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tenth  作者: 大友 鎬
第9章(前) さりとて世界は変わりゆく
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一手


44


 ラインバルトは考える。

 仲間とはなんだろうか?

 死んだヒルデとシメウォンのことを思い出す。

 ふたりとも原点回帰の島からの仲間だ。職業は違って先生も違った。

 なのに酒場かどこかで一緒にご飯を食べて、意気投合して自由時間に原点草原で連携の練習をした。

 今までの試練も途中で何回か負けはしたものの、順調と呼べた。

 シャアナも途中で加わった。才覚のない自分たちと違ってシャアナは〈炎質〉という優れた才覚を持っていた。

 けれどラインバルトたちを下に見ることもなく、ラインバルトはその気質にすぐに惚れた。

 シャアナは冒険をかなり楽しんでいて、ラインバルトとは方向性は違うけれどそれでもいいと思っていた。

 ラインバルトとしてはそれなりに大成して弟子も作って、安定を手に入れれば満足できた。そこで冒険を終えて安穏と暮らしてもいいと考えていたのだ。全てを手に入れることはなんとなく無理なのだとラインバルトは理解していたから。

 だけれどシャアナを見ているとどことなく自分のなかになくなったはずの情熱がくすぶる。

 それこそシャアナの〈炎質〉に感化されたかのように。胸の中が熱く燃え上がっていた。

 自分でもまだ高みを目指せるのか、そんな欲望が生まれてきた。

 真っ当な欲望。

 ラインバルトとヒルデ、シメウォンの三人では届かなかった場所へもシャアナが入れば、まだ高みを目指せるんじゃないだろうか。

 そんな欲望が生まれた。

 旅をするにつれ友人も増えた。空中庭園で出会った山崎たちは貴重な友人で異文化交流によって新しい戦術や戦略を生み出そうと刺激を受けた。

 これから、これからだ、と意気込んだ矢先、ヒルデとシメウォンは死んだ。シャアナを守って。

 シャアナを見捨てて逃げることだってできた。でもラインバルトがなんとなくシャアナを意識していたのが分かっていたふたりはシャアナが殺されることがラインバルトにとって一番のショックだと分かっていた。

 シャアナが死んでしまえばきっとラインバルトは死ぬほど落ち込んで冒険者を辞めてしまうかもしれない。

 いやそんな理由以上にヒルデとシメウォンはシャアナを守るべきだと思って、そうして死んだ。

 ふたりの抵抗がなかったらシャアナは生きていなかったかもしれない。

 だとしたら、このままでいいのか? ラインバルトは自問する。

 自分にとって仲間とはなんだ? 自分が剣呑と生き残るために仲間を作ったのか?

 違う。すぐに否定できた。

 ヒルデも、シメウォンもシャアナを守ったのは仲間だからだ。大切だからだ。

 自分も仲間をみすみすと殺されて黙ってていいのか。

 ふたりが死んだとき半身を失ったかのような喪失感を味わったではないか。

 それでもラインバルトは動けなかった。勝てないと分かっていたから。

 とてつもなく情けないことだとは分かっていたけれど、ラインバルトはそういう性質の人間だった。

 それでも、それでも何かしたい。

 何か、できるはずだ。

 考え続けるラインバルトの前にレッドガンが現れた。見るも見果てぬ姿で。仲間を殺されたとは聞いていた。

 けれど自分とレッドガンが決定的に違うのは、大切な仲間が殺されてもなお、あそこまで極端になれないことだ。

 レッドガンとディエゴが戦闘を始めると後退してくるレシュリーたちと交代するようにジージロンダが密かに動いた。

 向かう先はディエゴだった。使命感に燃える瞳。

 復讐と酷く似ているがどこか何かが違うようにも思えた。そんな瞳をしていた。

 ああ、自分とは違うな、と理解していた。こういうときに動けないのがラインバルトなのだ。

 それでも考えて、考え抜いた挙句、ラインバルトも一歩が出た。動けた。

 これは勝機なのではないか。考え抜いた挙句、そう結論を出した。

 レッドガンとディエゴが互角に戦い、そしてジージロンダがおそらくレッドガンに加勢する。

 そうすれば形勢は傾く。

 何かをしたい、何かができるはずだ、と焦燥していたラインバルトにとってジージロンダが動き出したのはある意味で悪魔の誘惑だった。

 勝てないと痛感して動かなかった体を勝機だと思い込ませて、あたかも錯覚のようにラインバルトは動き出す。

 何かがしたい。何かがしたい。シャアナのために。

 ヒルデやシメウォンのことなんて毛ほども考えていなかった。

 何者かに取り憑かれたのようにラインバルトはジージロンダの後を追っていく。

 間合いを取って立ち止まり、魔充魔剣を構えたジージロンダがラインバルトに気づく。

「気をつけやがれよ」

 立ち止まらないラインバルトにジージロンダが気遣う。目配せでお礼を述べてラインバルトは疾走。

 ジージロンダが何をするかラインバルトは知らないが、ラインバルトができることなどひとつだ。

 曲剣〔赤黒い二連マッシュド〕を握り締め、ディエゴへと向かっていく。

 レッドガンが攻撃した瞬間に合わせて、完璧なる【連撃】がディエゴへと――

「邪魔だァ!!」

 ラインバルトの胸を一筋の光が貫く。心臓を一撃。【光線】だった。

 ラインバルトがどう出るかディエゴにはお見通しだったのだ。

 自分のしたことは無駄だったのか――苦悶の表情で遠くシャアナの顔を見つめる。

 見えるはずもないのにシャアナの泣き顔が見えた。

 失敗した――ラインバルトは悟った。何かをしたい、そう思うのなら生き残るべきだった。

 生き残ってほしいと、きっとシャアナは願っていた。それを無駄にした。

 ああ、俺のしたことは、したかったことは無駄だったのか――

 死ぬ間際、ラインバルトは思った。

 ラインバルトのしたことは果たして無駄だったのか。

「お前の死は無駄にはしやがらないっ!」

 絶命寸前、ディエゴへとジージロンダが飛び込んでいた。

 魔充魔剣に宿るのは自身最強の魔法【慧狼雷奔】。

 魔剣に宿りし巨大な雷牙がディエゴへと向かっていた。

 ラインバルトの行動は決して無駄ではなかった。

 ディエゴが邪魔と言ったようにラインバルトの存在は確かにディエゴの意識を散らし、レッドガンのみに集中できなくさせていた。

 それどころかお互いが一手を一手で潰していた状況だ。

 飛び込んできたラインバルトにディエゴが反撃すればディエゴの一手が潰れ、レッドガンの一手が浮いていた。

 さらにラインバルトへの攻撃を好機と捉え、ジージロンダが隙なく攻撃へと移行した。

 ジージロンダの振り下ろされた雷牙を潰すにもレッドガンはわずかに自由。

 無理にでもレッドガンを止めればジージロンダが、ジージロンダを止めればレッドガンがさらに自由になる。

 ラインバルトの一手は結果的にディエゴを追い詰めていた。

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