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tenth  作者: 大友 鎬
第9章(前) さりとて世界は変わりゆく
377/874

其他

 46 


 少し前。

 ラインバルトとジージロンダがディエゴに向かっていくのを止める暇もなく戦いは続いていた。爆弾ゴブリンの襲来、そして二重魔法の防御に手一杯でレシュリーたちはふたりを止めに行く時間を消失させていた。

「結構しぶといなーな」

 一方で改人ハート兄弟の二重魔法の効果が薄く、ディエンナはぼやく。

 理由は簡単だ。シャアナ、それにアズミの魔法がハート兄弟の魔法を完全に封殺していた。ふたりは合わせるのではなく、シャアナはゆっくりと、アズミは異名でもある光速の詠唱者の名のままに魔法を放つ。階級は10でなくともよい。ハート兄弟は改造によってある程度早く階級10の魔法を放つことができるが、即時ではない。

 シャアナとアズミは交互に魔法を放つことで、ハート兄弟に階級10の魔法を使わせなくしていた。そのうえで資質者であるふたりは階級が7でも10程度の威力に底上げされている。ハート兄弟が階級10の魔法を二重で放つことで威力を底上げしているというのならば、シャアナとアズミはそれを封じれば、ハート兄弟の改造による利点を叩き潰せる。

