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tenth  作者: 大友 鎬
第9章(前) さりとて世界は変わりゆく
360/874

基地

29


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ」

 悲鳴が木霊した。

 室内は薄暗く、簡素な木製の寝台が並ぶ。

 寝台に寝そべる老若男女は問わず拘束され、痛みに耐えきれず絶叫していた。

 そこは廃墟を改造し、地下へまで延びた悪の秘密組織ジョーカーの秘密基地だった。

 ドゥドドゥドゥに連れられてやってきたユシヤも、自ら足を運んできたレッドガンも例外ではない。

 ジョーカーは復讐したい人間を誑かし否応なしに改造する。

 返事を保留にしているユシヤもここに来た時点でもはや改造されるのは確定だった。

 返事を保留にしようが何にしようが、改造後の高揚感、強くなった実感に、その前のことはどうでもよくなる。そういうものだ。

「やめろやめろやめろやめろやめろ」

「いやだいやだいやだいやだ」

 悲鳴が止むことはない。改造は痛みが伴う。部位にもよるがそこを切り刻み、抉り、解体し、時にはかき混ぜ、そこに魔物や人工物を得体のしれない薬品でくっつけていく。

 適合するまでは時間がかかる。それまでは苦痛、激痛と常に同伴。胃の中に魔物が入っている感覚、血の中に細長い針が循環している感覚。それがずっと続く。いつまでも続いていく。適合しない可能性だってある。向き不向きがどうしても存在していた。食わず嫌いというものが存在するがそれに似ている。適合しないものは、それを見た時から妙な嫌悪感があり、仮に適合した場合、成功しない確率のほうが高かった。

 ジョーカーの改造屋はそこらへんも良く分かっており、客の要望にはできる限り応えるが、客のそういう感覚に敏感だった。

 もちろん、今なお続く悲鳴が証明しているように適合したからと言って苦痛を伴わないわけではないのだ。

「ふざけるなふざけるな、こんなの聞いてないぞ。あとでぶっ殺してやる」

 飛び交う罵詈雑言は改造がそういう痛みを伴うものだと知らず改造者になる冒険者のもの。改造が容易くできるはずもないのに、簡単に強くなれるはずもないのに、それに伴う痛みを想像できなかった、そんな恨みが言葉を汚く吐き出される。

 もちろん、DLCを使えば改造は痛みなく容易くできるし、改造屋の中には痛みを伴わない改造ができるものもいる。

 ジョーカーの改造屋が未熟というわけではない。ジョーカーは痛みと引き換えに成功率を高めている。だから組織としての改造屋が成り立つ。

 痛みの先に強さが待っている。信条というわけではないがそれがジョーカーの組織としての方針だった。

 先ほどまで痛みに罵詈を飛ばし、悲鳴を上げていた冒険者の改造が終わる。あと数分で適合が終わり、改造者としての一歩が始まる。

 その冒険者は痛みが緩やかになるにつれて顔を和らげる。まるで性行為の後の賢者状態のように冷静になって、さっきまで怒っていたのがなんだったのかというぐらい落ち着きを取り戻す。

 痛みが完全に遠のき、やがて実感する。

「分かる。これが俺の力か……」

 改造によって得た力。肥大した右腕に生えるのは螺旋巻く三角錐。回転螺子(ドリル)

 体内にある魔力に反応して超高速回転する。

「これで妻を奪ったあいつに復讐できる。ばっらばらのミンチにできる。跡形もなく粉々にできる。俺ではなくあいつを選んだ妻すらも殺せる」

 歪んだ感情を露にしながら基地を後にする男と入れ替わるようにひとりの女が入ってくる。

「まーた、ただで改造してあげたのーな」

 女は間延びした声でドゥドドゥドゥに呆れた。

 ジョーカーでは基本的に改造を無料で行っていた。その代わり、復讐者の復讐後の人生になんら責任を持たない。

 責任を持たないのは大いに賛成だが、無料で改造をするのを女はあまり良しとしていない。

「おやおーや、これはこーれは、ディエンナではあーりませんか。確か大金が入ったので遊ーんで暮らすとか言ってませーんでーしたか?」

「遊びは終わりなのーな。お金もうなくなったし。今は極秘依頼の実行中なのーな」

「おやおーや、だーとしたらこんなところで油売ってる必要あーるのでーすか?」

「本当なら寄るつもりもなかったのーな。でもドゥさんってばわーが標的にしてる女連れ帰るんだから、わーがここに来るしかないのーな?」

「あーなたが標的としている女? はてさて? 最近ですとユシヤさんでしょーか?」

 そう言ってドゥドドゥドゥは拘束されながらも未だ眠るユシヤの傍へと移動する。

「そうそう。この女なのーな。まあ女が標的というか武器が欲しいのーな」

「武器でーすか。【収納】する前に一応回収はしていまーすね。見たところ、業物でーすから改造してくっつけようと思っていたんでーすよおおお」

「じゃあそれちょうだい」

「ノオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 大きくばってんを腕で示して、小憎たらしくドゥドドゥドゥは叫ぶ。

