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tenth  作者: 大友 鎬
第4章 見捨てられる想い
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儚夢

 12.


「ボサッとすんな。さっさと行くぞ」

 ディオレスが言った。

「今日は、あんたのお友達と修行すんでしょ」

 僕の横に寄り添うアリーが呆れていた。

「三人ともなかなかの強者というでござるからな。手合わせが楽しみでござる」

「それに俺と同ランクの狩士もいるらしい。リレリネとか言ったか?」

 久しぶりの手合わせにディオレスが楽しげな表情を浮かべる。

「あの~、ここがディオレスさんのアジトですか?」

 そこにリアンたちがやってくる。

「まさか、あのディオレスさんと手合わせできるなんてな」

 アネクのはしゃぐ声に

「少しは落ち着け」

 とアルが言うが、アルもどことなく落ち着きがなかった。

「今日はお手柔らかに頼むよ」

 リレリネが言って、









 視界がぼやける。


 それは僕が抱いた淡い夢だった。

 水泡のようにブクブクと景色は消えていき――


 *** 


 僕は勢い良く飛び起き、

「痛----------っ!」

 僕を覗き込んでいたらしいリアンに衝突した。

「ご、ごめん」

「こちらこそ、すいません」

 謝りながら見やるとリアンは看護制服(ナース・ユニ)と呼ばれる癒術会の純白の衣に身を包んでいた。その制服の左の胸元で赤いラインが交差し、赤い十字架が描かれている。太ももまでの超長靴下(ロングソックス)短裾丈(ショートパンツ)と白い踵高靴(ハイヒール)。頭上にはアイトムハーレの紋章が象られた看護帽を被っている。

 思わず言葉を失うほどに似合っていた。

 しばらくして周囲を見渡した僕は言う。

「ここは癒術会?」

「はい。私がお手伝いしているユグドラ・シィルの癒術会です」

「僕は何日眠っていた? さすがに数時間なんてこと、ないよね?」

 僕が意識を失っていたことなどとうに理解していた。

「三日です」

「僕は危ない状態だった?」

「深刻な状態だったそうです。癒術会は信頼できるところに行けって教えがあるんですけど……私はその教え通りに、ここに運んだら怒られました。患者がこういう状態ならもっと近い癒術会に行けって……ごめんなさい」

「いやいやそれはいいよ。助けてもらったのは僕だ」

 涙を浮かべるリアンを責める理由なんてなかった。

「それより他のみんなは?」

「アリーさんとコジロウさんは、ここにはいません。ヒーローさんの意識がなくなったので慌てていて。連絡はアルがしてくれているはずです……」

「それは何から何までありがとう」

「それと……アネクとリレリネさんですけど……」

 僕が尋ねるのを躊躇っていたことをリアンは切り出した。

「ふたりは、どうなった?」

「セフィロトに名前が刻まれました……」

 それはつまり生き返らなかったということだ。

 ふと窓から外を見上げれば死者の名前を刻むセフィロトの樹が見えた。

 ユグドラ・シィルはセフィロトの樹の根元にできた街だとディオレスが言っていた気がする。

 その樹は命を弄び生き返らせようとした僕に、見せつけるように優雅に咲き誇っている。現在も死にゆく冒険者の名前を刻み、癒術に連動して光り輝いていた。

「ごめん」

 僕は呟いた。

「ヒーローさんは何も悪くないですよ……」

 リアンは言った。

 それでもリアンは涙を見せていた。今まで耐えていたのかもしれない。もうリレリネさんとアネクに会えないことが悲しいのだ。

 僕も泣いていた。しかしそれはリアンの涙とはおそらく違う。僕は僕が誰も救えなかったことに嘆き、泣いていた。


 ***


 武器を叩く音が工房から聞こえた。そこはユグドラ・シィルにある鍛冶屋のひとつだった。

「じじい、姉貴の名を刻む武器は俺が作るぜ」

 三日前、アクジロウは言った。アクジロウは人形の狂乱(ドールズカーニバル)で敗北し、アルたちに救出された男だった。リレリネの弟でもある。

 アクジロウは試練に失敗しても懲りずに冒険者を続けるつもりでいた。

 しかしリレリネの死で、あれだけ鍛錬を積んだ姉が駄目なら怠惰に過ごしていた自分が冒険者として上を目指せるわけがないと痛感し、途端に冒険者に固執していた自分を虚しく感じた。

