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tenth  作者: 大友 鎬
第9章(前) さりとて世界は変わりゆく
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軍隊

37


「うわああああああああああ……ってあれ?」

 トレントのより鋭利になった葉に切り刻まれる瞬間、悲鳴を上げたランク6の冒険者クライスコス・コゴエルバイムは飛んできた葉が寸前で落ちたのを見て不思議な顔をする。

 見れば目前にいたトレントは絶命していた。

「なんでかな……? 助かったのかな?」

 トレントから出た紫色じみた血がトレントを樹ではなく樹の魔物だと実感させるがそれよりもなぜトレントが倒されているのかの疑問のほうが際立った。

 そして命の危機が去ったことを知って力が抜け、しりもちをつく。

「おいおい、しりもちをついている場合じゃねぇぞ」

 【舌なめずり】の音が聞こえて思わず横を向くとそこには知らない男の顔。

「うわあああああああああああああ!!」

「驚くことないだろ。助けてやったのに」

 その男はもう一度【舌なめずり】をして、クライスコスの驚きを糾弾する。

「こっちが悪いのかな。いきなり現れたのそっちなのに」

「まあいい。こっちは俺ひとりで十分だからほかのやつらを手伝いに行ってやれ」

 不満を漏らすクライスコスにシッタはそう告げるが、

「あんたはひとりで大丈夫なのかな?」

 シッタのことを知らないクライスコスは心配して言葉を返した。

「大丈夫に決まってるだろ」【舌なめずり】してシッタは憤慨する。「自分からあんま言いたかないが俺はこう見えても八本指だぞ」

 分からせるにはこれが一番だった。

「なにかな……それは?」

 がクライスコスは[十本指]自体に興味がなく、今の[十本指]どころか前の[十本指]すら知らない。

 アリーやヴィヴィの実力、ふたりが誰の仲間なのかを知らないからこの作戦にも参加していた。

 噂を聞いた限りではそれなりに強いとクライスコスは判断していた。

 要するにクライスコスは世間知らずだった。そして鈍い。

 実際、「助けた」とシッタが言ったら、トレントを瞬時に倒したのがシッタだと理解できそうなものなのに、クライスコスはまだ気づいていない。

 だからこそ、いきなり現れたシッタがひとりで戦おうとしていることを危なげに感じ助け船を出していた。

「知らねぇならいいよ」

 言ったシッタが恥ずかしくなって頭を掻く。

「まあいい。とにかくほかのやつらを助けに行ってやれ」

 【舌なめずり】してシッタが消えた。

「どこに行ったのかな……?」

 瞬間、クライスコスに近づいていたトレントが切断され、その傍にシッタの姿を捉える。

「さっきのも……もしかして……」

 ようやくクライスコスはシッタが自分の窮地を救ったのだと理解する。そしてシッタとの実力差も。

 目をこらしてシッタの姿を追う。

 シッタは消えたように見えるだけで目にも止まらぬ速さで動いているだけだ。

 経験も必要だろうが、クライスコスはシッタの速度に食らいつく。

 近くにいたゲルハーキーへと切りかかる姿を食い入るように見る。

「一……、二、三、四……すごいあんなに早く五連撃も……」

 クライスコスはシッタの連続攻撃に感嘆するが、実際のシッタの連撃は九連続に及んでいた。

 大振りの連撃だけしかクライコスは数え切れず、手首の捻りを効かせた二連撃や小刻みの二連撃。蹴りの合間に入れた突きなどを見逃していた。

「これなら僕がいなくても大丈夫かな」

 納得してクライスコスはその場を任せる。

 魔物たちは大まかに分けて四つの集団に分かれている。

 グリーンハットとブルーリボンの集団、トレントとゲルハーキーの集団、そしてフィールドウルフの集団と遊撃するジャイアント。

 狂靭化したグリーンハットから命からがら逃げだしてトレントをなんとか倒せたクライスコスが取れる行動はふたつ。遊撃のジャイアントはどこにでも現れるため除外。

 別のトレントと戦うかフィールドウルフたちと戦うか。

 逃げ出す選択肢にはなかった。これでも冒険者だからだ。

 フィールドウルフへの立ち回り、戦い方は手慣れている、そんな経験からクライスコスはフィールドウルフのほうへと救援に向かって

「なんなのかな、これ」

 立ち尽くした。

 クライスコスと同様、ダイエタリーやヒヒマントも立ち尽くしている。

 蹂躙、という言葉が似合うのかもしれない。

 そこには無数の死骸があった。

 フィールドウルフの。

 狂靭化したことで草原の色とほぼ同化し、かなりの速度を得たフィールドウルフは実力者たるダイエタリーもなかなか捉えられるものではなかった。

 味方が倒れていくことに焦りが募るが的確にフィールドウルフを倒し、ゆっくりでも確実に数を減らしていた矢先だった、

「どいてください、一気に片づけます」

