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tenth  作者: 大友 鎬
第9章(前) さりとて世界は変わりゆく
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赤銃


52


 そのきっかけはレッドガンの人面疽――癒術士系あるいは魔法士系複合職を顔の皮膚だけに改造して、改造によって貼りつけたもの――が全て取り除かれたことに起因していた。

 最後の人面疽が焼き焦げていく中、

「これでてめぇは鈍間だァ」

 ディエゴは言ってわずかに距離を取った。

 人面疽が数えるほどになってからレッドガンの速度は著しく低下し、ディエゴの速さについていけずにいた。

 そうなればディエゴの独壇場。一気に人面疽を消失させられてレッドガンの体はあっという間に傷だらけになった。

 再生してくれていた人面疽がいなくなり、自分の体を治療できなくなっていた。

「そんなに……」

 今まで無言を貫いていたレッドガンが喋る。

「そんなに強いのにどうしてグリングリンを殺す必要があった。どうして殺した?」

 改造で手に入れた互角以上の速さを失って改めてディエゴの強さを認識し、問いかけていた。

 ディエゴがグリングリンを殺した理由を。

 復讐にひた走ったレッドガンはまだ殺された理由を知らないのだ。

「どうして知りたがる? 知ったところでどうにもなんねぇぞ!」

「強い、いや強すぎるお前がお前よりも弱いグリングリンを殺す意味なんてないはずだ」

「それはお前の決めつけだろう? 例えばそうだな、絶対に当たる予言者がいるとする」

「何の話だ?」

 はぐらかすかもしれない、と判断したレッドガンは急加速でディエゴに接近。とはいえ【加速】したわけでもなく、獣化したワーウルフの脚力のみでの速さでしかない。

「まあ、待て。聞いて損はない」

 近くで様子を窺うジージロンダを一瞥したあと、立ち止まったレッドガンへと話を続ける。

「絶対に当たる予言者が、最強に強くて誰にも負けたことがない冒険者にこう言った。『あなたは槍を持った冒険者に殺される』。当然、そんなバカなと冒険者は思った。槍を装備した冒険者なんて何度も倒してきたからだ。予言者はそれが誰かを言わなかった。いや、そこまでは分からなかったのかもしれねぇ。だから一抹の不安が生まれる。じゃあ冒険者が死なないためにはどうすればいい?」

「それは……」

 レッドガンの脳裏に最も簡単な方法が浮かぶ。

 槍を持った冒険者を片っ端から殺せばいいという方法が。

「まさか……だからだというのか? だからグリングリンを殺したのというのか。グリングリンを救おうとした仲間たちを殺そうとしたのか」

「さあな、これは例え話だ」

 けれども真実のようにディエゴは笑った。

 実際には他の次元の自分の死が資質者が原因だから予防策のように、万が一を考えてディエゴは資質者を殺しまわっていた。

 病原菌によって病気にかかる前にその病原菌を死滅すればいいという考え。

 極論に思えるかもしれないが病気になる前に予防接種するというようなもの。

 それを否定するなら病気が蔓延しそうでも予防接種をせずに病気にかかって死ねと言っているようなものだ。それこそ暴論かもしれないが、ディエゴは自分が死ぬ可能性があるのならばその可能性を潰したかった。強くても臆病なのだ。

「そろそろ、俺も目的を果たさせてもらうぜぇ」

 レッドガンに興味を失ったかのようにディエゴはジージロンダへと向かう。

 一手を一手で潰していた状態は変わった。

 もはやレッドガンの一手ではディエゴは止めらない、止まらない。

 今や魔充魔剣を持つジージロンダのほうがディエゴにとっては脅威だ。

 もちろんレッドガンにも改造されたユシヤが変形した槍があるが、そちらは脅威ではないとディエゴは考えていた。

 槍だから直線的にというよりも殺意という感情がユシヤの攻撃を直線的にしていた。

 レッドガンの突撃を避けたディエゴにめがけて槍が曲がる。槍自体であるユシヤが自らの意志で刀身を曲げレッドガンに追撃を繰り出すが、その追撃が直線的すぎた。

 レッドガンが加速している状態であれば、その加速の恩恵を受けた超高速の追撃は脅威にすぎたが、速度を失いレッドガン自身は己が持つ速度で戦うしかない。となればユシヤに加速の恩恵はなく、追撃自体も大した速度を持たない。

