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tenth  作者: 大友 鎬
第9章(前) さりとて世界は変わりゆく
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秘策

50


「さて、まだ奥の手はある?」

 僕はディエンナへと問いかける。

 ディエンナの周囲には攻撃を封殺されたハート兄弟しかいない。

「あるに決まっているなーな」

 ハート兄弟が詠唱を止め、ディエンナの傍へと引き寄せられていく。

 右手を添えるようにライル・ハートに触り、左手を添えるようにセイル・ハートを触り、手を合わせるようにふたりを触れさせる。

「まさか……」

「その、まさかなーな」

 溶け合うように、混じり合うように、ライルとセイルが、ふたりがひとりになっていく。

 誕生したのはライルとセイルを足して二で割ったような姿ではなかった。

 全身を焼け焦げたかのようにどす黒い人型模型(マネキン)のような風貌。

 ふたりの身長はほぼ同じでそれがそのまま人型模型の背丈で、それ以外にハート兄弟の面影はない。

 顔中にある瞼が開き、そこだけ百々目鬼のように緋色の瞳が姿を現した。

 両腕に握り締めるのはセイルとライルが使っていたそれぞれの杖。

 両方の杖の切っ先を僕たちへと向けて、

「¶§±ЯαΡΨΛ;@:¥」

 言葉にならない言葉が発せられる。

 同時に襲ってくる怖気。寒気。

 何かとてつもない魔法を詠唱しているのだと理解した。

「レシュリーさんあれを止めないと」

 距離の離れたリアンがいち早く危険を察知する。ここらへんは魔力量の違いなのだろうか。

 刹那遅れて僕やアリーたちも気づく。

「もう遅いのなーな」

 ハート兄弟を即興で改造したディエンナが嘲笑。

「【砕魂(ソウルクラッシュ)】でみんな死ぬのなーな」

 援護魔法階級10【砕魂】は簡単に言えば即死魔法だった。

 全員の顔が青ざめる。

 耐性も関係なく、対策も関係なく、発動すれば高確率で死ぬ。

 今まで使用されたという文献は残っていないが初心者協会や技能協会は推奨しておらず、しかも覚えるために必要な経験も多く、詠唱時間がとてつもなく長いため覚える魔法士系職業は限りなくゼロに近い。

 そんな魔法をディエンナは改造したハート兄弟を利用して発動していた。

「あと詠唱まで三秒もないなーな」

 発動したら絶対に全員が死ぬという自信はおそらくそういう改造を組み込んでいるからだろう。

 そうしてわざわざ、ハート兄弟の詠唱終了時間を教えるのは恐怖を煽るためだ。

「もうあと二秒なーな」

 【転移球】も駆使して僕たちは全力で走る。

 ディエンナの嘲笑は止まらない。おかしくって止まらないのだろう。

 爆弾ゴブリンを退けて、ハート兄弟の二重高速詠唱を封殺して、改造クルセドラを打倒して、そうやって生き延びるたびに努力に努力を重ねた目の前にいる僕たちが死ぬのが。

 でも僕の目は諦めてなかった。

「あと一秒~。そこからお前らが届くわけないなーな」

「悪いが、届くよ」

 ディエンナの耳に声が遅れて聞こえた。

 ハート兄弟だった人型模型のような異形の頭めがけてヴィヴィの渾身の【怒狐鈍】が炸裂する。

 詠唱が中断し、人型模型のような異形が倒れた。

「やれやれ、キミは人使いが荒いね」

 クルセドラの戦闘中、四匹目の足止めも十分にあると考えていた僕は密かにヴィヴィにディエンナへと近づくように指示していた。【煙球】をしつこく投げていたのはヴィヴィを近づかせる意味もあった。

 最も接近していたヴィヴィに【転移球】を当てて一気に距離を詰めたのだ。

 いわゆる保険だったけれど、それがディエンナの秘策、最終手段へと刺さった。

 そしてその最終手段は僕たちをディエンナたちへと近づけさせるには十分のものだった。

「これで詰みだ」

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