表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
tenth  作者: 大友 鎬
第9章(前) さりとて世界は変わりゆく
396/874

聖球


65


 レシュリーに憧れがなかったと言ったら嘘になる。

 副職として選択できる基本職の投球士、剣士、魔法士、魔法剣士、盗士、癒士、操士のなかでインデジルが選んだのは投球士だった。

 本職である癒士と合わせてできる複合職は聖球士。

 レシュリーが落第者になって本職が投球士である複合職は激減したが、より投球士に近い技能を持つ聖球士もその数を減らしていた。副職が投球士である複合職のなかで召喚士の次に扱いづらい複合職だったからだ。狩士ならば手数で魔砲士ならば距離自在の魔砲で、放剣士ならば使い勝手の良さで、忍士ならば多様性で召喚士には意外性で劣っている。

 もちろん投球が扱えるのは大いなる利点ではあるが攻撃球種を使えないという一点で使い勝手が劣る。

 その分、癒術が階級8まで使え、これは双魔士には劣るが癒士系複合職のなかでは二番目に位置した。

 そういう評価から聖球士を選ぶ者は少なくなってきていた。

 それでもレシュリーに憧れがあったからこそインデジルは副職に投球士を選択していた。

 もちろんインデジルだけではなく聖球士になったのは冒険者は少なくない。

 それは少なからずレシュリーに憧れを抱いていた基本職癒士の冒険者だった。

 副職投球士、本職癒士の彼らは本職投球士、副職癒士のレシュリーに似て非なる感情を抱いていた。聖球士と薬剤士ではその本質は正反対どころか全く違うというのに。

 薬剤士になるために投球士に転職という手もあるが、せっかく覚えた癒術が使えなくなる点を考慮して本職を変えずに憧れを真似たというところだろうか。

 インデジル自身少なからず憧れはあるが、直接口に出したりはしない。

 ユテロやデデビビほどの強烈な憧れを抱いてはいないからだ。安易に口に出せば彼らを侮辱するようなそんな気持ちになる。

 ユテロやデデビビがそんな人間とは思えないが、前から好きだった冒険者のなかには、降ってわいたようなにわかを許さない冒険者もいる。憧れが早かったか遅かっただけの話なのにも関わらず。

