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tenth  作者: 大友 鎬
第9章(前) さりとて世界は変わりゆく
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充魔


 28


「オイオォイイ! ここでそれかよォ!」

 ヂーヂロンダに起こった変化は魔剣化だった。

 魔剣化は感情の起伏が起こってからの死亡、つまりは後悔、未練の消失、あり得ないほどの満足感を得てから死ぬ、もしくは殺されたら起こる、とディエゴは推測していた。

 真実は分からない。エンドコンテンツにさえも載っていない情報。他にも固有技能の閃き方や、正しい改造の仕方、才覚の個数がいくつあるのか、などエンドコンテンツでも分からない情報は多々あるがそれはともかく、ディエゴにとっては想定外ので出来事であるのは事実だった。

 だがこれでジージロンダの後が追える。

 想定外ではあるが足取りを追えない今、好都合ではあった。なぜなら魔剣は使用してほしい相手へと向かっていく。ヂーヂロンダならば当然、ジージロンダに使用して欲しいと思うはずだ。

 そう思った矢先、誕生したばかりの魔剣が消える。

「オイオィイ、随分と遠くに居たってオチはなしだろォ」

 消えたヂーヂロンダは遠くにいるジージロンダのもとへと移動してしまったと、誕生した魔剣が消える=遠くに転移する、と推測しているディエゴは判断。

 だが実際は違う。所持してほしい人が近くにいるからそのまま移動する、遠くにいるから転移するというわけではない。

 魔剣化したヂーヂロンダは幾許かの想いを残している。

 ディエゴの狙いがジージロンダであり、近づけてはならないという残留思念にも似た想いが、追跡させまいと自身を転移させていた。

 ディエゴの標的――ジージロンダは存外近く、アデス川にほど近い集落に身を潜めていた。

 その集落は雷牙団が略奪のために教会の神父を殺して集落の人々を解放してからはわりと友好的な集落だった。たまに略奪はするが、根はいい奴らだという認識が数年をかけて浸透してきている。

 ジージロンダは刺青こそしていないが、ヂーヂロンダと瓜二つのため、帽子を常に目深にかぶり、顔を極力見られないようにしていた。余計なトラブルを避けるためだ。

 そんなジージロンダの前に赤黒く光る粒子のようなものが出現。

 やがてそれは形をづくり、ヂーヂロンダの持っていたライガーライガーに似た、魔充剣となった。

 恐る恐る宙に浮かぶその魔充剣を握る。

「そうか――これは兄さんでありやがるんだね」

 ジージロンダは触れた途端、この剣の使い方と、この剣が兄であること――魔充魔剣ヂーヂロンダであることを知る。

 魔道士であるジージロンダに魔充剣は本来なら使えない。

 使えないのだが、剣の使い方、つまりはこの剣の特徴を理解したジージロンダは思わずこう呟く。

「この剣は、兄さんはすごすぎでやがるよ」

 兄の死を嘆くよりも、ジージロンダは兄の偉大さ、死してなお自分を心配してくれる優しさに感動して泣いた。

 そうして立ち上がる。奮い立つ。歩き出す。

 魔充魔剣を握り締め、(てき)を倒すべく。(かたき)ではない。

 恨むつもりはなかった。冒険者である以上いつかは死ぬ覚悟はしている。でも、ただ、自分たちに向かってきた冒険者を倒す義務はあると思っている。

 それでも怒りはあった。復讐というのなら、そうなのかもしれなかった。

「折角の兄貴の頑張りを無駄にしていいンかよォ?」

 捜索を諦め、次の獲物を狙おうとしていたディエゴのもとにジージロンダは現れる。ディエゴにとっては予想外の幸運。

「なんとでも言いやがってください。ヂー兄がここまで頑張りやがったんだ。今までの僕ならきっと逃げやがってた。でもこれはヂー兄が作ってくれやがりやがった変われる機会なんだ」

