飢餓
66
僕はアリーのいた場所へと向かっていた。
「美しくない……」
ジョレスが血相を変えて言ってくるものだからアリーに何かあったのかもしれない。
どういう状況なのかジョレスに聞くことすらせず僕は走り出していた。止まることなく全速力。
難なくではないけれどデュラハンも倒して、弟子の三人は全員無事。
狂靭化したレッドキャップから逃げ切れたというのは大きな糧になるに違いなかった。
アリーが試練を受けていた場所まで急ぐとアンダーソンが倒れていた。
無念の表情。抵抗したのか衣服は乱れ、逃げようと努力した跡が見られた。
それでも大きく斬られた胸の傷と下に広がる血の海は息絶えている証明でもあった。
何があったのか、聞くのは野暮だ。
アリーたちも魔物が狂靭化したのだろう。レッドキャップなら誰もが対応できると踏んでいたけれど予想外の産物、狂靭化レッドキャップなら死ぬ可能性はあった。
【蘇生球】はここに来る間に作り出していた。
すぐに投げる。投げてからアリーを見た。
結果から言えばアリーは無事だった。左手は貫かれたのか怪我をしている。
「【回復球】を使おうか?」
すぐに作り出して投げてもよかったけれど、それだと怒られそうでやめておいた。
「ううん。いらないわ。そんなことより……」
「分かってる」
アンダーソンが優先だ。
アンダーソンは一度目の【蘇生球】では生き返らなかった。
【蘇生球】を両手に作り出す。同時にアンダーソンへと投げようとする前に
「レシュ殿」
「レシュざ~ん」
後ろから声。コジロウとユテロだ。
僕のところへと行こうとしたのかアリーの試練場を通過しようとしたところで僕の存在に気づいたのかもしれない。
「ついているでござる。短縮できたのならより可能性も広がったでござる」
「んだ」
言ってふたりは背負っていたふたりを地面へと降ろす。
マムシとインデジル。
ふたりもまた死んでいた。
「力及ばず済まぬでござる」
コジロウが意識を朦朧とさせながらもそう告げる。
コジロウだって大怪我しているじゃあないか。そんなコジロウを誰が責められる。
「後は任せて」
安心させるように力強く告げたけれど内心では泣きそうだった。
アンダーソンとマムシ、インデジルが死んだ。三人も死んだ。
ずきずきと胸が痛みながらも僕はふたつ作っていた【蘇生球】をマムシとインデジルに投げる。
投げられたことを確認してコジロウが地面へと倒れた。コジロウも限界だったのだ。
「ヴィヴィを呼んできて」
試練が終わったばかりで疲れているだろうけれど僕は怒鳴った。
少しビクついて一緒についてきていたデビたちが動き出す。
デビたちもデビたちでアンダーソンの死にショックを受けていた。同期だし与える影響は大きい。
続いてマムシ、インデジルの死体を見て何もできなくなるのは分かる。
泣いているのも分かる。
けれどそれだけじゃあだめだ。コジロウもアリーも治療しなければならない。
致命傷ではないけれど放っておけない。
僕がちまちま回復するのでもいいけれど、それじゃあ三人を見捨てるしかなくなる。
全員が最善を尽くす必要があった。
駆けだしていく音に少し安堵しながらも、ふたりに【蘇生球】を投げた直後にまた【蘇生球】を投げる。
僕がどれだけ【蘇生球】を投げれるか分からない。
それでも熟練度が上がり、精神摩耗の負担も軽減され成功率だってかなり微弱だけれど上がっているはずだ。
リアンだってセリージュだって自分だって助けれた。
三人が生きたいと思っているんなら、その期待に応えてあげたい。
すぐにふたつの【蘇生球】を投げる。今度はアンダーソンとマムシ。
「ヴィヴィざんが……来ましただ!」
息切れが激しく唯一残っていたユテロが、デビたちと一緒に走るヴィヴィを見てそう告げる。
