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tenth  作者: 大友 鎬
第9章(前) さりとて世界は変わりゆく
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既死


60


 今回の鮮血の三角陣で狂靭化したレッドキャップにデュラハンと対峙したのは数えるほどしかいない。

 レシュリーとアリー、コジロウ、ルルルカはそれに該当し、アエイウ、セリージュはそれに該当しなかった。

「これはきついっす」

 なのにアエイウに引きつられて鮮血の三角陣に挑んだサドレンは予想以上に苦戦していた。

 自分にはそれ相応の実力があるサドレンはそう思っていた。むしろ自分に実力がないと思う冒険者はいないというのがサドレンの持論だった。

 今まで負けがなかったわけではない、依頼にも失敗したことだって数えるほどもある。

 でもそういう小さな負け、小さな失敗の積み重ねで冒険者は強くなるものだ。

 レシュリーが現れて挨拶はしたけれど、別段強そうにも見えず、はっきり言ってヤマタノオロチに挑んだことは陰でバカにしていた。サドレンには無謀としか思えなかった。万が一負けた場合の被害が簡単な依頼を失敗するのとはわけが違う。倒せたときの利益よりも倒せなかったときの被害を考えるべきだ。

 サドレンが失敗してきたのは失敗しても被害が低い、ものばかり。失敗しても誰も死なない。自分がどうにかなるわけでもない。ただ、対象物が手に入らなかった依頼主が悲しむ程度のものだ。

 そうやって最小限の被害でサドレンは経験を積み重ねて、レベルを上げて、十分だと思ったから鮮血の三角陣に挑んでいた。

 けれどどうだ、サドレンは涙目で逃げ回っている。自分の見積もりが低かったことに泣く。

「早くしろっす。早く倒せっす、もしくは死ねっす。ふざけんなっす。もうもたないっす」

 愚痴だけは一人前にサドレンは逃げ回る。アエイウが[十本指]だから早く終わるだろうという算段だった。けれどアエイウは苦戦している。

 サドレンは知らない。アエイウに対峙しているデュラハンが抱える顔がエリマのせいでアエイウがやりにくさを感じているなんてことを。

 サドレンの右手は下手をこいて切断された。鋭長剣〔角張りヴェリウス〕は地面に落としたまま拾えない。拾おうとして太ももを切られて上手く走れない。

 無手のまま無鉄砲に突っ込むことはできない。

 吸剣士だから剣がなければ何もできない。剣を落とすヘマはしないと意気込んで予備を【収納】さえしていない。拾わなければ攻撃ができず、拾ったところで左手で剣を振る練習なんてしていない。

 利き手をケガをするのは未熟な冒険者だけだとサドレンは思っていたから。

「早く早く早く早く殺せ殺せ殺せっす!」

 無様に転がり、跳ね飛ぶように避けて、狂靭化してもいないレッドキャップから逃げ回る。

 サドレンにもはや闘志はなく、それは当たり前のように自分の死を呼び寄せていく。


 ***


 狂戦士は最強の複合職だとコドレスは思っている。

 コドレス自身も狂戦士でアエイウも狂戦士だと知っていたから、鮮血の三角陣の勧誘に呼応していた。

 どうして狂戦士が強いのか。まず武器が不要だ。

 隣でサドレンが無様に逃げ回っているが、武器がなくても【筋力増強】で肥大した筋肉が己が力となる。

 まずこの点で他の複合職よりも有利だ。

 筋肉の重さによってどうしても鈍重になるが、【月下激化】による回避力の向上に加え、【瞬間移動】で俊敏になるため、この鈍重さをカバーできる。

 より鈍重になるのを避けるため軽装備を選択したとしても【鋼鉄表皮】で頑丈になれるうえに完全回復の【肉体再生】や瀕死状態を回避する【仮死脱皮】が使用できる。

 毒などでじわじわと殺そうとしても【滅菌抗体】をあらかじめ使っておけば防ぐことも可能だ。

 隙は全く無い。

 なのにどうしてこうなったのか。

 レッドキャップには大した攻撃を与えらず、自分は何度も何度も【肉体再生】を繰り返して、途方もない疲労感を覚えてしまっている。

 息は切れ切れで、さっきからずっと頭痛がひどい。治まることのない頭痛は精神摩耗が深刻な証拠。

 確かに狂戦士は見方によっては最強かもしれない。

 コドレスのような偏見で狂戦士を選択する冒険者もいるが、当然、向き不向きもある。

 コドレスのように最初から痩身で筋肉も大してついていない冒険者が【筋力増強】したところでたかが知れている。

 強い狂戦士が強い狂戦士たるのは屈強なる体を、技能によってさらに屈強にしているからだ。

 コドレスにそんな肉体はない。肉付きもアエイウと雲泥の差。貧相という一言に尽きた。

 結局、身体が資本。身体の鍛錬を疎かにし、その場凌ぎのように強化技能で戦闘を行ってきたコドレスがアエイウや他の狂戦士のように立ち向かえるわけもない。

 すでに死んでしまったデレドーのようにコドレスにも死への秒読みが始まっていた。

 

