強襲
2
そういえば、リンゼットはどうして僕なんかを勧誘したのだろうか、ふと疑問に思ったのは昼食と摂っている最中だった。
「どうしたんですか?」
僕が昼食である白魚のセフィロトの葉包み焼きと小金米の食べる手を止めているとリアンが尋ねてくる。僕が疑問に耽っていることを察したのだろう。
ついでに言うとリアンも僕とまったく同じ料理だ。訂正、飲み物だけ違う、僕がココアでリアンはグリーン茶。
ちなみに僕の退院祝いを兼ねての昼食だった。
「いや、なんでリンゼットは僕なんかを勧誘しようとしてるのかなって……投球士系複合職なんて他にもまだいるはずだし」
「ヒーローさんだからだと思いますよ」
「その通りです」
突如発生した同意の声にリアンが驚く。後ろの席から立ち上がりそんな声をあげたのはリンゼットだった。
「ヒーローさん。あなたの腕は素晴らしい。こんなにまで早くランク3+になった投球士系複合職なんていませんよ。しかもそれが薬剤士だなんて見たことがありません。だからこそその腕を新人育成に役立てていただきたいのです」
熱弁を振るうが、僕は到って冷静に訊ね返していた。
「僕以外にもいますよね、投球士系複合職?」
ってかランク3+って何だろう? 次の試練的狩の塔の挑戦権を得たランク3ってところだろうか。
「【回転戻球】と【戻自在球】。あなたが作ったとされるこのふたつが新技能として、定着しつつあるのをご存知ですか?」
「それは……初耳だけど、【合成】した技をそんなに言い触らしたわけでもないのに知っているんだ……?」
「技能協会をご存知ですか? 単純にいえば技能を管理する協会です。初心者協会内にあるのですが……」
「それも初耳」
「そうですか……ですがまああるのですそういう協会が。そしてユグドラ・シィルにあるセフィロトの樹が死者の名前を刻むように、原点回帰の島にも技能を刻む樹ルーンがあるのです。そのルーンの樹は全ての技能を記載されているのですが……そこに新しい技能が定着しつつある。定着すれば、投球士系複合職ならあなたが教えることで使用可能になるのですが……まあそれは蛇足です。重要視すべきは新技能を教えれるのは開発者しかいないという点です」
「でも固有技能を持っている冒険者もいるしさ、【回転戻球】と【戻自在球】を僕の固有技能にしてもいいわけだよね?」
「確かにそれもできます。しかし今回の技能は技能協会からもご教授願いたいぐらいの技能なのです」
人差し指を背筋みたいにピンと立てて注目を煽りつつもリンゼットは続ける。
「ランク0の投球士にとって、敵に近寄られるということは完全に不利です。どうしてかお分かりでしょうか?」
「近接攻撃がないから」
料理を食べるのを再開しながらも即答する。
「その通りです。しかし【回転戻球】は近接攻撃をも可能にする。ランク1になれば副職をつけることで近距離を補える武器を購入することも可能ですが……投球士は球という武器を作り出せるせいか、原点回帰の島では練習用棒以外の武器を装備することができません。つまり……」
「【回転戻球】が使えるようになればそういうデメリットがなくなり、投球士系複合職が増える可能性がある。そういうことでしょ?」
「その通りです。だからこそ、あなたに教師になっていただきたい!」
僕の食事を止めてまで手を握り締めてリンゼットは見つめてくる。
「なるほど……」
納得はした。
「だけど、断る!」
そこには僕のような落第者を作りたくないという裏の意図が見えた。そんなに僕は島の歴史にとって恥なのか? そんな理由もあってか僕はそう告げる。
「ハハ、私が理由を説明したにも関わらず、あなたの心は揺れ動かない。まるで他の誰かが決定権を握っているかのようだ!」
――確かに、それはその通りだった。
