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tenth  作者: 大友 鎬
第9章(前) さりとて世界は変わりゆく
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千匹


 33


 ジェックスは二百人をも超える冒険者の指揮は無理だと素直にそう感じた。

 とはいえ、ニヒードが十人限定としたことで二百人のなかで十人程度で徒党を組まれていて一先ずは安心する。二百人を統率できる冒険者なんてそうそういない。

 自分がしろと言われるのではと内心ひやひやしていた。

 それに極秘依頼を知らない以上、命令すれば変に疑われる。むしろ彼らに紛れて本来の依頼を遂行したほうがいいとジェックスは考えていた。

 道中、ディエンナとハート兄弟に方針を告げる。ディエンナは不服そうだが一応納得しハート兄弟は常に無言。詠唱はきちんとするから何を思って喋ってくれないのかジェックスには分からない。魔法だけを唱える人形のような気がして気味が悪いのが本音だが、変な行動をしないぶん、扱いやすいので文句も言えない。ため息と気苦労だけが増えていく。

「数時間前に飛び去った飛行艇がまた大草原に戻ってきた」

 二百人の冒険者のひとり、集配員のラクトが全員に告げる。

「標的が逃げたかと思ったが実際のところどうなんだ?」

「【超遠視】で確認したが最初から標的のふたりは逃げ去る予定もない。飛行艇に乗り込んだのは貴族と道化師ぐらいだ」

「じゃあそいつらを逃がしたって線が濃厚だな」

「人質に取られるのを回避したとみるのが妥当か。相手は[十本指]とか呼ばれてる世間知らずだ。向かいうつつもりだろう」

「でもこれだけの人数がいれば触るのは簡単。触った後は逃げればいい。なあに簡単な遊戯だ」

「だな」

 ランク6の冒険者ダイエタリーの言葉に同じくランク6の冒険者ヴィーガンが頷く。

 ダイエタリーもヴィーガンも封印の肉林脱出後に[十本指]の存在を知ったくちだ。自分たちがいない間にランク5が実力者として台頭していることを知り、何人ものランク5を倒してきた実力者だった。

 レシュリーたちのことも所詮ランク5、たかが知れていると腕試しのつもりでこの作戦に参加していた。

 もちろん賭博のような面白みがある課金籤にもハマっているので報酬も貰うつもりだった。

 やがて大草原の入り口に到着する。

「待て。なんか変だぞ」

 異変に気付いたのはダイエタリーだった。

「こっちに何か近づいてきてる」

 けれどそれがなんだか分からない。

「魔物の群れです」

 【超遠視】してラクトが叫ぶ。

「どういうことだ?」

「分かりませんよ。けど魔物がこっちに向かってきてます」

「ほんとだ。俺も確認。でもすげー数だぞ」

「ちょっとどうするんですか?」

「どうもこうも標的はこの先だが魔物が狩場よりも多い。逃げるしか……」

 言いかけた瞬間、魔物たちが殺気立って冒険者へと標的に定める。

「ちぃ、これじゃ逃げるにも逃げられない」

「後ろにはまだ何が起こったか分からないやつもいるし、引き返したら混乱するだけだ」

「ラクト、後ろに事情を伝えろ。俺たちは倒すしかねぇ!」

 ラクトは言葉を受けて後ろへと前の様子を伝える。後方に潜んでいたジェックスもそれを聞いて困惑する。

「何が起こってるんだ?」

「でもこれを機に一気にいけるんじゃなーのな?」

「いやそれじゃだめだ、四人じゃ太刀打ちできない……それがあっちの狙い? でもどうやって魔物をこんなに……?」

 ジェックスにはその種も仕掛けも分からなかった。

 魔物の群れの襲来に周りの冒険者が立ち向かっていく。


 ***


 例えば町中に火が放たれ火事になったとする。

 そうなったとき、人々はおそらく安全なほうへと向かっていく。

 僕が大草原の魔物に対して行ったことはつまりはそういうことだった。

 それは大草原でしかできない大胆ともいえる作戦。

 大草原にはアイトムハーレの結界が貼ってある。この結界はブラジルの生命維持を保つために作られたわけではない。

 ブラジルが大草原内で毒素を使用したとしてもその毒素が大草原から出ないようにする用途もあった。簡単に言えば結界の外に毒素は零れださないような仕組みになっていた。

 その結界は目には見えないが上限がある半球のような形ではなく、上面のない円柱のような形で作られていると推測。

 飛行艇を呼び出した僕はグラウス、マリア、タブフプにヴォンを乗せる。

 ヴォンはともかく戦闘力が低いのでむしろ邪魔になると判断した。ヴォンは連絡要員というか客員のようなものなので無理をさせるわけにはいかない。それでもこの仕事は人数が必要なので手伝ってもらうことにした。

