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tenth  作者: 大友 鎬
第9章(前) さりとて世界は変わりゆく
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積塵


63


 ルルルカの顔を携えたデュラハンが出てくるのは想定内だった。

 というよりも他に誰がいるのだろうか。

 お姉ちゃんが出てきても倒してみせる、アルルカはそう覚悟していたからいざ対面しても別段感情の起伏は起きなかった。

 ただデュラハンは操剣士ではない。

「その使い方は違います」

 ただただ匕首を握り締めて突き刺してくるデュラハンに幾許かの怒りを覚える。

 ルルルカの顔に変形したくせにルルルカの戦い方を全く真似しないのだ。

 故人の持っていた武器に酷似した武器を出現させただけだった。

 完全に真似されたら怒りを通り越して驚愕するかもしれないが

 中途半端な物真似は変に怒りを買うだけ。

 しかしながらそれすらもデュラハンの戦略なのだろう。

 少しだけ感情的に熱くなって躍起になってしまう。

 感情的な熱さが攻撃を単純化させ、同じ動作の繰り返しになる。

 デュラハンは一度目を避け、その後は匕首で何度も防ぐ。

 直線的に振り下ろすだけになってしまっているルルルカの攻撃はそれほどまでに防ぎやすい。

 弾き返してデュラハンが徹底的な好機を作る。

 間合いを完全に詰めて匕首を突き刺してきた。

 そこでルルルカはニィと笑う。待っていたと言わんばかりに。

 そもそもルルルカはまだ魔充剣に何も宿していなかった。

 デュラハンが突き出した瞬間に弾き飛ばしたはずの魔充剣が勢いよくデュラハンに向かっていく。デュラハンにとっては予想外の展開。突き出したせいでデュラハンの身体は前のめりにルルルカへと向かっていた。避けれるはずもない。

 ルルルカが高速で振り下ろされた剣は凍りつき、周囲に浮かぶ水がデュラハンへ勢いよく向かっていた。弾き飛ばした魔充剣が力の向きに反して逆走したのは宿した魔法の影響だった。

 【吹水】。噴射された水が弾き飛ばされる力に反作用して力の向きを変えたのだ。

 もうひとつ宿るのは【氷結】。凍りついているのはそのためだ。

 水の魔法に氷の魔法を当てれば凍るが、魔充剣にふたつの魔法を宿した場合はそうはならない。

 同時に扱う場合でも水は水として氷は氷として存在できた。

 水の噴射で力の向きを変えた魔充剣が一閃。

 氷の刃がデュラハンの首に宿る炎を凍りつかせていく。

 ここまでは狙い通り。

 けれどそこでデュラハンの色が変わる。ルルルカだった顔が甲冑兜に変わる。

 狂靭化が始まった。

 鮮血の三角陣に限らず世界改変後の試練では何かしらの変化が起こっている。

 想定外というわけでもない。

「少しだけ本気を出します」

 ルルルカもだが、アルルカも常に本気で戦えない。

 アルルカやルルルカが本気で戦うということは、ルルルカが命を落としたように、カジバの馬鹿力を命を惜しむことなく使うことだからを指す。

 ルルルカにとってはいつも力を保持している状態。手枷足枷をつけていつも戦っているようなものだ。

 その枷を相手の力に合わせて外す。そうやって戦うのがルルルカたちの戦い方だ。

 出し惜しみはしなければならないが出し惜しみはしない。

 髪の色がわずかに金色に輝く。

 ぶぉん!

 直後、目にも止まらぬ速さでデュラハンは土壁となった結界とぶつかる。

 土壁と聞くと壊れてしまいそうだが、絶対強度、いわば不壊属性を持っていた。

 結界から土壁に変わるのはある意味で罠。恐怖心に支配された冒険者がその壁を壊して逃げ出そうと思案できる隙を与える罠。その罠に嵌まって背後からデュラハンやレッドキャップに殺された冒険者は枚挙に暇がない。

 けれど壁が壊れない、衝撃に耐え続けるというのであればそれは逆手に取れる。

 いわゆるハメ。壁にぶつかって倒れる前にもう一度壁にぶつけて、倒れる瞬間にもう一度壁にぶつける。ちょっとだけ本気になったルルルカは狂靭化したデュラハンをそれを続ける。ハメ続けていた。ハメられ続ける破目になったデュラハンにとってはたまったものではないが、だからといって何かができるわけではなかった。防御姿勢を取る前に、鬼神のごとき一撃が、韋駄天のごとき速さで迫ってくるのだ。防御も追いつかず、速さゆえに回避行動もとれない。

 相手が情けや油断によって攻撃を緩めたり、何等かが原因で攻撃をしくじるまでこのハメ攻撃は続く。本来なら後ろにある壁が破壊されたり、仲間の援護によって中断されるものだが、この空間は一対一なうえに壁は不壊の絶対強度。さらに相手は倒すべき相手で情けも油断もない。狂靭化していれば尚更。

