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tenth  作者: 大友 鎬
第9章(前) さりとて世界は変わりゆく
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変化


57


「D、Mしなさい」

 とアテシアはムィに宣言したものの、内心では寂しさとともに不安が生まれていた。

 単独戦闘は初めてではないが久しぶりではあった。

 ムィと出会って以来、ずっとムィと行動をともにしていたのだから。

 そんな気持ちが生まれたのが自分でもびっくりしてアテシアはクスッと笑う。

 目の前にはレッドキャップ。レシュリーたちが言うには各上の相手。

JT(上等)ですわ」

 無理はしないこと、立ち向かわないこと。逃げ切るだけならキミたちなら十分成し遂げられる。

 九人の弟子全員がそんな忠告を受けた。

 無論、アテシアは従わない。というよりもユテロ以外全員が従わないつもりだった。

 ユテロは現実的というか自分の実力を過信しない。

 アテシアやミセスは戦うことが好きで、ジョレスは逃げるのは美しくないと言っていた。

 デデビビたちもどことなく恐怖は感じつつもヤマタノオロチを経験したからか、実力を試したいと思う気持ちのほうが強いようにアテシアは見えた。

 だからアテシアは立ち向かっていく。

 無謀だとは思えなかった。距離はまだある。

 共闘の園の前に購入しておいた長弓〔威厳ある淑女アージェイル〕を構える。

 長弓の長さは2m。そのぶん、弦も大きく引ける。

 限界まで引き絞って狙いを定める。

 【命中精度向上】は常時展開していた。

 本来ならムィに抱えられ常時飛行しているが、それも今回はできない。

 文字通り、地に着いた戦闘自体がアテシアには久しぶりだがしっかりと大地を足で噛み締めて、弓を構えるというのは空中で弓を引いた時よりも数倍楽に、かつ力強く引いているような気がした。

 レッドキャップが飛びかかってくるぎりぎりまで引きつけ、矢を放つ。

 どすっ、とレッドキャップの額に鏃が突き刺さり、勢いのまま結界の壁に激突。

 ぐったりと動かなくなる。

(まあ)KM(こんなもの)ですわ」

 油断と言えばその通りだろう、ムィへと向けてアピールをしてレッドキャップを完全に無視していた。

 その頃にはレッドキャップも立ち上がる。

 端的に言えばあまりにも強い衝撃で一瞬、意識が消失していた。頭蓋骨がなまじ頑丈なため突き刺さらず、加速した鏃に押され壁にぶつかったせいで一時的に気を失っていたのだ。

「ムィ!」

 いち早く気づいたムィが警告の鳴き声。

 すぐさまアテシアは振り返る。

HTSJNW(一筋縄)では行きませんわね」

 アテシアに〈天賦〉の才覚があろうがすぐさま倒せるというものではない。

 鮮血の三角陣はそこまで甘くはなかった。

 けれど立ち上がったレッドキャップがすぐさまアテシアへと向かわず叫び始めた。


 ***


 対峙して約十秒の間、レッドキャップとクレインは動かなかった。

 何もしてなかったわけではない。

 レッドキャップは殺意をクレインに向け、クレインは敵意を向けつつも自分自身がどう動くかを念入りに想像していた。

 やがて十秒という短くも長い時間を経て、ふたりは動き出す。

 魔法士の新時代が来た、と誰かが言った。援護され魔法を撃つのがほとんどだった魔法士系複合職が、一部の魔法士系複合職のように動き回りながら、魔法を詠唱し、臨機応変に戦える時代がやってきた、と。

