聖剣
30
聖剣士ユラディー・マンセルは襲撃してきた冒険者たちを見定めるように睨みつけた。
どいつもこいつも弱そうだと笑う。ランク5に成りたてのユラディーだが今までの試練は全て一発で合格してきた。もちろん、合間に十分な経験値稼ぎは行ったけれど、それは誰もが当たり前に行うこと。
自慢になんてならない。試練のために努力した、勉強したなんてのは口が裂けても言うものではない。それすらも当たり前のこと。差はあれど誰しもがそのために努力を続けている。
それでもユラディーは試練に一発で通ってきたがために、誰よりも努力を、それも途方もない努力をしたと自負していた。
そんな自分が、襲撃してきた冒険者に負けるはずがない。
野盗のような襤褸切れで身を身を隠す彼らの目的は自分の武器だろう。
聖剣〔届かぬ天才ラッテ〕。
周囲に天才と言わしめた旧二本指ラッテが宿った剣。刀身は銀というよりも白く、光が反射して輝いているようにも見えた。
ユラディーはラッテを尊敬していた。ラッテは〈天才〉という才覚を持っていない。
持っていないにも関わらず努力だけでラッテは天才だと周囲に思わせるほどの力があった。
ユラディーも才覚はないと自覚していた。
そんな自分がここまでこれたのはラッテを尊敬し努力を止めなかったから。努力する努力を続けたから。
試練を乗り越えるためだけの一時しのぎ、その場しのぎのレベルアップではなく、その後、その先を見据えて努力を継続し続けた。それができたからこそユラディーはここにいる。同期の仲間が死んでいくなか、ここにいるのだ。
そして尊敬するラッテとともにこれから先も冒険を続ける。弛まぬ努力で先に進む。
そんな覚悟があるユラディーが目の前の野盗、冒険者くずれに負けるはずもない。
聖剣技【刻下聖晶】によって癒術【守鎧】と同様の効果が発動。ユラディーの体を光が包み込む。同時に闘気を帯びた聖剣を振りかざす。
弓士であるジェックスは避けるしかない。豪華客船の任務で合流した冒険者の女がどこかへ消えた以上、身体を張れるのはジェックスしかいない。
ハート兄弟は殺されてはいないが倒されていた。そもそもジェックスたちは近距離での戦闘に慣れてない。
震える体を抑え込みジェックスは転がるように回避。回避ついでに強弓〔振りかざすヤァヤアヤー〕で矢を放つ。
態勢は悪いが狙撃技能【命中精度向上】によって精度は高い。
ユラディーの体へと飛んでいった矢は、だがしかしユラディーに容易に弾かれた。
回避したことでわずかに開いたはずの距離もすぐさまユラディーは詰めて、肉薄。ジェックスは振り上げられた剣を強弓で受け止め、払う。振動で手が震え、強弓が軋む。一撃食らえば痛手だが、強弓が折れても痛手。修理するにしろ、買い替えるにしろ、号泣してしまうほどの出費はジェックスにとっては勘弁だった。
ユラディーは強弓を何も持っていない左手でそのまま持ち上げて突き。
ジェックスが掴まれた弓ごと振り回してユラディーの態勢を崩す。ユラディーが倒れたところで三歩下がって矢を構え、弓を引く。
ユラディーが立ち上がるよりも早く、狙いを定める。矢を放てば必中の一撃となり得た。
がユラディーもそうなるだろうと想定していた。判断は一瞬。
弾く、避けるのではなく、そのまま立ち上がる。
ユラディーにはまだ【守鎧】が展開している。ジェックスの一撃を耐えられると判断。
避けることも選択肢に入れていたジェックスに迷い。何を企んでいるのか読めずに迷う。
その迷いがわずかの差。
ユラディーが前進。それにビビりジェックスは矢を放つ。狙いも何もない。
心臓から逸れ、左肩に矢が刺さる。
ユラディーはとっくに剣を振り上げて、頭の上で構えていた。
ジェックスは死を覚悟する。決死で弓を構え、矢を引き絞る。
これが当たれば、とは思わない。これを当てる、と信じて弦を引き離す。
「なっ!」
驚きとともにユラディーが爆ぜた。必死すぎて何が起こったのか分からない。
一瞬で絶命したユラディーもほぼ把握できていなかった。ただ、横合いからゴブリンが飛び込んできたこと以外は。
それはただのゴブリンではなかった。ユラディーが注意深く見ていれば気づけたかもしれない。
けれどユラディーはどうせ隠れていた魔物使士が苦し紛れにゴブリンを放ったのだろうと判断して恐れるるに足らないと結論を出した。
それが罠だとも気づかずに。
よくよく観察すればゴブリンの腹が爆弾に変えられていることに気づけたはずだった。
それでも順風満帆な人生、手応えのない襲撃者にどこか油断していた。
その油断がユラディーの積み重ねてきた努力を奪った。