 だから続いていく。ハメられていく。長い連撃。デュラハンがもし冒険者であるならばおそらく諦念しているのだろう、そのぐらい長い。

 数にすればもう百連撃を超えている。一撃が秒にも満たないゆえに時間としてはわずか。

 その猛攻にデュラハンは耐えていたが耐え切れているわけでもない。

 途切れない猛攻にもはやデュラハンの命は風前の灯だった。



 *** 


 キナギは一時期、柳友新陰流剣技を習っていたことがある。

 とはいえ兄弟子を殺して破門された身だ。兄弟子が妹弟子が嵌めて破門させられそうになったとき、兄弟子の計略を見抜いて殺したのだ。キナギ自身が悪かったわけではない。

 けれどそれが兄弟子の計略もキナギが殺すことも織り込み済みの弟弟子の画策だった。

 それを知ったときはさすがに笑った。剣技では誰にも勝てない弟弟子がどうしても師範になりたかったらしい。

 その弟弟子も破門せずにすんだ妹弟子に全てを暴かれた上に真っ向勝負で敗れどこかへと去っていた。

 戻ってこないかと誘いも受けたが、殺した事実は変わらない。どんな醜聞がつくか分からないと辞退して、妹弟子の哀しげな表情を尻目に冒険者稼業を続けていた。

 キナギにとってはずっと昔の記憶で、今はましてや鮮血の三角陣の真っ最中。

 なんでそんなことを思い出すのだろう、とふと考えて、

 ああ……これが走馬灯か。と気づく。

「ふひゅぅうううう」と大きく息を吸い込む。うまく吸えない。肺には穴が開いていた。

 不運にも、というべきか、ルルルカたちの鮮血の三角陣の魔物たちも狂靭化していた。する前にはそれなりに太刀打ちできたが、先の大草原でその強さを痛感しているキナギにはレッドキャップが狂靭化したらどうなってしまうのか想像がついた。その想像が焦りを不安を助長させる。

 才能がある妹弟子とは違い、キナギはどことなく自分には才能がないと思っている。その認識のままでいればよかった。つけあがらなければよかった。

 なまじディエゴやあの魔物の群れとの激戦と体験し、なおも生き残っているという実感はキナギに変な自信を与えた。そうして聞けば鮮血の三角陣に行くという。

 渡りに舟。逃す手立てはない。そんな気持ちでキナギは鮮血の三角陣に挑戦していた。

 そうして狂靭化したレッドキャップの攻撃に胸を切り裂かれ、地面に倒れ、息苦しく呼吸している。

 もう死が近い。死が。

 テクテクテクとまるで死をじらすかのようにレッドキャップの足音が聞こえた。

 テクテクと近づいてくる。

 死が……

 キナギは涙をこぼして覚悟を決めた。

 死を意識しての死の覚悟。

 レッドキャップが倒れた自分へと斧を振り上げているのが見えた。

 恐怖に目をつぶる。


 ………   


 やがて音が消える。

 

 死んだのだ、と思った。

  

 死の世界で目を開けた。


「大丈夫ですか?」

 ルルルカの顔があった。

「俺は生きている、のか……?」

 思わず疑問を問いかける。

 声を発したことで生きていると分かったルルルカが声を荒げる。

「ヴィヴィさん、癒術をお願いします」

「分っている。死なせはしないよ」

「俺は生きているのか……」

 今度は独り言だったけれど、疑問に答えるようにルルルカはいった。

「ええ生きています。私もヴィヴィさんもグレイさんもみんな生きています」

「くそ、俺だけが重傷ですか……」

 悔しくてキナギはつぶやいた。グレイもヴィヴィも大した傷を負っていない。

 自分だけが死にかけた。いや鮮血の三角陣の終了が少しでも遅ければ死んでいた。

「ええ、でも生きています。ごめんなさい、私がもう少し早ければ……」

 自分の弱さが原因なのにそれでもルルルカは謝る。確かにルルルカがデュラハンを素早く倒せばキナギは重傷を負わずに済んだ。

 けれどそれでルルルカを責めるのはお門違いだ。

 キナギは分かっていた。

「いや、俺が弱かっただけだ。もうちょっと真剣に剣術を習っておけばよかった」

 才能がなかったからどこかで手を抜いた、努力をサボった、別のことをした、そんな塵が積もってゴミ山となったツケを悔いるようにキナギはぼやく。

「不本意だが俺もランク3+か……」

 納得のいく戦いじゃあなかった。そういう意味では本意ではなかった。

 レッドキャップに追い詰められて、死ぬ寸前でただ鮮血の三角陣が終了しただけ。

 生きていて幸運ではあるが、生き残ったとはいえない。充実感、達成感がない。

 だとすれば、これから誇りある成長をしていかなければならないのだろう。

 キナギは傷が塞がっていくのを確認して、ゆっくりと目を閉じた。

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