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tenth  作者: 大友 鎬
第9章(前) さりとて世界は変わりゆく
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美醜


59


「美しくない」

 ジョレスは先ほどまでとは違う姿のレッドキャップに困惑して呟く。

 もちろん先ほどまでのレッドキャップが美しかったわけではない。

 けれど美しくなさが増して、再度呟いてしまう。

 ジョレスの口癖は理不尽さを目の前にしてよく告げられる。まるで不満のように。

 その反面、そういう理不尽さも理解しているからか、ジョレスは決して醜いとは言わない。

 醜いと物事を一蹴することは簡単だ。けれどそうやって物事を断定してしまうことこそジョレスには醜く見えた。

「こんなのは美しくない」

 曖昧にも見えるその表現をジョレスは再度呟く。

 けれど今度は狂靭化されたレッドキャップの理不尽さに対してではない。

 完全にびびってしまっている自分に対してだ。レッドキャップに対して逃げるつもりなどなかった。

 まだ二刀流にすら至ってはいないものの、ただのレッドキャップには対当に渡り合えた。

 それまでもそれなりに活躍していて、それに慢心していたのかデデビビたちほどの努力は積まなかった。

 もしかしたらそれが原因なのだろうか。努力はジョレスにとっては泥臭く美しくないものだった。

 何せ努力ほどしても届かないことがある理不尽なものはないからだ。

 努力してもしても、し続けても、大した努力を必要としない才覚持ちの人間はいるし、自分よりも効率のいい努力をして、自分のかけてきた時間よりも少なく、その努力をものにする連中もいるからだ。

 もちろんジョレスにも六刀流という理想がある。

 けれど今まで生きてきたなかで最も美しくない状況に陥って、いつか、いずれ、きっとなれる、そんな甘っちょろい、美しくなかった理想だったと気づかされた。

 最大の恐怖はヤマタノオロチだったが、そこでは孤独ではなかった。

 孤独ではないことがジョレスに自覚させるのを阻んでいた。

 けれどこうして孤独になって、狂靭化したレッドキャップにびびって、六刀流を理想とする自分が、いまだ一本の刀しか使えてないことを自覚して

「美しくない」

 涙目で呟く。甘っちょろい、美しくない現実。それでも六刀流こそが自分の思い浮かべる美しい理想。

 その理想のためにはどんなに泥臭くて美しくなくてもいい、努力を積み重ねよう。

 ジョレスは決意を改める。美しさほど努力を重ねなければ磨けないものはないのだから。

 そのためには今はどんなに醜くてもいい、何がなんでも生き残ってやる。

 ジョレスは自分自身を初めて醜いと断じてレッドキャップへと向き直った。

 


 ***


 ミセスは笑う。

 ミセスにとって戦いとは娯楽の一種でしかない。恐怖はまったくと言っていいほどなかった。

 自分が強いだとか弱いだとか興味はない。

 興味があるのは対峙している敵がどれほどまで強いかどうか。

 相手が強ければ強いほどミセスは興奮した。

 アリーの弟子になったのはまた遊べるからで、レシュリーたちの指示に従っているのも飽くなき遊びを提供してくれるから。

 特にヤマタノオロチとの戦いは最高だった。もちろん直接戦えたわけではないので不満は残るが、不満が残ってもなお、あれほどまでの強敵との遭遇はなかなかない。

 震えるような快感があった。

 それには劣るが目の前の狂靭化したレッドキャップにも快感を覚えていた。

 きっと楽しめる。その予感はすぐに核心に変わった。

 さっきよりも素早く、力強い。

 すぐに片腕を失って、腹を大きく斬りつけられていた。

「ひひひ、ひひひひっ」

 出血で倒れそうになるけれどミセスは笑う。笑って笑って

「楽しい、楽しいなあ」

 これほどまでの強敵はアリー以来だった。でもあのときのアリーは手加減をしていた。

 それを考えれば目の前の敵はアリーほど強くないのかもしれない。

 けれど確実に今のミセスよりも強かった。

 試練が始まる前、敵わないから逃げるように言われていたような気もしたけれど、もはや楽しすぎて本当に言われていたかどうかすら忘れた。

「もっと、もっともっと楽しませてよ」

 刺激を求めるようにミセスは満面の笑みをレッドキャップへと向けた。


 ***


「やばいでス、やばいでス」

 ただのレッドキャップには立ち向えたアンダーソンは狂靭化後のレッドキャップには逃げ回ってた。

 いつ終わるのか、いつ終わってくれるのか。

 恐怖に押しつぶされそうになりながら、必死に逃げ回る。

 敵わない相手だから逃げなさい。

 アリーに言われたとき、ちょっと反抗した。

 事実、さっきまでは立ち向かえると感じていた。けれど他のレッドキャップと共鳴するように叫び、目が赤く光り始めてからは無理だった。油断もあったが速度も力強さも何もかもが段違いで太刀打ちできないと思った。