 すべてはクレインが打術技能を固有技能とせず、共有技能としたことに始まる。

 始祖と呼ばれることにまだ照れと抵抗がある。

 でもそれ以上に魔法士系冒険者に感謝されるという喜びもあった。

 それが今はクレインの原動力になっている気がした。

 クレインは魔力がない分、他の魔法士よりも力強く打術を使うことが可能だった。

 一歩。クレインが近づくと、二歩レッドキャップが接近。

 二歩目のクレインの接近で今度は三歩レッドキャップが接近。

 クレインが玉髄の安蘭樹杖〔犬の兵隊ググワンガ〕を横に構え、レッドキャップが斧を縦に振り上げる。

 まるで【怠慢】の堕落術を使われたかのようにレッドキャップの目にもクレインの目にもゆっくりと眼前が映っていた。

 クレインが横薙ぎ、レッドキャップが振り下ろす。

 途端に【加速】がかかったかのように高速化する。

 もともとそうであったはずでそれは錯覚かもしれなかった。

 けれどクレインもレッドキャップもその高速化する一瞬、まるで軌道を読めと言わんばかりの鈍化空間のなかでどう動くかを考えていた。

 思考がもたらした鈍化だったのかもしれない、予兆にも似たそれはその後の一瞬の攻防に大いに影響をもたらした。

 横薙ぎの一撃がくると考えたレッドキャップがより速度を上げ前に詰めていた。そのまま振り下ろせばクレインの頭上へと突き刺せる算段。

 クレインはそれを読んだうえで半歩後退。レッドキャップの狙いが逸れ攻撃が外れる。さらに半歩下がってなおクレインの薙ぎ払いの攻撃範囲内。ディエゴや他の魔法士系複合職は【直襲撃々】しか覚えていないが、クレインは他に数種類の打術を先に習得している。それらも固有技能ではないため経験を積めば覚えられるが、始祖であるためすぐに閃いていた。

 レッドキャップに放ったのは【爆襲風撃(ブラスト・ウェイブ)】だ。

 攻撃が空を切るレッドキャップは踏み込んだあとすぐに左斜め後ろに飛ぶ。

 足にかなり負担がかかったがそんなことを気にしている暇はない、右から左へと風を纏った杖が襲来していた。【爆襲風撃】は直撃すれば鎌で何度も切り刻んだような裂傷を負わせる。

 瞬時に判断したのが良かったのかレッドキャップはクレインの薙ぎ払いを回避。

 ふたりとも空を切る形になったがレッドキャップと違うのはクレインの攻撃は技能だということ。

 ただの攻撃とは違うのだ。

 杖の先端をレッドキャップに向けると杖を横に振った勢いのまま、杖から球体のように丸まった風と闘気が入り混じった、風闘球とでもいうべき衝撃弾が飛ぶ。

 クレインは避けられることも前提で追撃の手を用意していた。

 回避行動途中のレッドキャップはそのまま向かってくる風闘球を避けれない。

 そのまま命中する、と思いきや、ぎりぎりで地面に足をつけたレッドキャップは風闘球を避けるようにそのまま右へと回避。地面についたのが浅かったのか転びそうになり、勢いもやや減衰。

 風闘球を完全に避けきれず右肩ごと右手を切断。切断された右手は風闘球の中で幾重にも切り刻まれ、消滅。

 右肩を左手で押さえながらレッドキャップはクレインを睨みつけ、そして奇声を上げた。


 ***


 デデビビが【構築】して構築されたデッキから八枚の札を展開すると、見たこともない動作にレッドキャップはわずかに警戒した。今回のデッキの構成は「偏色」。四十枚からなるデッキの属性を三種類に固定。

 選択したのは炎と光と雷。野生のレッドキャップが闇夜を好むことから発光する属性を選んでいた。

 本来なら「万能」一択だが試練で出てくる敵が固定されているからこそできる技だった。レッドキャップの弱点がピンポイントに分かれば「単色」デッキも可能だが、魔物がある程度解析されているとはいえ全貌が分かっているわけではない。その可能性を含んでの「偏色」デッキ。「単色」よりも重ねにくいが「万能」よりも重ねやすい。「単色」よりも戦いやすいが「万能」よりは戦いにくい。

 デデビビの選択がどう転ぶかは分からない。

 それでもデデビビは展開された八枚の手札から【炎札】を重ねてデッキから【札引】。さらに手札を増やす。

 再度同じ動作を繰り返すとその動作を積み重ねさせるのは危険と本能で理解したのか、勢いをつけてレッドキャップが接近。

 距離が詰まるのを待ってデデビビはデッキに右手を置いて宣言。

「【降参】!」

 ヤマタノオロチ戦で長距離、否、超長距離を移動して手痛い目に遭ったデデビビだが、それでも使うことは止めなかった。むしろ使うことで【降参】に対しての理解を深めていた。

