いな」

「お前が異様に遅いんだよ」

「あんなでけぇゴブリンをスムーズに倒せるわけないだろ! どうやって簡単に倒せるんだよ」

「角だ」

「……どういうことだよ?」

「角が弱点なんだ」

「マジかよ。気づかずにそのままぶっ倒したんだが……」

「むしろそっちのほうがすごいな」

 アルは呆れたように感心していた。

「これが宝石か」

 そんな感心を他所にアネクは宝石を拾い上げる。すると宝石は最後の冒険者を待っていたかのように消える。

「俺を随分と待ってくれていたようだな。じゃあ帰ろうぜ」

「まだレシュリーさんが来てないんだ」

「冗談だろ」

 続けてアネクが気づいたように言う。

「でも待てよ、俺が最後の合格者だから残ってた宝石が消えたんだろ」

「だとしたら、レシュリーさんは?」

「不合格だったの?」

 アルとリアンが落胆したように言う。

「案外、一番に合格して、宝石手に入れてたりしてな」

 冗談のようにアネクが笑った。


 ***


 合格者は初心者協会に合格の証として、“満ち足りぬ使命”を見せたあと、簡単な手続きをすることが義務付けられている。ランク1の認定をするためだが、今年は今年から始まった賞金授与をするためでもある。

 アルたちが協会に着いたときにはすでに順位表が張り出されていた。

 順位表はある種の指針にもなる。翌日に行なわれる祭に訪れる上位ランカーの冒険者がその順位表の高順位者を勧誘することは恒例であった。

 例年なら、順位表を見た冒険者は自分たちの順位に一喜一憂しながら去っていくが、今年はなぜか多くの冒険者がざわついていた。

 アルたちは協会にランク1になったことを申請する前にその順位表を見た。最下位である六十二位の部分が空白。これはおそらく一番最後に合格したアネクだろう。そこから順位が上がるように見上げていくと八位が空白。ここがおそらくヴィヴィだ。さらに上を見上げると四位の場所にベルベの名前があった。

 まさか、と思わずアルは笑ってしまう。リアンもアネクもヴィヴィでさえも笑みを浮かべていた。空白の三位とニ位を飛ばして、順位表の一番上、一位の名前を彼らは見た。

 アルとリアンの表情が明るくなる。ヴィヴィも驚いていた。アネクは自分が気を紛らわすように言った冗談が真実を示したことに「嘘だろ」と呟きが零れていた。

 一位という順位の横にはこう書かれていた。――『レシュリー・ライヴ』と。

「すごいな」

 アルは思わず呟いてしまう。

「ああ、すげぇよ」

 アネクも同意していた。

 順位表には順位と名前のほかに討伐時間が表示される。

 新人の宴ザニュービーズデビューには【戦闘結果表示(リザルト)】という魔法がかかっており、それによって様々なデータが集計されている。討伐時間だけではなく、総ダメージや累計討伐数も計測されており、管理者がそれを知ることができるのだ。

 新人の宴ザニュービーズデビューの管理者は初心者協会ということになっており、その情報の一部を公開する義務も負っていた。

 最下位のアネクの討伐時間は35分42秒54。ヴィヴィは10分46秒59、アルは5分23秒02、2位のリアンは1分54秒56。本来であればリアンの記録でさえ、過去の記録を凌駕する時間だ。

 だが、レシュリーの討伐時間は圧倒の、9秒46。

 この討伐時間はボスの部屋に入ってから倒すまでの時間で、個々に計測されているため、入った時間がバラバラでも公平だった。

 もちろん、レシュリーがレベル70――ランク0のレベル上限だとアル達は知らない。けれど例え、そこまでレベルをあげたとしてもその討伐時間を達成するのは常人には不可能に近い。落第者と罵られても、諦めなかった努力あってこそだ。一日も欠かすことなく投げ続けた【速球(ブレイカー)】は信じられないほどの熟練度を誇っていた。


 ***


 僕が投げた【速球(ブレイカー)】がボスゴブリンに超速で接近していく。ボスゴブリンはその脅威から角を守るように手を前方に出す。守りの姿勢。あわよくば止めようと考えているのかもしれない。しかし僕が全力で繰り出した【速球(ブレイカー)】は僕の――そしてボスゴブリンの想像をはるかに超えていた。【速球(ブレイカー)】はボスゴブリンの手を突き破ってさらに角はおろか頭すら破砕する。そのままボスゴブリンは絶命。僕は気づけばたった一球で宝石の部屋へと転移していた。

 まだ誰もいない。自分の呼吸が聞こえるほど静かだった。僕が最後なのかもしれない。ふと、そんなことを思う。けれど気にならなかった、だって僕は合格したのだ。それ以外は何も気にならない。

 これでアリーに会える。琥珀色に輝く宝石を手に取り外に出る。いつもと変わらない外のどことなく汚い空気が、すがすがしく思えた。

 さて、確か申請に行く必要があったはずだ。僕は久方ぶりに初心者協会へと足を踏み入れた。僕の歩みとともにざわめきが起こる。「あの落第者が合格した!?」という驚きに満ちた声が耳に入る。

「俺、今月の給料、あいつが落ちるに全額かけたのに……」

 お気の毒な呟きも聞こえたが僕の知ったことではない。

「ここでこれを見せたら、ランク1に申請されるんでしたよね?」

 そう言うと係員が僕の顔を見てかなり驚いた後、それをひた隠すように喋る。

「ああ。その通りだ。あとはこの用紙に記入してくれ。これでお前も晴れて冒険者の仲間入りだ」

 僕はその書類に必要事項を明記し、提出する。

「ああ、あとそうだ。今回から一位のやつには賞金があるんだよ。知ってたか?」

「ええ。他の人に聞きましたけど」

「じゃ、これを受け取れ。悔しいことにお前が一位だ」

  僕はその言葉に少しばかり驚いた。一番最後に入った僕が一番最初に終わるとは思いもよらなかった。それほどまでか、とアリーとの修行の成果を実感した。

「賞金は要りません」

 賞金は正直、興味がなかった。知ったのも途中からだし、端からそれが目的じゃない。

「じゃあ、どうすればいい?」

「ニ位の人にあげたらどうですか」

「そうする」

 係員は安堵したようだった。流石に僕が辞退するとは思ってなかったようだ。

 そういうやりとりがあった後に、係員が「悔しいことに」って言っていたことに気づく。この係員も僕が不合格になるほうに賭けていたみたいだった。

 僕は嬉しさを噛み締めながら、アビルアさんの酒場へと戻った。

 アビルアさんはランク1の証である宝石を見て笑った。最高の笑顔だった。

 僕も笑った。おそらく最高の笑顔だった。

 僕は軽い足取りで部屋に戻った。アビルアさんが何が言いたげだったけれど、僕の顔に疲れた出ていたのか、何も言ってこなかった。そうして僕は一瞬で眠りについた。

 明日には島から旅立とう、そんなことを思いながら。

 無性にアリーに会いたかった。

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