 もちろん、今の速度ですらランク3以下の冒険者からすれば、とんでもない速度だが、おそらくコジロウやシッタなど忍士からすれば、目で追える速さだろう。

 そんな速さなどディエゴにとっては少し誇張も入るが止まって見える。

 何度も屈折したりしてディエゴを攪乱すれば当たる確率が微塵だがあったかもしれない。

 けれど殺意を前面に押し出した、我を忘れたような真っ直ぐ獲物に向かう追撃が当たるはずもない。

 避けれる速度で繰り出された追撃をディエゴは避けない。

 ジージロンダへと向かいながらも攻撃してくるだろうと踏んでいたディエゴの準備は周到。

 直線的すぎる追撃を読んでいたディエゴは攻撃階級2【岩石崩】をその軌道に展開。

 ディエゴに鋭い嘴のような切っ先が当たる前に雪崩込んできた岩石が人間槍を押しつぶす。

 重たさに耐えきれず、レッドガンが手を放す。

 潰された程度で槍が壊されたとは思えない。

 杖を真下に振り下ろす。【直襲撃々】。

 岩を破砕し、そこに下敷きにされているユシヤを叩きつぶす。

 ごぎぃんと金属と金属がぶつかるような音がしてユシヤが槍のまま中心からふたつに折れ曲がる。

 槍のところどころ目には見えない亀裂から流血。

 槍に改造されたとはいえ内部は人間と変わりないのだろう。

 まるで巨大竜に思いっきり体当たりされたかのような衝撃はユシヤの内部組織を破壊していた結果だった。肺が潰れ、胃どころか様々な臓器が破裂していた。

 そのまま槍はビクリとも動かない。心臓すら叩き潰されていた。

 一連の動作を余所見して行ったディエゴは生死の確認もせずにジージロンダへと肉薄。

 ジージロンダもその動作に唖然とするしかない。わずか一瞬で【岩石崩】が発動し、瞬きを終えた頃にはそれが割れて槍がひしゃげていたのだ。

 前進しようとしていた足が止まる。休火山が再び噴火するかのように心の奥底に眠っていたマグマのような恐怖が地表へと流れ出していた。

 それでも恐慌状態にならなかったのは、まだ戦えると思えるのは、自分が握り締めている魔充魔剣が兄だからだろうか。

 その魔剣を握っていると自然とジージロンダは落ち着いた。ディエゴが【直襲撃々】してくるのが分かった。杖を振りかぶっている。それでもジージロンダは深呼吸した。さらに自分を落ち着かせるように。

 そうして、避けた。避けれた。頭上から振りかぶられた杖を横に避け、それを読んでいただろうディエゴの横薙ぎの追撃を後ろに避けた。それぞれ一歩と一歩。距離は開いていない。

 斜めに一歩踏み込んでディエゴに近づける距離。

 だからジージロンダはそうした。落ち着いて選択できた。

 ディエゴもそこまでは読み切れていなかった。一度は追い詰めた相手と過信があったわけではない、魔剣には警戒していた。けれどジージロンダを警戒していたとは言い難い。

 慢心かもしれない、驕りかもしれない、なんであれ、ディエゴはジージロンダへとその一歩を許した。

 【慧狼雷奔】が宿った魔充魔剣ヂーヂロンダが振り下ろされる。

 けれどそこまでだった。

 ディエゴの肩へと振り下ろされる前にヂーヂロンダが消滅する。

 理由はひとつしかない。

 ヂーヂロンダが振り下ろされるよりも早く、ディエゴはその所有者であるジージロンダへと【光線】を放っていた。

 ディエゴが許したかに見えたジージロンダの一歩はその実、許されざる一歩だった。

 遺跡の盗掘者を待ち構える罠のように、ディエゴはその場所にジージロンダが踏み込んでくると睨んでいた。

 誘蛾灯に導かれた蛾のように踏み込んだジージロンダは先んじて詠唱していた【光線】という罠の餌食になるしか筋道はない。いつのまにか蜘蛛の巣に絡まってしまった蝶のような末路。