 恐怖はもちろんあった。けれど使わなければ理解できないし強くもなれない。

 そうして分かったことがある。

 レッドキャップが最接近した途端、デデビビが設定していた場所へと飛ぶ。レッドキャップが元いた位置だ。傷はほとんど負ってない。小指にひりひりとした痛みがあるぐらいだ。

 距離に比例して罰則があると予測をつけたデデビビはこれまでの戦いの中で【降参】してどの程度の距離でどのぐらいの傷を負うのか研究していた。そしてこれがその成果だった。

 五十mぐらいであれば小指がひりひりしたような痛みぐらいしか負わない。

 その程度ならレッドキャップはすぐに距離を詰めれる。あまり【降参】した意味はない。

 本来の【降参】は敵わない戦闘において負けを認めて逃げる技能だからだ。傷を負った状態で使えば【降参】した自分は死ぬかもしれないが仲間は救える。つまり【降参】して仲間を救う技能なのだ。

 それをデデビビは単に移動のために使っている。

 【炎札】を重ね、【光札】【雷札】をそれぞれ重ねていく。

 三種類しかないので重ね続ければ常に五枚は自由に使え、しかもその五枚も重ねている属性に該当するため、上限の七枚まではある程度容易に重ねることができた。これが「偏色」と「単色」の特徴だ。

 けれど重ねたところで魔物が抵抗を持つ属性であれば大して意味をなさない。

 四十枚の構成は「偏色」の場合各属性十三枚と三属性のうちランダムで一枚。

 つまり一属性だけ十四枚。七重の属性が二ペアでき、残りが十三枚となる。

 デデビビは運よく七重【炎札】を二枚作り出せた。【降参】し続け、一枚も札をレッドキャップに放つことなく逃げ切ったのが功を奏した。

 両手は痛みによって霜焼けのように痒みが発生していたが我慢。

 レッドキャップは何度も逃げられ怒り心頭。【転移球】と違い転移の位置は見えず、さらには【降参】ごとに帰還地点を設定し直せるためレッドキャップには見切れなかった。

 我を忘れてレッドキャップはデデビビへと向かう。いつか当たるという山勘なのかもしれなかった。

 そんなレッドキャップに向かって七重【炎札】を放つ。

 【炎札】がレッドキャップの左腕に刺さると発火。威力が七乗されレッドキャップの背丈の三倍以上は大きい炎へと膨れ上がる。レッドキャップは痛みと熱さに転げ回るが消火されない。

 やがて左腕から左肩へと炎が到達。左頬を焼きながら左胸へと炎の浸食が始まっていく。

 けれどレッドキャップも必死で転げまわり暴れまわり必死に鎮火。

 動き回られたことでデデビビも札を投げることができずにいた。純粋に重ねた札を外してしまうのを恐れた。

 七重まで重ねてしまうとどことなく外したらもったいないという心理が働く。 

 いざというときに必殺技を外して魔物を逃がしてしまうようなものだからだ。

 外れてもいいから追撃することができなかったのはデデビビがまだ冒険者として未熟だからか。

 何にせよ、レッドキャップに鎮火を許してしまった。そのレッドキャップも左腕は黒こげで使い物にならず、左半身もところどころ火傷していた。

 レッドキャップの目には涙。流石に痛すぎたのだろう。それでも気丈にデデビビを睨みつけ、そして啼いた。

 奇しくもデデビビが対峙するレッドキャップが啼く前後にクレインの対峙するレッドキャップは奇声を上げ

アテシアの対峙するレッドキャップは雄叫びをあげる。

 それらは全て啼いたようであり、奇声のようであり雄叫びのようであった。つまりは同じ声で鳴いていた。

 そうして変化は起こる。

 のちに分かることではあるがそれは世界改変によってもたらされた鮮血の三角陣の変化だった。

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