「遅れてすまない。こっちにも治療が必要なやつがいてね。すぐにはこれなかった」
「気にしてない。それよりもアリーやコジロウを……」
「私は後回し。まずはコジロウよ」
コジロウの傷はまるで無防備の状態で斬りつけれたかのように深く傷ついている。
無言で頷きヴィヴィの詠唱が始まる。
その横でさらに二つの【蘇生球】を【造型】した僕はインデジルとアンダーソンへと投げる。
さらに作り出してマムシとインデジル。次はアンダーソンとマムシ。ここらへんで頭痛がひどくなる。でもまだだ。次に作り出したのはマムシとインデジル。次はインデジルとアンダーソン。
次は……次は……次は……。
「もうやめて」
【蘇生球】を造り出そうとしていた両手を握り締めてから、アリーが抱きついてきた。
「……三人は、生き返ったの?」
「もう間に合わない」
結果から言えば三人は生き返らなかった。セフィロトの樹に名前が刻まれるのは冒険者によってむらがあるけれどだいたい五分前後が普通だ。
ここからセフィロトの樹を確認することはできないが、その時間を過ぎてしまえばセフィロトの樹に名前は刻まれてしまっているだろう。
そんな時間はとっくに過ぎてしまったは分かっていたけれど僕は投げ続けていた。
死ぬまで、いや自分自身が死んでもどうやってか投げてしまおうと考えていた。
だからアリーは僕を止めた。
「あんたにまで死んでほしくない」
そんなわがままな、でもごく自然な願いで。そして僕はどうしてもそれを受け入れてしまうのだ。
「……分かった。生き返らせられなくてごめん」
僕は謝った。そもそも僕がランク7になってディエゴを真っ当に倒すと決めたから、こうなったのだ。
あのとき、リアンを救ってくれたなんてことは関係なく、邪道にも非道にも仁義に則らずに、卑怯にも姑息にも手段を選ばず倒してしまえば、こんなことにはならなかったのかもしれない。
結果論でしかない。
でもあのとき、ディエゴを倒していたら、僕はおそらく何か大事な、信念のような何かを失っていたような気がする。
けれどそれを守るために王道を進んで仲間を失っていたら意味がない。
前途ある新人の冒険者たちの命を摘んでいては意味がない。
「あんたは悪くないわよ……」
アリーの声は震えていた。
インデジルの死が、弟子の死が、相当堪えているようだった。
それこそディオレスの自殺以上にアリーは怯えている。
「私だって早く倒せていれば……」
「アリーも悪くない。誰も悪くない」
僕も強がって言う。誰も悪くないというのなら、誰も責任を感じていない。
どこかに自分がうまくやれば、という気持ちがあるから罪悪感が生まれていた。
僕の【蘇生球】による蘇生と並行して行われたヴィヴィによる治療の結果、コジロウもキナギも致命傷から脱していた。
ふたりの生存がある意味での救いだろうか。ヴィヴィがいなければコジロウもキナギも危なかった。そして実は僕も。
精神摩耗によって一度意識を失いかけてヴィヴィの【精神小癒】に救われていた。
たぶんヴィヴィがいなければかなりの迷惑をかけていた。
「宝石を手に入れて、外に出よう」
強がって本来の目的を達しようと洞窟の奥へと急ぐ。嬉しさはない。失ったもののほうが大きく、消失感は拭えない。
生き残った弟子たちは宝石を取る必要がないので先に出口へと向かってもらっている。
いつもなら僕だけが凹みアリーが励ましてくれるが、僕もアリーも、そしてコジロウも弟子を失ったことで悲観にくれている。何が間違っていたのか悔いていた。ルルルカもセリージュも喋ろうとはしない。
しばらくすると宝石が置いてある部屋が見えてきた。
その入口にアエイウが仁王立ちしている。その姿はさながら血まみれの悪鬼。突っかかれば襲ってきそうだ。
