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tenth  作者: 大友 鎬
第9章(前) さりとて世界は変わりゆく
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声援


61


 【幸運】だから、といって鮮血の三角陣がうまくいく保証はどこにもない。

 それでも試練に才覚は作用する。

 ムジカが慌てて避けたせいで躓く。

 直後、その上でレッドキャップが空を切る。もし躓かなければレッドキャップの渾身の横切りはムジカのか弱い体を叩き割っていたに違いない。

 這うように逃げて詠唱。「あぎょうさん、さぎょうご、たぎょうさん、かぎょうに」

 長い自分の祝詞を少し恨めしく思いながらも落ち着いて唱える。

「さぎょういち、わぎょうご、だぎょうご、かぎょうご、だぎょうし、さぎょうさん、かぎょういち」

 逃げ回りながらようやく唱え終え、次に属性の定義。

 というところで追いついたレッドキャップが次は斧を振り上げて跳躍。ムジカへと飛びかかって振り下ろす。

 脳天を砕くような一撃に思わずしゃがんで石榴石の蛇黒樹杖〔這い蹲るナガラジャ〕を振り回す。

 幸運にもその杖頭、石榴石がレッドキャップの頬を直撃。

 軌道ごと逸れてムジカの僅か数mm横の地面へと突き刺さる。

 いつまでも幸運が続くわけがない、レッドキャップはそんなことを思っているのかもしれない。

 ムジカもいつまでも才覚が発動してくれるわけがないと思っている。

 ふたりともそうは思いつつも何度も幸運は続く。

 地面に突き刺さった斧は刺さり具合が悪かったのか不運にも抜けない。

 それを懸命に抜こうとしているレッドキャップには隙ができる。

 ムジカにとっては幸運だろう。

 少しだけ離れて距離を開ける。

 攻撃階級1の魔法で攻撃しようと考えていたムジカだが、幸運にもこの隙に階級を重ねることができた。

「冷たく乾く」

 ムジカの属性定義は自分の定義が長い分、短めに設定してある。

「冷たく乾く」

 瞬く間に階級2までの属性の定義が完了する。

 ところで攻撃魔法には属性の定義が欠かせないが、援護魔法には属性の定義なのだろうか。

 正解は必要である。属性の定義を重ねることで階級は上昇していく。

 攻撃魔法だろうが援護魔法だろうが、属性の定義を重ねていく必要がある。

 けれど援護魔法は当然例外があるがどんな属性を定義してもいい。

 例えば「冷+湿」で水、氷属性を定義していて、次の段階で「冷+乾」の土属性を定義してもいい。

 この場合、敵味方ともに詠唱者は援護魔法を唱えようとしてると知ることができる。

 一方で一属性に偏って定義していけば、攻撃魔法か援護魔法のどちらかが飛んでくるか一見分からないが強いと目されている魔法士系複合職ほど同じ属性を定義していれば攻撃魔法の確率のほうが大いに高い。

 階級を重ねて援護魔法階級10【砕魂】を唱えたところで、不死系の魔物には効きにくいし、自分よりも上位ランク冒険者にはほとんど効かない場合が多い。

 だったら攻撃魔法階級10の魔法を展開したほうがよっぽどいいという考えがそこにはあった。

 ともかく、ムジカは同じ属性とはいえ、属性の定義を重ねる。

 唱える魔法は援護魔法だが、定義を合わせたのには理由がある。

 そこには例外があるからだ。援護魔法は属性を持たないが、それでもとある属性の定義を重ねないと発動しない部類の魔法が存在する。

 例えば【盲目】は闇属性の定義が必要で、【火傷】にも炎属性の定義が必要。

 ムジカが土属性を二回重ねたのはそれこそ土属性の定義が必要だからに過ぎない。

「粘つく足場よ。足を覆い尽くし、鈍い呪いとなれ【粘泥】!」

 かつてウルとティレーが融合した“それ”を足止めした魔法がレッドキャップめがけて展開。

 レッドキャップの足元に絡みつく粘土の沼が展開し、そこから山になってレッドキャップの腰までを覆い尽くした。

 レッドキャップ自身動けるには動けるが、実に動きにくい。一歩動くたびに体に泥がへばりつき、なかなか離れてくれない。

 そこからはレシュリーが編み出した戦術の応酬。使えると思ったことはひとりでできるようにしておこうとムジカは密かに考えていた。

 しかもかつて“それ”に使った戦術は低階級で使用できる。

 リアンが唱えた【吹水】を、今度は自分で唱える。吹きつけられた水で粘つきが薄まりレッドキャップの速度が微妙に早まる。ここからは時間の問題。

 レシュリーが【火炎球】を使った代わりにムジカは【弱炎】を展開。

 水分を乾かすと【粘泥】が急速に固まっていき、レッドキャップの下半身が拘束される。

 怒り狂ったレッドキャップが斧を振り回し、なんとか粘土の拘束具から解放されようと動くが、斧が古すぎたのか、斧頭だけが後ろにすぽーんと抜けた。

 柄だけになってしまえば、切れ味はなく、叩いた程度ではビクともしない。

 過去の戦術を吸収してできるだけをやったムジカはなんとかなりそう、と張り詰めた緊張を緩めるように息を吐いた。

 