 グラウスやマリアンはもちろん渋ったけれどアリーがにらみを効かせたらすぐに言うことを聞いた。

「これは便利ですね」とはルクスの談。

 それはともかく僕が四人にやってもらったことは単純。

 まずはとある道具の買い付け。この辺は唯一の冒険者であるヴォンにしてもらい、大量になったその道具は九九個まではヴォンが【収納】。残りはジェニファーが持つことになった。

 そうして積まれた山積みの道具毒煙玉。数万個は買ってもらったはずだ。

 【毒霧球】によく似たその玉は害虫駆除にも用いられ、強化動物に分類される虫などには効果覿面だったりもする。

 そうして買い込んだ毒煙玉を積み込んで飛行艇は再び大草原の上空へと戻ってくる。

「なんとか間に合ったみたいだね」

 偵察に行ってくれたシッタからの報告ではあと数十分もあれば大草原の入口へと到着するらしい。

 大草原の入口はふたつ。西側にあるフレージュ側の入口か南側にあるマンズソウル側の入口。

 レスティアからの出発なら西側から来ると推測していたけれどそれは的中した。

 大量の冒険者たちは列をなしてフレージュ側の入口へと大挙しようとしていた。

 大草原を囲うアト山脈を越えてきたらどうしようと思ったけれど、険しいアト山脈を越えて疲弊するのを恐れたのかもしれない。

 僕たちは遊牧民の村に断りを入れて作戦を実行する。

 僕が合図するように遊牧民の村の周囲に【毒霧球】を展開。完全に囲う前に村から脱出して僕たちがいるシラスト台地側へと退避。

 次に僕たちが待ち構えると決めた場所の周囲に【毒霧球】を展開。その間にシラスト台地と大草原の境界線を毒煙玉で遮断。そちらへ逃げれないようにする。結界の効果でシラスト台地へははみ出ないことも再確認。

 近くにいた魔物たちが毒を恐れ逃げ出していく。それを追いかけるようにシラスト台地側から徐々にフレージュへ向かうように毒煙玉を落としていく。

 地面に落ちた毒煙玉は紫の煙をもくもくと広げていく。意外と広がりが大きい。

 グラウスたちが隙間なく毒煙玉へと落下させていく。単純作業で飽きたとか言いそうだけれど、地上からアリーが睨みを効かせていると分かっているだろうし、それに魔物たちが毒を恐れて逃げていく様が面白いのだろう。

「うわー、ゴミのような魔物たちが逃げてくよー!」

 サボらず投げてくれているようだった。あとはもうグラウスたち頼みだ。

 風がほとんど吹いていないことも幸運だった。もとより大草原は風が少ないことは知っていたけれど凪いだように、心地良いそよ風すら吹いていなかった。

 作戦日和が功を奏したこともあって毒を恐れた魔物たちは次々とフレージュ側の入口へと向かっていく。

 遊牧民の村に入らないように最初に【毒霧球】を投げたけれど効力は長続きしない。

 シラスト大地の境界線あたりの毒煙の効力が切れたのがその証拠。近辺の魔物はフレージュ側に追いやられてもういないから大丈夫だけれど逃亡する魔物たちの進路上にある遊牧民の村は違う。

 僕が残ろうとしたけれどさすがにそれは怒られた。代わりにモココルが立候補してくれる。【毒霧球】は攻撃に分類される投球技能だから狩士も扱えるのだ。

 モッコスも遊牧民の村に待機。毒を恐れているとはいえ、万が一そこを越えてこないとは限らない。

 そうやって入口側へと追いやった魔物たちはアリーたちを狙う冒険者たちと鉢合わせする。

 それ以上は追いやらず、けれど退けないように一定の場所に毒煙は散布し続ける。

 飛行艇のヴォンから【念談話】で作戦の成功が伝えられる。【念談話】は【電波】より秘匿性がないけれど、おそらく盗聴される可能性は少ないと判断した。

 向こうは二百人あまりの冒険者。対するは千を超える魔物。冒険者側が全滅ということはないと思うけれどかなりの数が減るに違いない。

 ついでに言えば魔物たちの数を減らしておくことでディエゴとの戦闘の際に魔物に邪魔をされる可能性も極力減らすことができた。

「ああん? どういう状況だァ? 面白いことになってんじゃねェかァ!」

 二百人が混乱しながらも魔物たちと戦闘を始めるなか、ディエゴが現れたと報告が入る。

 ここからが本番だった。

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