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tenth  作者: 大友 鎬
第9章(前) さりとて世界は変わりゆく
370/874

神懸


39


「神ってる」

 冒険者のひとりオルタネート・ド・ラゴンは目の前のディエゴに対して思わず呟く。

「なんなんだ、あの冒険者は。色すごすぎる。神ってる」

 オルタネートはディエゴを強いと判断したときから後ろからひっそりとそのあとを追っている。

 ディエゴはそれを認識していたが、気配が鬱陶しいだけで、別段邪魔にはならないから放っておいた。

 その結果としてオルタネートは標的になっているヴィヴィとアリーを見つけることができた。

 オルタネートはディエゴはそのふたりを狙わずに別の誰かを狙っているということを目的地についてから理解した。

 そうしてその誰かが誰と分からぬまま、それでも敵対している冒険者を倒す様はやはりこう思わざるを得なかった。

 神ってる。

 神懸っているとは思わなかったのはなぜだろうか。ふとそんな疑問がよぎったけれどオルタネート自身色んなものを略すことが多いので深く考えるのはやめた。

 『色すごすぎる』も色々とすごすぎるを略していたがオルタネートはそれが当たり前になっていてもはや疑問にも思っていない。

 神ってる戦いに目を奪われすぎた。

 オルタネートはディエゴの邪魔にならないようにひっそりとアリーたちのほうへと向かっていく。 

 ***


「ぬぅ、ワシの筋肉でも防げんとはなんという威力ぢゃ」

 モッコスの体からは既に左肩から下、左脇腹、右足が焼失していた。

「防がれてたまるかよ、脳筋ィン!」

 襲来したディエゴが叫び、四度目の【弱炎】がモッコスの顔を掠める。今度は完全に避け切ったかに思えたモッコスだが数瞬遅い。

 右耳が焼失してしまう。しかも片足を失った結果、うまく体勢を整え切れず転倒してしまう。

 そこを狙われての五度目の【弱火】。当たれば死亡の状況でモッコスは誰かに蹴飛ばされる。

 蹴飛ばしたのはモココル。モココルはディエゴの奇襲を死ぬ気で防いで両腕が焼失していた。

 モッコスを足蹴にして代わりにモココルの右足が焼失。四肢のうち三つを失い、本来なら出血多量で死んでしまうところだが、そこに癒術が展開する。

 【精血】の癒術によってすぐさまモココルとモッコスへと輸血が開始。それによって致命量を防ぎ【清浄】によって傷口から血を洗い流し、さらに止血。それ以上の出血を防いでいく。

 消失した部位も【再生】の癒術によって新しく復元できるにはできるが、それを許されるほどの詠唱時間はない。

 モココルを回収して、コジロウが前に出る。アルはディエゴが出現してからずっと張りつくように攻撃を続けているが全ていなされていた。

 モココルとモッコスはアルの攻撃によってディエゴの集中が散漫になっているにも関わらず放たれ命中したものだった。

 当然、威力は数々の冒険者を倒したそれと同じだが、イチジツに教えてもらった避け方や当たり所によって即死を免れていた。

 アルがディエゴに肉薄する理由はひとつ。打術の封殺にある。

 ディエゴの【直襲撃々】に当たればおそらく即死は免れない。がアルにはそれを防ぐ手立てがあった。

 新月流だ。

 新月流は他流派よりも防御技に優れている。

 【新月流・居待の捌】ならば腕を使う攻撃を無効化でき、

 【新月流・満月の守】ならばあらゆる攻撃を一度だけ耐えることができた。

 魔物たちがディエゴの周囲に沸いてくれれば【新月流・十三夜の構え】で対象を魔物へと映すことだって可能だ。

 ディエゴからすればアルが執拗に粘着してくるというのは面倒臭い。

「リアネットが厄介すぎんだよっ!」

 〈王血〉によって莫大な魔力を持つリアンはおそらく半永久的に味方を回復することができた。

 そのリアネットが負傷者を治療し、その間、他の冒険者が援護に入る。

 そうやって完全に足止めしようとしている。ディエゴはそう判断。

「次に厄介なのはてめぇ!」

 コジロウヘと【弱火】を放つが、見切られて避けられる。忍士であるコジロウも命中したとしても【変木術】や【空蝉】によって致命傷を避けることもでき、回避が間に合わないと判断すれば【潜土竜】で地中に逃げることもできた。