 ***


 初見というのは常に緊張するもので、永遠の新人とかつて呼ばれていたネイレスでも、鮮血の三角陣は今日が初めての挑戦で緊張はしていた。

 とはいえ、ランク5として挑んでいるセリージュよりも、他のランク3の誰よりも経験値は積んでいる。

 不安がる必要はないのかもしれない。

 頑張って、とは重圧になるから言わなかったはず。でも似たような言葉は言ったような気もする。

 さっきのことなのに、思い出せないぐらい曖昧になるほど緊張し、喉は渇いていた。

 水を飲むべきだったわ。

 十分に水分は補給したはずなのに、予想以上の緊張にネイレスは襲われていた。

 たぶん、他の三人が心配からだ。

 実力がないわけではない。けれどあるわけでもない。セリージュもムジカもメレイナもそれを自覚している。

 自覚しているからこそ無理はしない。けれどこの鮮血の三角陣という場では誰かの手助けを得ることはできない。

 鮮血の三角陣は嫌いだとネイレスは素直に思う。

 これは弱者を挫くような仕掛けだ。逃げることを臆病と罵り無謀を勇気と勘違いする冒険者を殺し、さらには逃げ切る勇気を持っていてもなお逃げ切る力を持たない冒険者を切り捨てる。

 ランク3からランク3+へと至る道はある意味で登竜門。

 そこからが真の冒険者であると証明しているようだった。

 それでも一緒に挑戦するランク5冒険者が優秀であればあるほどランク3冒険者は楽ができる。

 そこには運が絡んでいた。どんな師匠、強者に出会えるかどうかという運。

 ではセリージュはどうなのか。

 ネイレスはセリージュでもランク6になれるとそう踏んでいた。むしろその見込みがなければネイレスもランク3+になろうと思っていない。もちろん、他のふたりもランク3+になれると思っている。

 全員がランクアップ。その見込みがあるからこその今回の挑戦だ。

 セリージュの、ムジカの、メレイナの、ひたむきな努力。それは弱者を挫くような仕掛けをも突破できると思っている。

 なのに底知れぬ不安がどこかにあった。

 それが何か分からない。

 レッドキャップが斧を振り上げ突撃。

 私がやられるとでも言うの?

 疑問に思えば思うほど不安は募る。

 一度後退。太刀打ちできないから逃げている、思わせるように撤退して近づいたところで【韋駄転】。

 一気に近づいてレッドキャップの手の甲を一閃。斧は落とさなかったが痛みに喘ぐ。

 そのままネイレスは反対側に抜ける。

 調子はいい。私は大丈夫。喉の渇きすら忘れて自分に言い聞かせ周りを見る。

 ムジカはレシュリーから学んだ知略を駆使して、メレイナは【封獣結晶】の連続封印を使って、それぞれが経ちまわっている。

 ムーちゃんもメリーも大丈夫。

 ネイレス自身も斧を握る手ばかりを集中的に狙って獲物を握れなくさせようと画策。

 力押しできるが、何か起こるとも限らない。油断はしないが手加減もして、余力を残して周囲を探っていく。

 セリージュ……あなたも大丈夫よ。

 わずかに押されているように見えるセリージュへと視線を送る。

 声に出して励ましていいのかは迷った。

 声に出してしまえば、自分の胸中に蠢く不安も一緒に飛び出てそれが現実になってしまいそうだったから。

 

 ***


 耳を塞ぎたくなる気持ちを抑えてセリージュは立ち向かう。

 それでも出足が鈍いのは色々な感情が入り混じって集中できないからかもしれない。

 ムジカとメレイナを早く鮮血の三角陣から解放させてあげたい。

 鍛えてくれたネイレスに恩を返したい。

 そう思えば思うほど焦る。

 デュラハンの顔が、アイタームに変わり、シクリーヌに変わり、フィオナスに変わり、

 言葉では訴えないけれど、その無念のような、死に間際のような顔を見ると

 どうしてあなただけが生きているの? 新しい仲間と楽しく冒険をしているの?

