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tenth  作者: 大友 鎬
第9章(前) さりとて世界は変わりゆく
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呻声

51


「な、な、な、なのなーな」

 ディエンナは言葉を詰まらせたように驚き、後ずさる。

 奥の手も何もかもが消失してある意味で丸腰。

 これで詰みだ、なんてディエンナを動揺させるように言ってみたけれど警戒は解かない。

 ディエンナが改造屋である以上、自身も改造しているに違いない。

 アリーとコジロウがディエンナより異形を優先。

 ヴィヴィの不意打ちで詠唱が中断されたとはいえ、まだ脅威は残る。

 もっともディエンナが後ずさった時点で、再びの詠唱は難しいと判断。

 一気にアリーとコジロウが詰め寄る。

 ヴィヴィに殴打された異形は立ち上がるものの殴打された箇所がへこんだままで戻ろうともしない。

 四角い粘土に拳骨をしたら拳の跡が残ったままになっている、そんな感じだろうか。

 衝撃で倒れただけで威力は緩和されているのか、それとも蓄積されているのか判断はつかないが、下手に攻めあぐねて詠唱を再開されても困りもの。

 コジロウもアリーも迷わない。

 初手はコジロウ。【苦無】を連続で投げて近づき、【韋駄転】で速度を上げて跳躍。

 【苦無】が異形の胸板に突き刺さるが喚いている様子もない。

 半分ほどまで体内に埋まった【苦無】めがけて痛烈な飛び横蹴り。

 鎚で釘を打ちつけるかのように痛烈に体内に食い込み、そのままの勢いで【苦無】が身体を飛びぬける。

 【苦無】の大きさほどの穴が胸に数か所空くが痛みにあえぐ様子もない。

 着地するよりも早く【苦無】を異形の両肩に真上から突き刺す。意外と丈夫なのか押し込んでも突き抜ける様子もない。

 そのまま突き刺した【苦無】を利用して異形の上で逆立ち。そのまま横へと引き裂いて空中で前へと一回転。

 背後へと回り込み、忍者刀で心臓を一突きして着地。瞬時にしゃがみ込む。

 その真上をアリーの三本目の剣、応酬剣〔呼応するフラガラッハ〕が高速で飛んでいく。

 向かう先は異形。

 コジロウにわずかに遅れて追従していたアリーは正面。

 右手に魔充剣レヴェンティ。左手に狩猟用刀剣〔自死する最強ディオレス〕。 

 三本の剣に闘気が宿る。

 狙うは首。

 ぎっ、ぢん! と音はしなかった。

 ぎっ、と食い止めるはずの首の骨が異形にはなかった。

 アリーの繰り出した【三剣刎慄】で異形の首は

 すぱんっ! とすんなりと刎ね、勢い良く虚空へと飛んでいく。

 くるくるくるくるくるくると、赤い瞳が無数についた頭が回り回って地面に落ちた。

 べしゃり、とまるで柔らかい固形物を落としてしまったかのように首の下のほうだけがぐちゃぐちゃに広がる。

 その中途半端に残った頭をヴィヴィが叩き潰し、首より下、胴体を突き飛ばす。

「あ゛」「あ゛う゛」「「う゛、あ゛」」「あ゛ぁ」「ぁ゛あ゛」

 それでも粉々に頭からうめき声があがる。粉々になった頭の一か所ではなく大合唱のように全ての破片から声はあがっている。

 ハート兄弟が変貌させられた異形はまだ生きていた。

「ゾンビの類でござるか?」

「それもなんか違う気がする」

 コジロウの問いかけにアリーが直感で答える。僕も同意見だ。

 詠唱が怖いけれど何があるか分からないので【転移球】で三人を後退させる。

「なんかこう改造をぶっ壊すような球はないの?」

「それは無茶ぶりでしょ」

「逆に回復させてみるっていうのはどうだ?」

「再生とはなんか違う気がするでござるが」

 ヴィヴィの提案にコジロウは否定的。

 けれどユーゴックのときのような回復細胞の活性化では勝てないような気がする。

 そもそも異形は再生することもなく呻き続けていた。

 形が崩れた頭にある無数の瞳はこちらを向いている。

 まるでできそこないのデュラハンになったかのような首なし胴体は佇んでいた。

 何をすることもなく、何かをしようとすることもなく、立ち尽くす胴体は不気味にも見える。

 けれどもどこかなぜだかそれは無抵抗にも思えた。

 そう思えた瞬間、

「あ゛」「あ゛え゛」「ぉ゛ぃう゛」「え゛おぉ゛」

 呻き声が何かを訴えかけているように聞こえた。

「キミは、どうしてほしいんだ?」

 【転移球】で離れた距離を詰め、優しく語りかけるように僕は視線を向ける頭の欠片へと問いかける。

「何やってんのあいつ?」