 凛とした声が周囲に響き渡る。

「聖女さまだ……」

 空中庭園出身の冒険者キナギ・ユウヤナギが呟く。

 ダイエタリーも聞いたことがあった。ヤマタノオロチを倒した女冒険者がいると。

「でもその聖女様は死んだって話じゃあ……?」

 キナギの呟きに隣にいた冒険者リツイートが訪ね返す。

「けど、そっくりなんだよ。聖女さまが生き返ったんじゃ……」

「ユグドラ・シィルに名前を書かれたなら絶対に生き返らない。聖女様の名前が書き込まれたのだって見たやつがいるし。課金籤の景品にもなっていたじゃないか」

「たぶん、あれ妹さんだよ。課金籤の景品に匕首〔空庭の聖女ルルルカ〕がなってしばらくして街に聖女様が降臨したって景品の匕首自体が偽物かもしれないって話題にもなったじゃないか。それで真相を確かめたら双子の妹さんだったってやつ」

「ていうか普通知ってるでしょ。あの子、[十本指]のひとりでしょ」

「知ってたならさっさと教えろよ。ここのくだり全部無駄話じゃねーか」

 そんな無駄話が飛び交う間にも、噂に上がったアルルカがフィールドウルフの大群のなかへと入っていた。

 魔充剣タンタタンに宿るのはふたつの魔法。光り輝く刀身に炎が渦巻いていた。

 身軽な動きでフィールドウルフの中心に降り立つ。

 わざわざ囲まれるように現れた女冒険者をフィールドウルフたちが逃さないわけがない。

 標的がアルルカに切り替わる。ウルフたちは周囲に姿を同化させ、まるで暗殺者のように、けれども高速をも超える速度でアルルカへと迫った。

 それがアルルカの狙いだったとも知らずに。

 アルルカは着地した瞬間に着地した足を軸足にして回転していた。

 きれいな円を描くように一周、ぐるりと回る。

 魔充剣だけでは当然、フィールドウルフたちへと射程は足りない。最前列のウルフたちは倒せそうだが、それだけだと心許ない。

 だが今の魔充剣にはウルフたちを一掃するほどの射程があった。

 それを可能にしたのが【光刃】。一直線に伸びる光の刃によって射程を伸ばしついでに切れ味も増やす。

 さらにアルルカはトレントなどの植物系のみならずフィールドウルフのような動物系魔物が本来、苦手とする炎属性魔法【強炎】を組み合わせて一気に殲滅しようとしていた。

 事実、そうなった。だからこその唖然。唖然。唖然。

 あ、と口を開けたまま何が起こったのか戸惑うように、そこに呆けていた。

 飛びかかっていたフィールドウルフが顔から尻尾へときれいに真っ二つとなる。途中で光の刃に気づいた後続のウルフたちもすでに飛びかかってしまった以上、自力で止まることは不可能。わずかに身を捩らせて回避を試みるが、無駄の一言。

 首を斬られるもの、足を斬られるもの、耳を削がれるもの、ウルフによってさまざまだったが、結論から言えば同じ。

 光の刃で絶命していようがしていまいが、次の瞬間に全てが炎によって燃やし尽くされていく。

 カジバの馬鹿力をほんの少しだけ、命に支障がでない程度だけ使ったとしても、圧倒的だった。

「ボサッしないでください。敵はまだいます!」

 アルルカは怒鳴ったわけでもない。ただ注意を促しただけだ。

「「「「はいっ!!」」」」

 それでもなぜか先生に怒られた子どものように唖然としていた周囲の冒険者が背筋を伸ばして直立。大きく返事をする。アルルカよりも年上の冒険者もいたがそんなことすら関係なかった。

 全員が思わずそう返事してしまったのだ。

 アルルカを通して、ルルルカが垣間見え、どこかで聖女という補正がかかり、アルルカに怒られたことで神聖なるものを穢してしまった罪悪感に何か善良なことをしなければならないという衝動を起こしていた。

 もっともそれは直前にあったキナギの聖女発言から連なる無駄話やアルルカが一瞬で倒した光景を見たがゆえの興奮が要因でもあった。

「行くぞ、お前ら! 彼女に続け!」

 アルルカが登場するまで周囲の冒険者を束ねていたダイエタリーが興奮のまま叫び、アルルカに続く。

 ダイエタリーの統率で烏合の衆だった冒険者が集団になっていたとするのならば、勝手に神聖化されたアルルカに連なることで、集団が軍隊になっていた。

 統率された冒険者はそれまで以上に力を発揮する。アルルカが戦いやすいように魔物を誘導し、相手にできないような数が襲ってきたら一先ず退いて軍隊で対応に当たる。

 無理はしない。死こそ聖女を穢すもっとも愚かな行為だと勝手に錯覚していた。

「こっちも援護不要なんじゃないかな、これ」

 朱に交わらない、長いものに巻かれないクライスコスはアルルカの軍隊に交わらず、身を翻す。

 向かうのは選択肢から除外していたジャイアント。

 全員で功績をあげるよりもひとりで手柄を取りたい、と考えるのがクライスコスだった。

 もっとも、そっちにですら出番はない、とは今のクライスコスには知りようもなかった。

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