 そう訴えているような気がして悔いる。

 かつての仲間の武器に似た武器を使ってデュラハンが襲いかかってくるたびに、それで断罪されろと言われているみたいで滅入る。

 もちろん思い込みだ。けれどやっぱりどことなく自分だけ奇跡的に助かってしまったことに後ろめたさを感じてしまっているのだ。もう割り切ったと思っていも。

 その後ろめたさは、レシュリーに自分だけ生き返らせたことを罵り逆にアリーに自分だけしか生き返らなかったと諭されて知ったものだ。

 そうそう消えるものではない。心に深く深く切り刻まれている。

 そういえばあの時……と思い出を語るときとかそんなふとした瞬間、きっかけでじわじわと、忘れていても思い出してしまうような類のものだ。

 それでもムジカがいてメレイナがいてネイレスがいる。

 新しい仲間がいる。そんな心地良さがその後ろめたさを消していた。

 その消えていたはずの後ろめたさをデュラハンに思い起こされて、

 生きていていいのか、死んだほうがいいのか。どうすればいいのか。

 冷静な判断が下せなくなる。

 冷静さを失えばデュラハンの思うつぼ。セリージュは術中に嵌まっていた。

 デュラハンが接近してくるなか、セリージュの判断は定まらない。

 半径五mが霧中のようにどうすればいいのか。決めきれない。

 ただ目の前のデュラハンを倒せばいいだけの話なのに、だ。

 フィオナスが持っていた本指剣〔鼻水綴りのズルルゥ〕のような武器を持ってデュラハンはセリージュに正面から近づいていく。

 はっ、と気づいて魔充剣ビフォとアフタを前に交差。突き出された本指剣を防御するが突きの動作のほうが圧倒的に早い。連続で繰り出される突きに圧倒されて攻撃する隙が潰される。

 防御の構えを一向に解けない。

 防戦一方で負の感情が増大する。フィオナスの顔がちらつくたびに後ろめたさが増大して

 もういっそ……と思ってしまう。そんな矢先、

「セリーちゃん、大丈夫だよ。落ち着こう」

 結界の外からムジカが声をかける。ムジカは【粘泥】でレッドキャップの動きを止めていた。

 それでもいつ破壊されるか分からず恐怖からか声は震えていた。

 時間が経過し結界が土壁になったメレイナとネイレスの姿は見えない。

 唯一、まだ結界から姿が見えるのがムジカだった。

「それにセリーちゃんが強くなればみんな喜ぶよ。亡くなった人だってセリーちゃんが強くなったことを喜んでいるに決まってるから」

 長引けばムジカ自身も危ういから声をかけたわけではなかった。

 そんなことではないとセリージュも理解した。引っ込み思案のようなムジカが、セリージュに声をかけた理由は決まっていた。

 励ますためだ。ムジカはセリージュが苦戦していると思って、何か声をかけようと思ったのだろう。

 普段から喋るとはいえムジカは積極的に喋るような子ではなかった。それでも声をかけずにはいられなかったのだろう。もしかしたらムジカはどこかセリージュに脆さを感じていたのかもしれない。

 幸運にもムジカの声援はセリージュに届いた。

 気づいてもいないことをムジカは気づかせてくれた。

 フィオナスたちが、かつての仲間たちが自分が生きていることを恨むはずがない。

 なぜなら自分が逆に死んでフィオナスたちが生きていても、恨むことはないからだ。

 むしろ強くなって生き続けているようが喜んでくれるに決まっていた。

 短くない時間、フィオナスたちとは過ごしているのだからそんなこと分かって当たり前なのに、死んだはずの仲間を見てひよって後ろめたさを感じてしまっていたのだ。

 ムジカの声援でそんなことを思っていた自分が馬鹿らしくなった。【声援】を受けたわけでもないのに心が軽くなった。

「ありがとうなのね」

 ムジカの顔を見ると照れてしまいそうだったから、顔を見せることなくそう呟く。

 もちろん突きを防御しているから振り向く暇がなかったのだけれど、そんなことは野暮だ。

 語るべきでもない。

 次の突きをセリージュはビフォとアフタで防ぐのではなく、紙一重で避けた。

 あたかもぎりぎりのように見えたがその動きは神懸っている。

 右脇のあたりにあるデュラハンの腕を回避と同時に挟み込み、武器を封じ込める。

 なおかつ反対の腕に握る魔充剣を振り上げていた。アフタに宿るのは【鎌斬嵐】。

 思いっきり切りつけるとデュラハンの鎧がまるで金属を鋸で切ったときのように火花を散らしながら切断されている。

 後退したいがセリージュが脇でデュラハンの腕を束縛し、上手く下がることもできずにいる。

 そこでパッとセリージュが腕を離す。勢いがついたままデュラハンが転倒。しりもちをつく。

 絶好の好機を逃すわけもない。

 もう勝負は見えたようなものだ。

 ビフォとアフタを振り上げて交差させるようにセリージュは切り裂いた。

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