襤褸
49
地面に潜らない、従来のクルセドラがどんな行動を取るのかを僕は知らない。
その分、知っているふうのクライスコスやレジーグのほうが一日の長がある。
けれど知っているぶん、固定概念にとらわれてしまう場合だってある。
僕が助けることになったクライスコスの出足が鈍ったのはクルセドラがそういう行動をしないと思い込んでいる節があったと僕は睨んでいた。
もちろん、僕にもクルセドラに対する多少の知識はある。
魔物図鑑には既知の情報は載っていて――もちろん、体験によるものなので誤情報も記載されていたりする。
僕はそういう情報を多少当てにはするけれど、そこに全ての真実があるわけではないと思っていた。
それは当たり前だ。知識は既知でも対面は未知。もちろんどちらが既知でも油断なんてしてはならないけれど、どちらかが未知、どちらも未知であれば気を引き締めるのは確かだ。
コジロウが左の顔を、僕が右の顔を狙う。
【煙球】を散布して意識を逸らしてクルセドラの意識を左右に分散させておき、アリーが正面突破する算段。
一匹目と戦ったときはレジーグが中央を相手取っていたため取れなかった作戦だ。
「駄目だぽん。こいつは――」
僕たちの作戦にレジーグが警告。何が駄目なのか、僕には分からなかった。
そのままアリーが狩猟用刀剣〔自死する最強ディオレス〕をクルセドラの中央、爬虫類特有のざらついた鱗へと振り下ろす。
がじぃん。鱗と狩猟用刀剣がぶつかる。切り傷はつかずそのまま弾かれる。
そこで僕も過ちに気づく。所詮僕も既知の知識に囚われていたことに。
未知だから気を引き締める必要がある、だなんて笑わせるな。
弾かれた狩猟用刀剣、反動によって動けないアリーを見るまでもなくクルセドラは動き出していた。
右の顔がコジロウヘ左の顔が僕へと。
中央にはねじれができていた。
そのねじれの間にはアリーがいる。
「ああああああああああっ!」
絞めつけられアリーの体が軋む。
「改造で柔らかいはずの表皮が硬くなってるぽん」
レジーグも攻撃してそれに気づいたのだろう。レジーグが対峙しているクルセドラはふたり飲み込んでいる。
喉元あたりが膨らんでいるのでおそらくそのあたりに胃が存在するのかそれとも飲み込め切れていないのか判断はつかないけれどそれでも素早く手早く真ん中の表皮を攻撃して救出して気づいたのだ。
本来、柔らかいはずの表皮が硬いことに。
僕も柔らかくても弾力は持つことは知っていたからアリーには伝えておいた。
アリーは叩き切ろうとしていたけれど、もはやそれすら意味を為さないほどに硬いのだ。
そうして伝えようと警告しようとしたが一歩遅かった。
「コジロウ!」
「分かっているでござる!」
優先すべきはアリーだった。苦痛に歪むアリーの顔が僕に焦りと不安を募らせる。
入れ替わった左頭の鷹嘴鎚で殴打。嘴のほうで啄むのではなく鎚のほうで叩いたあたりが焦りの証明。
ぎりぃん、と鱗に弾かれる。嘴なら鶴嘴が岩を掘削したように砕けたかもしれないが、もはやあとの祭り。後悔が先に来るわけもなく、一打を無駄にする。
一方のコジロウも忍者刀では歯が立たないとみて忍術を展開。
コジロウが投げた手裏剣が鱗にぶつかり爆発。【爆剣】の忍術で鱗を剥がす作戦だった。
爆発とともに飛びかかったコジロウだが、すぐに後退。
欠ける程度にしか破壊できず、しかも鱗がすぐに修復されていた。
これも改造の結果だろう。
「何か思いつくでござるよ、レシュ殿!」
「分かってる」
コジロウと違って焦りを含んだ声で応答して、思考を整理する。
クルセドラの改造は
・地中に潜る。
・柔らかいはずの表皮、鱗の硬質化。
・鱗(に限らないかもしれない)の再生。
の三つ。
しかも現時点では、がつく。
一体、いくつの改造を施しているか見当がつかない。ただ、改造しすぎている、とは思えない。
おそらくでしかないけれどクルセドラの改造に四つ目は存在しないはず。
「改造に完璧なんてない。完璧に見えてもどこかに綻びができる」
僕はディオレスがかつて言った言葉を信じてクルセドラの綻びを探す。
「素人の改造は綻びだらけだが、いつかきっとお前たちも、玄人の改造屋に改造された改造者と出会う。それが人のかたちとは限らねぇが。そんときはその綻びを探せ。弱点みたいなものだ。ユーゴックが弱点をなくして回復自体が弱点になってしまったように、改造することでできてしまった綻びは必ず存在する」
ディオレスの教えに従うように僕はクルセドラの綻びを探し始めた。
アリーが絞殺されようとしている。
それを念頭に置きながらも、僕は矛盾するようにそのことを忘却した。