 回避が多様で攻撃も多彩なせいでディエゴの集中が削がれていく。

 いくら早く詠唱できるとはいえ、ある程度の集中力は必要となっていく。雑な魔法発動は正しい見切り方を把握しているコジロウならば避けることも可能だった。

 下手したらPCのやつらよりも強いかもな……久々の手応えにディエゴが笑う。

 面倒臭いのは当然と言えば当然なのだが、それでも楽しめるならその億劫さも掻き消えるというものだ。

 攻めあぐねている、とディエゴは考えていない。

 攻め手を担っていたモココルとモッコスの退場によってかく乱していたコジロウが前に出ざるを得ない。

 ディエゴの場にはあとコジロウとアルとリアンしかいない。その三人をどうにかすれば、資質者のもとにたどり着けた。

 そんなディエゴの標的となっている資質者は中央で詠唱しており、それ以外は反対側から迫る冒険者の対処に追われていた。そのなかには改造された魔物までいる。

 ジェックスとハート兄弟はディエンナの誘導でレシュリーたちが狂靭化している魔物と戦っている隙を突いて薄まった毒霧を突破していた。

 その誘導するディエンナに便乗した冒険者は三人。

 ひっそりと移動したオルタネートもしばらくして参戦しており敵対する冒険者の総数は八人。

 冒険者の数もそれなりだがディエンナの改造魔物が数十体存在しているため、数の上ではアリーたちを狙う襲来者の数のほうが多い。

 マイカを堕士と見切った便乗冒険者のひとり狂戦士レジーグはすぐさまその危険性を察知してマイカへと近づく。

「あなたはそれ以上進んではいけません!」

 接近に気づいたマイカが堕言技能【怠慢(ブレシュール)】を展開。気だるさを与え、素早さを低下、行動力をげっそりと奪い、あたかも先は進んではいけないような気にさせる技能だったが、レジーグには効いた様子がない。

 戸惑うマイカだったが、それが命取り。レジーグの振り上げた大棍棒〔大根役者コヤブキー〕が迫っていた。

 そこに応酬剣〔呼応するフラガラッハ〕が横入り。渾身の一撃を押さえ込み、横からアリーが斬りかかる。【突雷】の宿ったレヴェンティをレジーグは【鋼鉄表皮】によって防ぎ、押さえ込まれた大棍棒を無理矢理薙ぎってアリーへ強襲。

 狩猟用刀剣〔自死する最強ディオレス〕で防ぐが衝撃は抑え切れない。空中へと吹き飛ばされるアリー。レジーグは勢いのまま跳躍。追撃を狙う。

 途端、一筋の雷。気づくのに一歩遅くレジーグの直撃上半身が焼け焦げ下半身が落下。

 レヴェンティから【突雷】を解放しアリーは追撃を防いで着地。

 一方のレジーグは【仮死脱皮】によって即死を回避。下半身から上半身が生えてきていた。

「こいつ、私と同じ〈操作無効〉よ」

 アリーはマイカに簡単に説明する。マイカにとっては厄介な相手だ。〈操作無効〉は次のドールマスター候補になった数だけ存在する。アリーがそうであるようにレジーグもそうだったのだろう。

 動きを止められない狂戦士は凶悪すぎた。

「オデと同じとはびっくりだぽん」

 強面の顔に反して高い声でレジーグが驚く。ギャップがありすぎた。

「けどオデはとめれないぽん。コギッド、ギジリ、こっちは任せるぽん」

 依頼としてはアリーとヴィヴィに触れば完了だが、周囲の冒険者を無視して触ろうとすればレジーグ以外はマイカの堕言の標的でしかない。

「そりゃあ助かるッチ。ジヴン、堕士には嫌な思い出しかないッチ」

 ディエンナの爆弾ゴブリンを追い払うヴィヴィへとじりじりと間合いをつめながらコギッドがありがたがる。気配でもう居場所はばれているので、堂々と声を出していた。

「おいはちょっとやばめじぇ。余裕ないじぇええ」

 ルクスを手始めに倒そうとしていたギジリ・ギジリは逃げ回りながら叫ぶ。

 ギジリはベレト(狂乱魔人)に追われていた。体毛が青、瞳が赤い馬が涎をたらし、首を振りながらギジリを追いかけている。

 ベレトはルクスが【悪魔召喚】に呼び寄せた悪魔だったがその青い馬自体がベレトというわけではなかった。

 ベレトは存在が見えないと云われていた。端的にいえば透明。

「面倒クサイ、クサイ。オレサマヲ呼ビ出シタノハテメェラシイナ! 激シク焼カレテ、死ネ!」

 怒鳴る声は馬頭の少し後ろから聞こえていた。叫び声とともに鞍が揺れる。

 それこそが見えない何か、つまりベレトが乗っている証拠でもあった。

 見えないベレトの口腔から炎が吐かれ、ギジリはそれを必死に回避。

 ベレトは召喚されることを激しく嫌う悪魔だった。召喚者を執拗に狙い炎を狂ったように吐き続けるのが特徴だ。だがしかし同時にベレトは単純でもあった。

 召喚された直後、ベレトは召喚された怒りを抑えて近くにいたルクスにこう訊ねた。

「オレサマヲ召喚シヤガッタバカハドコノドイツダ?」

「あの方です」

 ルクスはギジリを指す。それだけでベレトはそれを信じ込んだ。

「おいを、おいをさっさと助けるじぇえええええ」

「ゴブちゃん、行けなのーな」

 ディエンナが悲鳴がうるさいと言わんばかりに自分の爆弾ゴブリンを仕掛ける。

 爆弾ゴブリンが馬に飛びつき自爆。そこに跨っているであろうベレトごと吹き飛ばす。

「レシュは何やってんのよ」

 度重なる窮地を救ってきた主役がいないことにぼやく。

 レシュリーの援護がどれほどのものだったのか、いないことで痛感した。

 負けるとは思わないが、今まであった安心感がないことにアリーは苛立ちと不安を覚えたのも事実だった。

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