「何かに気づいたのかもしれないでござる」

「止めなくていいのか?」

「襲ってくる気配もないし、あっちの女を警戒しておいて」

 アリーたちが呆れながらもこちらへと近づいてきていた。

 丸腰になったディエンナだったが、僕たちが近づいてくれば対処せざるを得ない。

 僕たちはディエンナの奥の手を破壊しようとしているのだから。

 けれどディエンナは動けないでいる。

「まあ、マイカの堕言技能から解放されればだけど」

 アリーの付け加えた言葉全てだった。

 クルセドラ、爆弾ゴブリンに対処すれば他の冒険者の手が空く。

 こちらへ向かってきているシッタたちはともかく、マイカとルクスは依頼者でもあるから無理はさせられない。何より、反対側にはディエゴもいる。

 ディエゴとレッドガンの戦いに介入もできず、こちらも残すところふたり。

 待機する冒険者たちもいるとはいえ、冒険者に対してかなりの効力を持つ堕言技能を使わないのはもったいない。

 何かあったときには使ってくれるように頼んでいた。

 それがまさに今だ。

 マイカはディエンナに対して【自堕落】に【怠慢】、【疲労】を使っていた。

 マイカへかかる精神摩耗もそれなりのものだがそれでも何をしでかすか分からないディエンナには警戒すべきだった。

 そんななか異形は語りかけた僕へと頭の欠片中の瞳が視線を送る。

 敵意も殺意もない。

「あ゛」「え゛」「ぃ゛うぅ゛」「えぉ゛」「あ゛ぉ゛ぉお゛」

 誰かの名前のような呻き声に聞こえるのは偶然だろう。

 呻き声のような訴えは、ハート兄弟のものに違いない。

「それじゃあ分からない。でもキミが何かしてほしいのは分かる。僕はどうすればいい?」

「う゛」「あ゛」

 短く返事のように呻いたあと、首なし胴体が動く。

 突然の動作に体がビクついた。胴体を見つめると敵意がないということを示したいのか、両手に持っていた杖を落とす。

「う゛」「ぇえ゛」「い゛ぃ゛い゛」「あ゛ぁあ゛あ゛」

 ゆっくりとゆっくりと右手が動く。示したのは腹の中腹。胃があるあたり。

「お゛お゛」

「そこを狙えっていうの?」

「う゛ぅうん」

 ふたりにしてひとりのハート兄弟が呻きながら頷く。

 それだけでふたりが望んでこの改造をしたわけではないと分かった。

 改造するに到った経緯を僕は知らない。

 けれどハート兄弟はきっとここまでの改造をしたかったわけじゃないだろう。

 だからふたりは解放されるために、不死身にも見えるこの姿の弱点を教えてくれたに違いなかった。

「アリー」

「いちいち呼ばなくても来てるわよ」

 僕が呼ぶ前にアリーは走り出していた。

「貫け、レヴェンティ」

【突神雷】の宿った魔充剣がハート兄弟が示した場所を的確に貫いた。

「あぃい゛あ゛おぉ゛うぅ」

 それがなぜかお礼だと分かった。僕を見ていたふたりの無数の瞳から涙がこぼれ出る。

 ぼろり、ぼろりと体が崩れ去っていく。

 いくら叩いても斬っても残っていた頭が粒子のように小さな粒になって先に消える。

 ぼろりぼろりとゆっくりと崩れていた体は頭の消失に伴って一気に瓦解し、これも粒子になって消えていった。

 僕はそのまま傍にいたディエンナを睨みつける。堕言技能によって何もできないディエンナを。

 無抵抗の冒険者を殺すのは初めてで躊躇いがあった。

 おそらくこの躊躇いは失くしてはいけないものだと思う。

 だからと言って【収納】とかに大事にしまい続けているのも間違いだと感じていた。

 ディエンナを放置しておけばきっとまたどこかで改造をし続け、ハート兄弟のような犠牲者が出てしまう。

 レッドガンもその犠牲者のひとりだ。

 今までのように激闘の末、命を奪ったのではなく、無抵抗のまま命を奪う。

 そう思ってしまい動きが僅かに止まる。

 するとディエンナが笑った。

 にたぁ~、と。気持ち悪い笑み。

 堕言技能で動きを封じられても全ての動作が封じられたわけではない。

 ゆっくりだが笑うことぐらいはできる。

 だから笑った。笑ってみた、という笑みには思えなかった。

 怖気が走る。何か予想だにしないことが起こりそうな、怖気が。

 後ろを振り返り、僕は見た。

 ディエゴに飛びついたレッドガンの体内が赤く光り、膨れ上がっている姿を。

 傍らには折れた槍とジージロンダの死体。

「みんな、みーんな、死ぬのなーな」

 はっきりとディエンナが言った。

 ディエンナも、いや誰にも想像だにしなかった事態が起こり始めていた。

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