とはいえ何も言う気にはなれない。
アエイウの横を横切って入口へと入った。
直後、
「貴様らと俺様は何が違う?」
アエイウが叫んだ。アエイウは入口へと入ってこなかった。
「どうして貴様らは合格できた? どうして俺様は合格できなかった?」
だからアエイウは入口へと入ってこなかった。不合格者を通さない結界が貼ってあるのだ。
いくら固有技能であらゆるものを突破する技能を覚えても試験の結界だけはどうあがいても破れないようだった。
「そんなことは知らない。でもキミは僕たちより絶対的に後悔が少ない」
怒気を含めて僕は言う。
「どういうことだ?」
「僕は確かに合格した。合格できた。けど弟子を三人も失った。もっと修行をつけてあげれば、とか他の人を救うのも大事だけれどもっと弟子との時間を大切にしてあげればよかった、とかそんな色んな後悔があるんだ。僕たちはヤマタノオロチに彼らを連れて行ってどこか安心していたのかもしれない。あそこで経験を積んで他の冒険者とは違うと思っていたのかもしれない。よく分かっていなかったんだ。もっとよく話して悩みを聞いてあげて強くなる方法を、ひとりで戦う方法や仲間と協力する方法を、いろんな戦術を、もっと時間をかけて教えてあげればよかった。
他のことを優先しても勝手に強くなっていく弟子たちは、このままずっと強くなって巣立っていくんだろうって思っていた。
でも違った。僕は怠けていたんだ。甘えていたんだ。もっともっと色んなことが教えれた、教えられたはずだった。だから僕はものすごく後悔している。後悔したってもうどうしようもないのかもしれない。死んでしまった弟子たちに教えれることはないのだから。
それでも進まなきゃあならない。たぶん、この後悔はずっとなくならない。僕がこんだけ後悔しているんだから、アリーやコジロウはもっとだ。ふたりだって僕のわがままに付き合わなきゃ、もっとわかり合えたはずなんだ。もっともっと強くできたはずなんだ。そんな後悔がずっとある」
途中から僕は涙目だった。涙目でずっと訴えていた。
「キミにはそんな後悔があるのか? 三人の冒険者を失ったばかりか試練を不合格で終えて僕に突っかかってくるキミに! そんな、後悔が、あるのか!? なあ? あるのかよ?」
追い詰めるように、詰め寄って僕は問いただす。
「ぐぬぬ……」
アエイウは怯んで唸る。不服そうに睨みつけてはいるが図星なのか反論ができない。
「行こう」
そんなアエイウを突き放して僕たちはさらに奥へと進んでいく。
鮮血の三角陣の奥、宝石がおいてある空間はひんやりとしていた。
鍾乳洞に近いけれど鍾乳石はなく、全体的に丸みのある空間だった。
その中心に山積みにされた宝石、名前は〔渇き餓える世界〕。
世界は絶望で満ちていると言わんばかりの名前に手に入れた喜びよりも、アンダーソンにインデジル、マムシを失った悲しみを痛感させられてまた涙が出た。
何度も別れを繰り返してきたけれどそのたびに僕は後悔に襲われる。
誰もが死なない世界なんてないとは分かっている。
分かっていてもなお、何かできたのではないかと思ってしまうのだ。
「次は封印の肉林ね」
元気なくアリーが呟く。
「……うん。でも少し休もう。ディエゴがいつ動き出すか分からないけれど、僕たちにはきっと休息が必要だよ」
疲れ切った声で僕は言う。
ヴィヴィとルルルカに肩を貸してもらっているコジロウもわずかに頷いた。
歩みをここで止めるわけにはいかない。思いっきり悲しむだけ悲しんで、またどこかで思い出して後悔してしまうのだとしても割り切って前に進んでいかなければならない。
そうしないと本当に失った三人の弟子の死は無駄になってしまうから。
それを無駄にしないためにも僕たちは歩みを止めない。