 この事態をアリーが想定していたかどうかは分からない。けれど時折レシュリーたちがある程度勝てる余力があっても撤退を選ぶことがあるのはこういう不測の事態を想定してのことだとアンダーソンは思った。 

 狂靭化直後のレッドキャップの速度についていけず、足に傷を負ったのは痛手だ。

 回復錠剤を飲み込んだけれど痛みはまだ残る。走るたびに避けるような痛みがあって、血がそのたびに出た。

 恥ずかしくてもいい、恥さらしだと言われてもいい、こけにされたっていい、アンダーソンは涙目で鼻水を垂らしながら必死に逃げ回る。

 吸魔士が真向勝負できるはずもない。

 最大の特徴である吸収魔法技能は攻撃魔法に大して絶対的な強さを持つが、魔法を使わない敵に対しては意味を為さない。

もちろん通常の魔法技能も使用可能で先ほどまではそうやって戦っていた。

 けれど今は無理だ。レッドキャップを一撃で屠れるほどの魔法を詠唱できるほどの時間を狂靭化レッドキャップは与えてはくれない。そもそも吸魔士は攻撃魔法は階級4までしか使えない。威力としては心許ない。

 とはいえ援護魔法には優れ階級も10まで使用可能。長い詠唱の魔法は使えないとはいえ【加速】ぐらいならばアンダーソンでも詠唱できる。

 レッドキャップの速度が強化されてアンダーソンも手負いだが、逃げ切れないわけではない。

 逃げに集中すれば、それよりも早くアリーがデュラハンを倒してくれる。

「お願いしまスよ、師匠」

 胸に抱いた願いをぼそりと呟く。


 ***


 ちっ、と不機嫌にアリーは舌を鳴らす。

【熱視線】を回避しきれず左手を貫かれ、狩猟用刀剣〔自死する最強ディオレス〕が握れなくなってしまった。

 結果、三本の剣を使って繰り出す固有技能【三剣刎慄】を封じられてしまっている。

 もっとも【三剣刎慄】はレシュリーの援護ありきの技だと思っているので今回は使えない。何よりデュラハン自体にそもそも首がなく最初から封じられているようなもので、最初から計算には入れていない。

 ただ二本の剣を日頃から両手に握り、同時に使ってきたアリーにとって、一本使えないというのは違和感があって、やりにくさを否めない。

「意外な弱点を発見ね。案外、時間がかかるかも」

 自嘲して、それでもアリーは勝てると踏んでいた。

 狂靭化する前のデュラハンは初めにレシュリーの顔を抱えていた。普段から振り回されているので、ここぞと言わんばかりにムカついたのでぼこぼこにした。

 次はディオレスの顔になった。勝手に自殺したのでムカついたのでぼこぼこにした。

 最後は父親の顔になった。最初のふたりよりも躊躇いはあったけれど、自分の父親が原因でレシュリーが落第者になって苦労したのでぼこぼこにした。

 アリーは悔恨を抱えても、レシュリーよりも乗り越えるのが早い。もちろん落ち込むときは落ち込むけれど、レシュリーよりもうじうじうじうじうじうじとしない性格だった。

 そうやってフルボッコにして狂靭化されたときにはびっくりしたけれど、それでもアリーは勝てると踏んでいた。

 こんなところで躓いてなんていられないから。

 弟子たちの面倒をろくに見れてあげられなかったけれど、ミセスもジョレスもアンダーソンもアリーにとっては自慢の弟子たちだ。

 だから三人とも大丈夫。

 レシュリーほどの心配をせず、アリーは自分に言い聞かせる。

 左手が使えないというのは誤算だけれど、それまでの戦いで首上に灯る炎が弱点だということはなんとなく見抜いていた。

 あとはいかに攻略していくか。

 ただそれだけだ。

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