***


 メレイナは果たして自分が鮮血の三角陣を合格できるのか、どうか不安に思っていた。

 封獣士にははっきり言ってこれといった強力な技能はないからだ。

 メレイナも多節棍〔叢潜フォッケフォン〕という武器を持ってはいるがほとんど使うことはない。投球士系複合職は大抵がそうで、むしろレシュリーが珍しい部類だった。

 それはそうと召喚士には封獣士が必要不可欠だけれど、召喚士が数を減らさない一方で、封獣士が滅びの一途を辿っているのはどうみても地味で、これといった名声を得たということがないからだ。

 もちろん、メレイナは名声が欲しいわけではないし転職も考えていない。

 もちろん自分以外にも封獣士が増えてほしいという願望はあるが、それよりも代々続く封獣士家系を絶やさずしなければならない。そうなれば当然、夫となる人を見つけ子どもを作る必要がある。そう考えて自然とレシュリーの顔が浮かんでしまう。戦闘中にも関わらず首を真横にぶんぶんと振って想像というより妄想を振り払う。

 戦闘中、というがレッドキャップはほとんど攻撃できず、メレイナが一方的にレッドキャップを封殺している。

 理由は簡単だった。

 鮮血の三角陣が始まる前、家系を絶やさないためにも死ぬわけにはいかないメレイナはネイレスに相談していた。

「ネイレスさん、私はどうやったら生き残れますか?」

 素直すぎる質問にネイレスはぷっ、と笑って、

「メリーが鮮血の三角陣を心配する必要はないわ」

 そう告げた。「だってあなたは魔物に対してほとんど無敵だもの。複数の魔物がいるならまだしも、一対一なら絶対に負けないわ」

「でも、今の私には大した武器なんて……」

「武器は最初から持っているじゃない。【封獣結晶】っていう対魔物の最強兵器が……まあヤマタノオロチみたいな巨大な魔物には通用しなかったから、最強ではなくて準最強かもだけど」

「でもたぶん私の実力じゃレッドキャップを封獣できませんよ」

「完全に封獣する必要なんてあるの?」

 ネイレスが逆に問いかけた。

「……」

 しばらく考えて

「! ……ありがとうございます。ネイレスさん」

 メレイナはネイレスが問いかけた質問の答えに気づく。

 勝てるわけではないけれど、確実に負けない。その事実に 気づくと意外に安心できた自分がいた。

 実際、ランク3封獣士が鮮血の三角陣でランク3+になる確率は随分と高い。

 他の冒険者と比べて群を抜いていると言ってもいい。もちろん封獣士の絶対数は少ないけれどそれを差し引いても高い。

 それがネイレスがメレイナに問いかけた答えでもある。

 メレイナはレッドキャップに向かって【封獣結晶】を投げ続けていた。

 封獣することはできない。【封獣結晶】に数秒ののちに封じ込められた球をぶち破ってレッドキャップは外へと飛び出してくる。

 そのままメレイナへと向かっていくが、再びメレイナの投げた【封獣結晶】に封じ込められた。

 地面に落ちて球が何度か揺れる。何度揺れるかはムラがある。一度大きく揺れて出てくることもあれば、何度も何度も小刻みに揺れて出てくることもある。一度も揺れないで封獣できたと思わせておいて、出てくることだってあった。

 封獣できないまでもレッドキャップを封じ込めている間はレッドキャップを拘束できている。

 その間、レッドキャップは何もできない。

 レッドキャップが再び【封獣結晶】を破り飛び出てくる。

 何度目か分からない動作。封じ込められて何もできずレッドキャップには苛立ちばかりが募っていた。

 それでも何もできず【封獣結晶】に再び封じ込められた。

 メレイナにとっても根気強く投げなければならない。

 それでも負けないと分かっているのなら続けられる。死んでしまって、みんなを悲しませるわけにはいかないから。

 終わるまで延々と続く投擲をメレイナは続けていく。 

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