僕はおそらくアリーが今後どうするか、によって自分がどうするかを選択するのだろう。そう確信していた。
「やれやれ、今日も駄目ですか。しかし、まだ諦めませんよ。しつこく、しつこく勧誘させていただきます。一日二日で諦めては、私が笑われてしまいますからね」
一礼してリンゼットは酒場から出ようとした
――瞬間、リンゼットの眼前が爆ぜ、阿鼻叫喚が聞こえてきた。
***
「やってくれたな、アホな竜殺し」
「カッカッカ! 油断したテメーが悪い!」
「私をどうするつもりだ?」
眼前の男にブラッジー二は問う。
「何もしない。ただそこにいろ。そして死ね! オレは知ってんだぞ! テメーがアイトムハーレの結界内、つまりはグレートフィールダー大草原にいないと持たない体だってことをな」
「それを、どこで?」
「カッカッカ! こんな重要な情報を手に入れられるヤツはアイツしかないだろ?」
男はにやりと笑った。ブラッジー二にも心当たりがあるで顔をしかめた。
「ついでにソイツはもうひとつ教えてくれたぞ! 竜よりも強い魔物は毒素だってな。テメーが死ねばソイツらは解放される。テメーは目的のために結界内での半不死を望み、挙句アイトムハーレというどこぞの誰かは毒素をこの世に出さないためにテメーを利用した、ってことも聞いた」
鼻で笑って男は言う。
「カッカッカ! 悲運な話だよな。ってことでテメーはオレの目的のために死ぬ。これは悲劇か? いいや喜劇だ。ありがとう、死んでくれ」
「で結局、お前のクソ汚い目的はなんだ?」
「決まってるだろ。オレは最強の魔物を倒したい。ただそのだけだ。テメーが最強の魔物を捕獲しているなら解放させる。手段は厭わない。文句はないよな。アイトムハーレに利用されたテメーなんだ、オレにも利用されてくれ。カッカッカ!」
「ほざけ、クソが!」
「どう足掻いても、助けは来ない。衰えるばかりのテメーはその縄すら解けない。オレはここでテメーが死ぬのを見物しているとしよう。カッカッカ!」
男が笑い声をあげる。
――同時に外がざわめき始めた。男は何かに気づき、閉じていた窓を開く。
ユグドラ・シィルが火の海と化していた。それでも中央のセフィロトの樹は傷ひとつなく荘厳と輝き、さらに街を覆った炎によって焼き尽くされた人々の名前を刻んでいく。
「カッカッカ! こいつは面白い。あの情報ジャンキーがただで情報をくれたのはつまり、オレの情報を竜どもに売りやがったからか!」
縄に縛られたブラッジーニをその場に放置して男は窓から飛び降りた。
「こりゃあ、いい準備運動になるぞ!」
***
「こりゃあアレですか。なんなんですかっ!」
ヴェーグルがユグドラ・シィルに到着して小一時間。一息つけると安心していたら街は一面火の海になった。
「これはアレでないの。まずいってやつでないの」
目の前にドラゴンがいた。種族としてのドラゴン。その姿を見てもヴェーグルはどんなドラゴンなのか判別できずにいた。
それはヴェーグルが集配員としてたかが知れている証拠でもあった。
「おれはこんな状況、アレですよ。初めてですよ」
ブラギオはこんなことを言ってなかった。いつもなら教えてくれるはずなのに。ヴェーグルは困惑しながらもひとり結論に至り納得する。
「つまりアレですか。ようするにこれはおれの任務失敗に対する罰ですか。この状況下で、ヒーローを探し正体を探れと。ならばやってやりますよ!」
ヴェーグルは周囲に燃えている炎のようにめらめらとやる気を出し、目の前のドラゴンから逃げ出した。
その最中、一軒の家から飛び出す影をヴェーグルは見つける。
ヴェーグルはその姿を知っていた。
「その情報だってアレですよ、聞いてないですよ、ブラギオさん」
ヴェーグルはますます困惑し、それでもやっぱり逃げ出した。