 それでもアクジロウの心は何かをしたいと訴えていた。だから祖父バルバトス・ヘパイトスの扱きに対して誠実になった。バルバトスは武器匠だった。セフィロトに刻まれた死者の名を取り出し、武器に宿す。そして丹精込めて作り出したその武器は死者を悼むように別の冒険者に使われる。

 アクジロウは冒険者であったが同時に武器匠でもあった。基礎はいやいやながらも叩き込まれ、資格は取得していたのだ。今まで真面目に取り組めなかったが三日間の扱きと、怠惰ながらも数年間の鍛錬が功を奏したのか、不出来だが武器を打てるレベルまで達していた。

 アクジロウは打つ。姉の勇敢に戦う姿を思い出しながら。不出来な弟でごめんなさいと謝りながら。

 やがて、名前を刻むためのアクジロウの処女作が出来上がる。明朝から夜まで休まず打ち続けたかいもあってか、一日で完成していた。

 完成した武器を握り締め、セフィロトの樹の御許へと走りだす。そして武器を掲げ、姉の名前を宿す。炎のようにも見える波状剣〔擬音の使い手リレリネ〕の完成だった。窓から差す夕日に煌き、波状剣(フランベルジュ)は揺らめいたように見えた。

 姉貴は本当に死んだのだ、武器に刻まれた銘を見て、今まで零れなかった涙が雫となって地面に落ちた。


 ***


 バルバトス・ヘパイトスはβ時代の初期から生きていた。この時代に切り替わって起きた変動も知っているし、[十本指ザ・ゴールデンフィンガー]のほとんどと知り合いだった。

 ディオレス、お前はようやく逝けたのか。

 その顔はようやく死ねたディオレスを褒めているように見えた。

 アクジロウが武器を打つ工房とは違う、自分専用の工房に篭もり、バルバトスも武器を打つ。それもふたつ同時に。

 本来なら老体に負荷がかかるこの打ち方は避けていた。

 しかしこの方法でなければ名を刻みたいふたりの死者を誰かに取られてしまう可能性があった。

 この街の武器匠はバルバトスを敬愛しているので、横取りすることはないだろうが流れの武器匠は違う。問答無用で、自分の作りたいものを作り出す。

 当然のことながらディオレス死後、流れの武器匠はこの街に溢れている。強かった冒険者の名前を刻む武器を作るのは武器匠にとって名誉だからだ。

 しかし生半可な武器に名を宿そうとしたら、その武器は名の重みに耐えれず壊れてしまう。セフィロトにディオレスの名前が刻まれた直後から三日も使って打っているバルバトスにとってディオレスの名前を宿す準備は抜かりない。

 死んだら俺の武器作れよ、という遺言は守れそうだ。

 問題なのはもうひとり、アネクの名を刻む武器だった。

 アルに頼まれた以上、作るつもりだったが、こちらはディオレスの剣よりも先に誰かが作る可能性もあった。名前を覚えるのが得意で、誰にでも話しかけるアネクはこの街で人気があった。

 だからこそアネクの死を悼み、作りたがる武器匠もいるであろう。ディオレスの名を刻む武器を他の武器匠に遠慮してもらっている今、さらにアネクの名も作るなとは言えない。

 だからこその同時作成。老体に鞭を打ってでも作るつもりだった。どうせ死なないのだ。無理する時に無理すればいい。いつもならば止める孫のリレリネもいない。

 娘もその夫も死んでおり、身内といえばあとはアクジロウだけだった。無理をしていることを知れば、アクジロウも止めるかもしれないが、アクジロウはリレリネの名を刻む武器を作るのに精一杯で、バルバトスが無理をしているなんてことを知らない。