 そうしたうえで改造ゴブリンは近づけさせないようにしてレシュリーたちが倒せばよかった。

 放剣も忍術も投球も射程の長い攻撃は豊富に存在していた。

 もちろん、レシュリーたちとともに戻ってきたアルルカやシッタも射程が短いものの爆発する前に倒すという高速戦闘で改造ゴブリンを処理していた。

 その光景にもディエンナは歯噛みする。

 捕らえて改造して作り上げた自分のいわば作品ともいえる改造魔物が一瞬にして討伐されていく。

 死んでいくぶんには何の感慨もわかないが、自分の成果物が何も結果を残さないのは腹が立つ。

 今まで改人の正体も秘匿してきた。ここでバレるのもドゥドドゥドゥは許さないかもしれない。

 あれを使おうか。迷うのは一瞬だった。

 結局、ドゥドドゥドゥに怒られないためにもこの場にいる冒険者全てを倒さなければならないのだ。

 迷う必要なんてない。

 ディエンナは周囲に生き残っている冒険者に憎悪の視線を送りながら

「ピューーーイ」

 口笛を吹いた。

 まるで地中から地面を耕すかのように草原が隆起していた。

 それが一部だけではなく、地中に蠢く何かの動きに連動して、隆起し続ける。

 隆起する道筋はレシュリーたちへと向かってきていた。 

 最初の標的は近くにいたギジリ・ギジリ。周囲には爆弾ゴブリン。

 助けてもらったこともあり、今後も援護が見込めるかもしれないと思っていたのが裏目に出た。

「ひええ~。なんか来るじぇえええ」

 味方をしてくれていたはずの爆弾ゴブリンがディエンナとともに反旗を翻したせいで、逆に囲まれてしまっていた。

 一点突破でその囲みから何とか脱出できたのも束の間、爆弾ゴブリンが後ろから追いかけてくるさなか、

 前方では謎の隆起がこちらへと向かってきていた。

「逃げるんだぽん」

 レジーグが叫ぶ。レジーグも爆弾ゴブリンに追われ、援護できずにいる。

 数が多すぎるのだ。

 魔物使士の技能【使役】は魔物との実力差があればあるほど使役できるが、使役している数だけ精神摩耗の負担も多い。

 なのにディエンナは過剰と言ってもいいほどの数を使役している。

 種や仕掛けがあるかはレジーグには分からないがそれでもその時点で怪しむべきだった。

 裏切るとは思いもしなかったから、数の多さを歓迎して、思考停止していたのが仇になったのだろう。

 レジーグが悔いている間にもギジリのもとへと地中に潜む何かが近づいてきていた。

 と突然隆起が止まる。

 地面の浅いところではなく、深いところへ潜ったのだとレジーグは悟った。

「急いで逃げるんだぽん」

「いったい、どこに逃げればいいんじぇ」

 そこかしこに改造ゴブリンがいるためギジリは判断に迷う。

 逃げ場を探すためわずかに立ち止まり、周囲を見渡す。

 ギジリ以外を敵視しているゴブリンもいるためそちらへ逃げればいいのだが、ギジリは冷静さを欠いていて気づけないでいる。

 さらに目の前の地中の何かが地下深く潜ったことにも気づいていなかった。

 迷いに迷った挙句、逃げる方向を決めたギジリが一歩歩こうとした刹那、

 ギジリの足元が隆起する。隆起した地面はそのまま蕾だった花が咲くように内側から割れ、そこから大きく開いた口が現れた。

 小柄では決してないギジリを飲み込めるほどの大きな口腔。

 真下の地面を失い、口という穴へと落ちていくギジリ。

 対照的に地中に潜んでいた魔物が地上へと姿を現す。

 ごくりっ!

 途中、その魔物の喉がなり、ギジリが魔物の中へと落ちていく。

「ジヴンがギジリを助けるッチ!」

 コギットがレジーグに伝え走り出す。

 途端、コギットの足元が隆起し、穴が開きコギットもまた中から現れた魔物に丸呑みされた。途中で防具の切れ端がその魔物の歯に引っかかる。

 ギジリを飲み込んだ魔物と瓜二つ。ギジリを襲ったほうが自分から標的を狙ったのだとしたらギジリのほうはずっと留まって、罠のように上を通るのを待っていたのだろう。

 しかしコギットを飲み込んだほうはそれ以上地上へと姿を現さず、ギジリを飲み込んだほうがぐんぐんとその長い身体を見せていく。

 やがて、その穴から体が途切れる。全身が地上に出たのだ。

 尻尾にあたる部分にはもうひとつ頭があった。

 歯にはコギットの防具と思しき切れ端が引っかかっている。

 二匹だと思われた魔物は胴体でつながっていた。ヤマタノオロチの尻尾が一本みたいな感じだろうか。

 もっともこの魔物は蛇に酷似していて足が存在していない。

 蛇の顔の頭頂部からは長い白髪が伸び、まるで老婆のよう。

 黄色く光る瞳孔がレシュリーたちを睨みつけ、口の中から伸びる舌を上下に揺らす。

「シャラララララァァァ!!」

 その魔物はクルセドラ(老婆双蛇)といった。

 しかも改造ゴブリンを使役していたディエンナが呼んだのであれば改造されている可能性も高い。いやほぼ間違いない。

 けれど外見ではどう改造してあるのかすら分からなかった。

 それでもなお、レシュリーも走り出していた。ギジリがクルセドラに一呑みされた瞬間から。

 阿吽の呼吸でアリーとコジロウも。

 一方でレジーグとオルタネートもクルセドラへと走り出していた。

「潜る能力がおそらく改造によって得たものだぽん」

 ふたりともクルセドラとの戦闘経験はあるため初見で未知の魔物と対峙したときほどの恐怖はない。

 それどころか退治した経験もあるため、その憶測に基づいて、本来ならば敵であったレシュリーたちへと助言する

 もう敵対しているどころではなかった。依頼すらも罠だったとも取れる。

 標的に近づくために利用された、そう捉えることすらできた。

 助言することでもう敵対はしていない、と伝える意味もあった。

 レシュリーたち――特にアリーが頷くことで停戦協定。一時休戦。

 全員がクルセドラへと向かっていく。

 それよりも少し前。大草原の入口。

「よっしようやく倒した。毒霧も晴れた。先に進むぞ」

 ダイエタリー、ヴィーガン、ラクト、グランデニュー、キナギ、クライスコス、リツイートを含む面々が進軍を開始していた。

 そうして彼らもたどり着く。何も知らずに。

「なんだあれは?」

「クルセドラ……? 大草原には分布してないはず?」

 レシュリーたちとレジーグたちが一緒にクルセドラと対面している姿を遠く見つめる。

 そんなダイエタリーたちのもとに向かって、地面を隆起させながらクルセドラが地中を走る。

 一本ではない、何本も。

 当然、レシュリーたちがこれから戦おうとしているクルセドラとは違う個体。

 ディエンナが呼んだクルセドラは一匹ではなかったのだ。

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