抱きついたゴブリン、いやゴブリン爆弾が爆発し、ユラディーの腹から下が爆散。体内のありとあらゆる臓器が血とともに流れ出し、振り上げていた聖剣が血の沼で穢されていく。
ジェックスに安堵の息。死なないで済んだという安堵の息。
腰が砕け、下半身が緩む。血の池に侵食するように金色の湖が広がっていき、混ざる。
プライドなんてどうでも良かった。なんとか今回も助かった。ただそれだけに安堵する。
ランク的には自分が勝っているはずなのに、後輩にあたる冒険者たちはランクも関係なしに強すぎる。
「大丈夫だったのーな」
豪華客船で合流した後いなくなったディエンナがゆっくりと歩いてくる。
「ゴブちゃんは役に立ったのーな?」
「どういう……」
ディエンナの問いかけの意味に眼前の光景を見てジェックスは気づく。
目の前にはユラディーとゴブリンの死骸があった。
「まさかゴブリンはお前の……」
「そう。わーが調教したやつなのーな」
「でもゴブリンは自爆なんてしない……」
「当たり前なのーな。わーが偶然調教したゴブリンが改造されていたんだから」
嘘臭い言葉、というよりも嘘なのだがジェックスには判断できない。
彼女が改造屋であるという証拠がない。改造屋なら賞金首になっているはずだが、ディエンナが行方をくらました後に密かにジェックスは素性を確認したがそういうこともなかった。
改造された魔物を持つことは違法ではないがグレーゾーン。何せ、その魔物を使役する冒険者が改造したのかそうではないのか判断できないからだ。
つまるところ、ディエンナがすでに改造されていたと主張するのならば、それを信じるほかない。ディエンナが実際に改造を行っているとしても、ジェックスはその様子を見たことがないのだから。
もっとも普通なら改造された魔物だと知れば忌避し、野に放つか退治する。
それをしないということはディエンナはまともな倫理感を持っていない冒険者という証明でもあった。
けれどそのまともではない倫理観に救われたもの事実だった。
「……礼は言うよ。ありがとう」
礼をではなく礼“は”言うと言ったジェックスはその一語に不服さを込めた。
「どういたしましてなのーな」
一方のディエンナはジェックスの不服さなんてどうでもいいような素振りでテキトーに言葉を返し、忘れていたとばかりに【収納】を発動。
「そんなことよりも、これ回収しといたのーな」
「どうしてそれを……?」
それは豪華客船に続き間に合わなかった武器のひとつ。剛槍〔正義のユーゴック〕だった。
「知り合いを頼ったのーな」
「では、この武器の持ち主は……」
「死んでないけど、追いかけてこないからだいじょーぶ。所有権はなくなるのーな」
死んでなかったから、ただ奪っただけなら追ってくるのではないか。
ジェックスはそんなことを思ったが口には出さない。ディエンナを信用していいものか疑わしいが助けられた手前、一応は信じておく。
「これでようやく七本」
実は黒真珠の胡桃樹杖〔双黒導ポポン〕と白真珠の胡桃樹杖〔双白導パパン〕、円盤柄短剣〔狂気のブラギオ〕は極秘依頼の前にニヒードが課金籤の目玉にしようと購入していた。
それに合わせて、先日ジェックスが豪華客船の失敗を取り戻すべく手に入れた鬼鞭〔歪愛のキムナル〕に、ディエンナの持ってきた剛槍〔正義のユーゴック〕。
今手に入れた聖剣〔届かぬ天才ラッテ〕と〈氷質〉グロージズが持っていた屠竜剣〔竜殺しソレイル〕で七本。
「残りは三本か……」
所在が分かっているのは狩猟用刀剣〔自死する最強ディオレス〕と不銹鋼杖〔悲恋のヴィクトーリア〕。
それに未だ所在が分からないブラッジーニ・ガルベーの武器。ネイレス・ルクドーが持っているはずだとニヒードは言っていたが真偽は分からない。
それははともかく、狩猟用刀剣〔自死する最強ディオレス〕を持つアリテイシア・マーティンにランク的には勝っていても勝てる気がしない、とジェックスはため息。ネイレスがブラッジーニの武器を持っているとしたら、彼女だって強敵だ。
それでも依頼を受ける前はどことなくいける気がしていた。なのに格下であるはずの冒険者に苦戦していた。ランク6なのに自分が意外と弱かったことを痛感してため息が出る。
それでも死ぬ気でやるだけだ。自分の頬を自分で叩いて覚悟を決める。依頼を受けた以上、引き下がれない。
成功するか死ぬか、だ。放り出して逃げ出して惨めに生きるのはジェックスとしても避けたかった。
「行くぞ!」
ニヒードに報告した後、ハート兄弟を起こして、なぜか飛んできた蝶ちょを追いかけていたディエンナを怒鳴る。
すぐにニヒードから連絡が来るだろう。次は誰なのか。
ため息が出る。
迫り来る不安にも、まるで託児所のように世話を焼かなければならない仲間にも。