 そうしてふたつの武器が出来上がる。

 バルバトスがセフィロトに向かうと僥倖か、まだアネクの名前は刻まれたままだった。

 セフィロトから名を救い、武器に宿す。悼み、慈しみ、それは完成する。

 屠殺刀〔果敢なる親友アーネック〕。

 後でアルに渡してやらねばな、バルバトスはそう思い、その刀に合うように作った鞘に収めた。

 次はディオレスの名を宿す番だった。他の武器匠が遠慮してくれたおかげで、まだその名はセフィロトに残っている。

 バルバトスはディオレスとのやりとりを思い出し、そしてそっとその名を武器へと刻んだ。

 狩猟用刀剣〔自死する最強ディオレス〕。

 その名がきちんと武器に宿ると、弔いができてよかったとバルバトスは微笑んだ。

 死者を弔う儀式はこうして終了し、死者の人生は終幕を告げるとともに第二の人生を歩み出す。



『冒険者情報』―――――――――――――――――――――――――――

マスク・ザ・ヒーロー(レシュリー・ライヴ)

 LV265 薬剤士 〈双腕(デュアルグローブ)〉 ランク3

【取得技能】

 造型、速球、煙球、転移球、断熱球、火炎球、着火補助球、毒霧球、蜘蛛巣球、破裂球、治療球、回復球、蘇生球、合成、回転戻球、戻自在球、清浄球、擬態球

【装備】

 鷹嘴鎚〔白熱せしヴァーレンタイト〕、阿呆鳥の外套(アルバトロス・コート)阿呆鳥の羽飾りアルバトロス・クレスト阿呆鳥の防護腕具アルバトロス・プロテクション阿呆鳥の長靴アルバトロス・ロングブーツ、保護封〔マスク・ザ・ヒーロー〕


ディオレス・クライコス・アコンハイム(死亡)

 LV823 狩士 ランク5

【取得技能】

 収納、猫眼、探査、危機管理、擬態球

【装備】

 短弓〔とっておきのパン〕、鮫肌剣〔子守唄はギザギザバード〕、狩猟銃〔貯蓄のリリアン〕、狩猟銃〔散財のヴィアンカ〕、偽剣〔狩場始祖エクス〕、魔剣〔相即不離のシュリ〕、龍皮の服ドラゴンファー・クロス稀望(まれにのぞむ)〉、龍皮帽ドラゴンファー・キャップ稀望(まれにのぞむ)〉、龍皮手袋ドラゴンファー・グローブ稀望(まれにのぞむ)〉、龍皮靴ドラゴンファー・シューズ稀望(まれにのぞむ)〉、保護封


コジロウ・イサキ

 LV272  忍士 〈中性(キュバス)〉 ランク3

【取得技能】

 煙球、造型、磁力、影分身、迷彩、苦無、潜土竜、擬態球

【装備】

 忍者刀〔仇討ちムサシ〕、鳶帷子カイト・チェーンクロス(おさめ)〉、鳶の額当(カイト・ヘッドバンド)(おさめ)〉、鳶手袋(カイト・グローブ)(おさめ)〉、鳶足袋(カイト・ブーツ)(おさめ)〉、保護封


アリテイシア・マーティン

 LV260  放剣士 〈操作無効(スタンドアロン)〉 ランク3

【取得技能】

 技能向上、弱火、雷網、氷結、熱衣、強炎、炎冠、戦闘力強化、同身、突雷、風膨、模写、硬化、氷牙、氷長柱、超火炎弾、突神雷、炎轟車、猛毒酸、加速

【装備】

 魔充剣レヴァンティ、雉の外套(フェゼント・コート)改修(さらにおさめ)〉、雉の羽飾り(フェゼント・クレスト)改進(あらためてすすむ)〉、雉の防護腕具フェゼント・プロテクション改進(あらためてすすむ)〉、雉の長靴フェゼント・ロングブーツ改進(あらためてすすむ)〉、保護封


ヴィヴィネット・クラリスカット・アズナリ・ゴーウェン・ヴィスカット

 LV136 双魔士 ランク2

【取得技能】

 吸毒、防御壁、打蛇弾、蛾駕牙、怒狐鈍、蟻戯技、蛾檎冴厳、馬蛮伴、虚仮狐降、頭蛾頭餓

【装備】

 鉄杖〔慈悲深くレヴィーヂ〕、白樺の白衣ホワイト・バーチローブ(さびる)〉、紫陽花の手袋ハイドランジア・グローブ(さびる)〉、紫陽花の靴ハイドランジア・ブーツ(さびる)〉、首輪W100

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