クルセドラに施された改造。そして本で得たクルセドラの知識、特徴。
全てを照らし合わせて、一縷の望みが生まれた。
うん、試してみてもいいかもしれない。
「コジロウ、そのまま攻撃を続けておいて」
【煙球】で意識を逸らしながらそう指示を出す。
「分かったでござる」
僕の指示に素直に従うコジロウ。僕が声をかけたことで、何かをするつもりだと当たり前に悟ってくれた。
そうして僕は言う。
「リアン、レジーグが戦っているクルセドラになんでもいいから簡単な魔法を撃って」
リアンは若干戸惑うが、改造クルセドラが本来のクルセドラと違うことは理解しているだろう。
僕の無茶ぶりのような注文に頷く。
ディエンナは表情をぴくりとさせない。意図が分かっていないのか、動揺をひた隠しているのか判断はつかない。
そもそも本来のクルセドラは地を這うようにゆっくりと動き、時には物陰に潜み、標的を待つような魔物だ。
冒険者を飲み込むのは改造クルセドラと同じだけれど、表皮は柔らかく飲み込まれてもすぐに切断すれば割と簡単に救出できる。
強さはランク3、4ぐらい。対処が簡単という意味では御しやすい敵だ。
けれど一方であるものに対して滅法強い耐性を持つ。
地を這う、または隠れ潜むクルセドラを見つけてもなかなかに対処できない理由がそこにあった。
それをこの場にいる全ての冒険者は知識として、或いは経験として知っている。
だからハート兄弟を封殺するシャアナ、アズミはともかく治療を一通り終え、手持ち無沙汰になりつつあるリアンもクルセドラに何もしなかった。いや、何もできなかった。
クルセドラには魔法や癒術をほぼ無効化できた。
実際、魔法耐性が高い老婆双竜防具一式はそれなりにいい値段がついている。
もちろん、斬撃に弱いという弱点を保護するため、他の魔物の素材と組み合わせる場合も多く、クルセドラ元来の魔法耐性よりも劣っていた。
そんな理由からリアンは援護に回るしか他なかったが、僕の指示で一転、攻撃に回る。
アルが護衛をしているので発動自体は間違いなく成功するだろう。
簡単な魔法という注文からリアンは階級2を選択。
守る必要もないほど、すぐに発動した。
【中炎】がクルセドラの腹部、中央の辺りへと直撃。
ジワッとぶつかった炎がいとも簡単に、驚くほど容易く、焼け焦げていく。
その下から見えたのは薄白色の肉――ではなく、焼き焦がす前の鱗と同系色の――新緑の鱗。
「理解したぽん」
戦術理解度がすさまじいのか、レジーグがそれだけで行動に移す。
張り合うわけではないけれど僕も理解していた。
あれがクルセドラ本来の鱗なのだ。
改造によって剥げた壁に塗料を塗るように、頑丈な表皮を上塗りしていたのだろう。
僕たちが防具を装備するようなものだ。
ディエンナが怒ったような焦ったような表情。レジーグに切断されたクルセドラを見て顔をしかめつつも何が起こったか理解してないようだった。
実際、改造クルセドラと対峙したとき、知識がないものは逃げ、知識があるものは本来のクルセドラに魔法が通用しないという思い込みによって魔法を使うことも少なく、使っても再生能力で治ってしまうため、無敵の体を持っていると勘違いしてしまうのだろう。
「リアンはそのままアルとシッタの援護をお願い!」
リアンに続けて指示を出す。それぞれ固有技能を持つふたりなら、魔法が当たった瞬間になんとかできると踏んでいた。二匹目と三匹目は問題ない。
「アリー、聞いていたよね?」
僕は絞めつけられているアリーに問いかける。
「あああああああああああああああ!!」
それは悲鳴ではなかった。「まったく、もう!」
痛みを我慢してアリーは魔充剣に宿していた【炎轟車】を解放。
絞めつけられている自分ごとクルセドラの鱗を焼き、その下に見えた本来の鱗を応酬剣〔呼応するフラガラッハ〕が手早く切断。
二等分され、クルセドラから解放されたアリーはそれぞれの手に持つ魔充剣と狩猟用刀剣でクルセドラを縦横無尽滅多斬りにしていく。二等分された時点でクルセドラは死んでいるためほぼほぼ八つ当たりだった。
その八つ当たりはクルセドラというよりも自分に対してが強い。【炎轟車】が宿った魔充剣で斬りかかっていれば一枚目の鱗を魔法が破壊し、二枚目の鱗を剣で切断できたのだから。
なまじ知識が邪魔をした感じだが僕もなんとも言えない。
八つ当たりを終えたアリーはディエンナを睨みつける。
ちょうどその頃、アルルカたちによってほとんどの爆弾ゴブリンが倒しつくされ、
アルが二匹目のクルセドラを、シッタが三匹目のクルセドラを倒していた。