 その瞬間はすぐにやってきた。ディエゴが心臓を貫くように【光線】を詠唱していたのかは分からない。

 けれどディエゴが置いた【光線】の罠は飛び込んできたジージロンダの心臓を的確に光速で貫いた。

 避けることも悲鳴を上げることもできない。

 貫かれた瞬間、ジージロンダが大きく目を見開く。

 それは単なる反射だった。ジージロンダ自体、何が起きたのか見当もつかなかった。

 ただ一歩踏み込んで、魔充魔剣ヂーヂロンダが消えた。

 けれど魔充魔剣が消失してジージロンダは理解した。

 自分はディエゴに殺されやがったのだ、と。

 どさり、とジージロンダが倒れる。

 どさり、と次の瞬間、誰かがディエゴの視界を奪うように覆いかぶさる。

 誰かなんてひとりしかいない。ほとんどの冒険者がディエンナを対処していた。

 レッドガンだ。ディエゴはレッドガンであることを疑わず確認もしない。

 ただ覆いかぶさるレッドガンを鬱陶しいと払いのけようとした。

 その瞬間感じる熱さ。レッドガンの体が熱源だと分かった。レッドガンの腹と、ディエゴの顔が接触。そして圧迫。それだけでレッドガンが膨れていると理解できた。

 振りほどこうと体を揺さぶるが振りほどけない。

 魔法で追い払うこともできたが、何が起きるか分からない以上危険は冒せない。

 それを分かってかレッドガンは執念とも呼ぶべき馬鹿力でディエゴから離れない。

 その間にもレッドガンは膨張していく。

 ディエゴは諦めず振りほどこうとしていた。

 改造されたレッドガンが最後っ屁のように何をしようとしているか予想がついたからだ。

 すぐさま対処しなければ自分どころか大草原ですら焼野原になりかねない。

 振りほどく最中、周囲を確認。残った冒険者たちの動向すら視野に収める。

 自分を助ける人間なんていないとディエゴは思っているが、それでも余計なことをして、レッドガンの処理を失敗すれば大惨事は免れない。

 そうして余計なことをしようとしている冒険者を見つける。

 レシュリー、ではなかった。

 リアンだった。

「あのバカがっ!!」

 リアンが何をしようとしているのか分かった。

 だからこそディエゴは決意しなければならない。

「てめぇが死んでいいわけねぇだろうがぁ!!」

 ディエゴはリアンのことを一応、とりあえず家族だとは思っている。

 自分とリアンがどんな境遇だろうが、一応、とりあえず家族なのだ。

 だからこそ死ぬのは、死なすのは気分が悪い。

 決断は早い。

 リアンの癒術詠唱が終わるよりも早く、ディエゴは【収納】で魔巻物を取り出す。

 そして展開。

 【絶封結界】。

 特定の人間のみが入れる結界。

 その結界の大きさは人数にかかわらず自由自在。

 ディエゴは自分を中心とした1mの広さの結界を選択し、自分とレッドガンのみを結界の内側に封じ込める。

「さあて、てめぇのやりたいことは分かってる」

 膨張し続けるレッドガンに向かってディエゴは言い放つ。

「どうなるか、やってみやがれ」

 ディエゴにもこの先の結末は分からないが死ぬ可能性のほうが高い。

 それでも今の自分と同じことをやろうとしたリアンを死なせるわけにはいかなかった。

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