「意地悪なのーな」

「突然帰ってきてそれはなーいですよ」

「じゃ、その女、殺そうっと」

 ディエンナはさらりとそう言った。

「所有権はまだその女なのーな。だったら殺せば闇市に流れる。そもそもそれが目的だし」

 さらりと極秘依頼の内容を喋ったようにも見えるが、ジョーカーの秘密基地での会話をニヒードが盗聴できるわけもない。それに闇市に流すことはただの手段で、依頼主が回収することが目的だからそれを知られなければ問題はない。

 ディエンナは気にも留めなかった。

「ちょ、ちょっとー。それはいけませーん。分かりました分かりまーした。あなたは本当にやりかねませんからね。お渡ししまーすよ」

 ドゥドドゥドゥは観念して剛槍〔正義のユーゴック〕を手渡す。ユシヤという素材を失うほうが怖い。

 剛槍の所有権はまだユシヤだが一定時間、ユシヤの手を離れれば所有権は失われる。そうすれば商人が売ることも可能だ。

 ユシヤの今の状態を見るに所有権の失効には十分の時間があると見れた。

「分かればいいんのーな。あ、それと新しい改造教えてーな。次の標的は強そうなのーな」

 剛槍〔正義のユーゴック〕を受け取ったディエンナはさらに要求する。要求ついでに分厚い封筒を手渡した。

「仕方ありまーせんね」

 強欲上等なディエンナにドゥドドゥドゥは呆れるがそれでも断りはせず笑顔を見せる。

 気まぐれで拾って改造屋に仕立てたのがディエンナはよっぽど嬉しかったのか、ディエンナは秘密基地に帰るたびに何も言わずに資金提供をしていく。大体が依頼によって稼いだお金だ。

 ディエンナは遊びで散財することも多いが、実家に仕送りをするがごとく、きちんと一定額はジョーカーへと資金を提供する。

 それもジョーカーにとっては大事な資金源。資金提供があるのならドゥドドゥドゥも嫌な顔はしない。

「最近、ちょーうど良い素材が手に入りまーしたので、その素材の改造つーいでにあーなたの知りたーい改造方法もお教えしーますよ」

 ドゥドドゥドゥは現在進行形で改造を繰り返す男のもとへと移動する。

 男もまた寝台に拘束されているが、悲鳴を上げることもなく、歯を食いしばって耐えていた。自分の誇りが悲鳴を上げることを許せないのだろう。

「この人、見覚えあるよ。確か対立してた人なのーな。ようやく観念したの?」

 少しだけ声を細めて、

「確かこの人を手に入れるために小競り合いしてたーな? 仲間を殺しちゃったのーな?」 

「どーうやら何ー者かが彼の仲間を殺ーしたみーたいなのでーす。だから彼からやーってきたのでーすよ」

 ドゥドドゥドゥは嗤う。にんまりと。

 それはドゥドドゥドゥにとっては好都合だった。

 目の前の素材とドゥドドゥドゥは対立していた。それはドゥドドゥドゥがその素材に魅力を感じたのがそもそもの始まり。同時に今までの改造してきた人間のようにどことなく危うさを持っていると感じたのも要因だろうか。

 何かがきっかけで彼は復讐に走る。ドゥドドゥドゥはそう判断して、その素材と仲間たちへと小競り合いを始めた。悪の改造組織を名乗れば、正義感を持つその素材は容易く乗ってくれると思っていたからだ。

 表向きはろくな戦力を持たないドゥドドゥドゥだが、ディエンナや他にも数人、ジョーカーとは無関係を装って改造を行う改造屋がいる。彼女らは裏向きにはジョーカーの一員。

 最終的には彼女らをけしかけて仲間を殺させ、素材が復讐したがるのを待った。ドゥドドゥドゥのもとへ来るのを待った。 

 だからその素材がドゥドドゥドゥのもとへいきなりやってきたのは、正直拍子抜けした。

 けれど、ここへ来た経緯どうだっていい。

「復讐のたーめに」

 理由がそうであれば、そしてドゥドドゥドゥが改造できればそれでいい。

 さーて、始めまーすよ、とドゥドドゥドゥは素材(レッドガン)へと手を伸ばす。新たな改造を施すために。

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