 でも、

「オレも伝えておけば良かったってぇ話だよな」

 インデジルは素直にそう思った。

 援護技能である【蜘蛛巣球】は当たらないことはないが、狙いすましたところに当てようと思ってもうまくいかない。

 【転移球】も簡単に扱えるように見えて、思った位置よりもずれて転移する。

 レシュリーどころかユテロもうまく扱えていたはずの投球技能が思ったほど使えない。

 壊滅的な投球恰好。どう投げていいのか、どう投げるべきなのか分からない。

 憧れがあったが投球技能の使用はある意味で怠けていた。

 今までの戦いは癒術に頼って、アンダーソンやマムシの援護をして戦ってきた。

 今までがそうだったからひとりで戦うなんて随分と久しぶりすぎた。

 それでも逃げるぐらいならできたのかもしれない。

 ユテロのように逃げると決め込んでいれば逃げ切れたのかもしれない。

 癒術がまともに使えればまだましなのかもしれない。

 けれど恐怖と緊張で口が震えたびたび噛んだ。そのたびにやり直してうまく発動できない。

 頼れるのは使い慣れてない投球技能しかも攻撃球種は使えないときた。

 その事実に気づいて愕然とした。棒術もあまり覚えておらず熟練度も未熟の域。

「こりゃあやべぇって」

 インデジルは思わず胸中を吐露して、再度自覚してしまう。

 まだいけると思っていた気持ちがぷつりと切れたような気がした。

 がちっと腕をつかまれる。

「うわああああああああああああっ」

 青銅棍〔転寝ビゴガン〕でレッドキャップを叩くが力が入ってないのかビクともしない。

 引き寄せられたことで焦って何度も叩きつけると、周囲を飛び交う蚊の羽音がごとく鬱陶しいのか手を放す。

 いきなり放されたのでインデジルはしりもちをつく。

 立ち上がる前にレッドキャップは両手で握りなおした斧を振り上げていた。


 ***


 マムシの鼻からたらりと血が流れた。鼻血だった。さっきから頭痛がひどいせいか意識が朦朧とする。眠気が強烈だった。

「……」

 いつもはこんなはずではないのに、と思うが、思い返せばいつもインデジルから【精神小癒】を使ってもらっていた。

 いつも通りに慣れ切ったせいで、いつもよりも張り切った後の反動にマムシは後悔する。

 暗殺士になったマムシは暗殺技能が使用可能になっている。

 それ以前のマムシは盗技技能を用いて弱体化させて戦う戦法だった。

 暗殺士もそれほど変わらない。弱体化する技能が充実していた。盗技の上位互換とでもいうべきか。

 しかしそれは同時に精神摩耗も激しいことを示していた。

 【虚脱】で皮膚を脆くして【弛緩】で筋力を低下させる。

 最初はそれで優勢だった。けれど狂靭化してからは通用しているようには思えない。

 多少は脆くなって多少は筋力が低下しているのかもしれない。

 効いているから精神摩耗が延々と続いているはずだ。

 予測の域は出ず、もし効いているのであれば解けた瞬間、対応できないかもしれないと考えて解除できない。

 ある意味で思考の深みにはまっていた。

 そのせいで精神の摩耗が限界が近い。

 レッドキャップに足を傷つけられ、長所である素早さを奪われた結果、無理をして【蔦地獄】も展開しているせいもあるだろう。

 【蔦地獄】の代わりにどちらかを、どちらをも解除すればよかったが、これ以上傷つけられるのが怖く【弛緩】は解除できず、狂靭化により、より強固になったレッドキャップに傷を与えられないとなれば攻め手を失うと【虚脱】も解除できなかった。

 その優柔不断がマムシを苦しめていた。

 本来の盗技や暗殺の一般的な使い方は攻撃を加える直前に弱体化させるか、要所要所で適宜弱体化させそれを切り替えていく。

 マムシのように延々と弱体化させているのも有効とはいえるがそれは精神力に自信がある冒険者がするべきことだ。マムシも精神力は少なくはないが、インデジルに援護してもらっていた。

 別にそれは悪いことではないが、それは長期戦になったからであり、本来は短期決戦用だ。

 忍士と違い、回避防御技能は格段に劣るのだから。

「うああああああああああああああっ」

 沈黙こそが格好いいと思っているマムシだったが、頭痛を堪え、レッドキャップに挑むには叫ぶしかなかった。叫んで興奮して痛みと眠気を飛ばそうとしていた。

 興奮したまま我を忘れるように真正面から挑む。

 頭痛を一刻も早く忘れたかった。それがマムシを急かした。

 ケケケとレッドキャップが笑ったような気がした。

 マムシには確認する術がもうない。

 何せ真正面から競り合おうとしたマムシは正面から斧で切り裂かれていた。

 レッドキャップの帽子がその名の通り鮮血に染まる。

 そうやってレッドキャップは延々と帽子の色を染め直していく。

 数秒後レッドキャップの姿が消える。

 対象を倒したからではない。周囲の結界も消えていた。

 真ん中で重傷を負いながらも生存するコジロウ。

 息も絶え絶えで意識は飛びそうであった。

「師匠……」

 コジロウが生きていたこと、自分が生き残れたことに安堵してユテロは思わずつぶやき、腰が砕けたように地面に座り込んだ。

 そうして残りのふたりがどうなかったか、と気になって周囲を見渡す。

 ふたりの死体がそこにあった。

 マムシは足に傷を負っていて胸を思いっきり切り裂かれていた。それが致命傷だろう。

 インデジルはしりもちをついた状態で頭を割られていた。顔には涙の跡があった。

「ああ……」

 コジロウも周囲を見渡して気づく。

「拙者が……拙者が……!」

 早く倒せればよかったでござる、と後悔が出る。

 予想外なことが起きて予想外に深手を負って時間を食った。

 少しでも早ければインデジルもマムシも死ななかったかもしれない。

 自分が手間取ったことで弟子たちに負担がかかったのは間違いない。

 自分が殺してしまったようなものだと責任を感じてしまう。

 ディオレスが自殺したときは違った、もやもやとした気持ちがコジロウのなかに蠢く。

「まだ死んでしまったとは限りませんだ」

 そんななか、ユテロは言った。ユテロも少なからず傷を負っていたがそんなこともおかまいなしになんの躊躇いもなしにインデジルの死体を担ぐ。

「まだ間に合うがもしれません」

 インデジルを担いでユテロがどこに行こうとしているのかコジロウも分かった。

「拙者は情けないでござるな……」

 そんなことを言いつつも少し元気を取り戻してマムシを担ぐ。

「急ぐでござるよ、レシュ殿のところへ」

「んだべ。師匠」

 まだ希望はあった。

 コジロウもユテロもレシュリーが何を使えるか、知っているのだ。

 それを試しもせずに悲観にくれるのはお門違いだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