「俺を倒して今までの自分から変わる、ねェ~。どの口が言ってやがる!」

「この口が言ってやがるんだよ!!」

 ヴァァアシィイイイイと巨大な火花を散らすように魔充魔剣に魔法が宿る。

「オイオィイ!! てめェは魔道士だろォ? 転職装置を使ったわけでも改造したわけでもねェ……つーことはやっぱり魔剣の力かァ?」

「その通り。これがヂー兄の力だ!」

「面倒臭ェな」

 魔充魔剣は魔法剣士系ではない職業が使用しても魔法剣を使用することができた。もちろん魔法や癒術を宿せる職業限定だが。

 そのメリットは何か。

 魔法士系は複合職の双剣魔士が使用する魔法剣なら攻撃階級6、上級職の双剣双魔師が使用する魔法剣なら攻撃階級10まで宿すことが可能だが、援護階級の魔法をそのふたつの職業は宿すことはできない。

 援護階級をも宿せる魔法剣士系職業だと魔聖剣士の上級職、万能師の援護階級7が最大となる。

 対してジージロンダは魔道士、複合職でありながら攻撃階級は10、援護階級は8まで宿すことが可能となるのだ。

 デメリットは魔法士系は剣の扱いが巧くなく、巧く使えるかどうか分からないことだが、魔道士ならば例外。元々剣も扱えるため、デメリットはないといえた。

 魔道士であるジージロンダにもそれは当てはまる。

 最高の相性。

 宿した魔法は【慧狼雷奔エレクトリスク・ストート】。雷属性攻撃階級10。

 ジージロンダの才覚〈雷質〉の恩恵を十全に受けて、雷の牙は巨大に鋭く長く生え変わる。

「行きやがるよ。ヂー兄」

 応よッ、と聞こえたのは幻聴なんかじゃないだろう。

 その牙を数m(メーチェル)は離れたディエゴへと振り下ろす。

 雷を纏った光速の振り下ろし。一瞬でディエゴの居た場所へと到達。

 途中にあった血染めのアデス川の水を蒸発させ、川原を焼き焦がした。

 ディエゴの姿はない。

「でかいほうが避けやすいィンだよ!」 

 目の前にいた。【慧狼雷奔】の魔法剣の絶大な威力を目にしてもディエゴは怯みも臆しもしない。

 手早く黒金石の樹杖〔低く唸るジーガゼーゼ〕を振るう。当然、【直襲撃々】を発動していた。

 ぎぃヴぃん、と鈍い音。黒金石の樹杖が大きく逸れる。

 防いだのはジージロンダ、ではなかった。

「【新月流・居待の捌】か。ハハハ、誰がそんなもの使ってンのかと思ったら、懐かしい顔だなァ、ア~ルベルトォ!」

 ジージロンダとディエゴの間に割って入ったのはアルだった。

「行方不明になってから随分と経ちましたからとっくに死んだと思ってましたよ?」

「厭味はよせ。死ンだらセフィロトに刻まれる。刻まれてないってことは行方知らずでも生きてるってことだ」

「なら今までどこにいたんですか? その様子じゃ異端の島ってわけでもなさそうですね?」

「ンなもの、どうだっていいンだよォ。つゥかお前には言っても聞き取れない場所だ」

 エンドコンテンツの存在自体はランク7になっていないと認識できない。

 今ここでアルにエンドコンテンツという名称を言ったところでそれをアル自身が何かを言っている程度にしか聞こえない。正確に聞き取れない。だから言う意味すらない。

「あなたの目的はなんなんですか? なんで冒険者を殺して回ってるんです?」

「冒険者って括りだと語弊があるンだが……ああ、分かった。つまり詳しい情報を手に入れずに、殺し回ってるやつが俺にそっくりだから、もしかしたら、と確認にしに来た感じかァ?」

「その通りです」

「で俺が殺し回ってたらどうなンだ? 言っとくが理由は話さねェぞ」

「止めるだけです」

「ひとりで、かァ?」

「いえ。リアンも一緒です」

 距離をかなり置いて後方にリアンの姿があった。

「はは、リアネットも冒険者かよ。堕ちたなあ、王族も」

「力をつけなければ利用されるだけですから」

「ま、そうだな。王制が滅ンだなら、それが妥当。大方、正妻の判断だろ?」

 正妻という言い方が癪に障りはしたもののアルは頷く。

「ま、滅ンでいようがいまいがレッサーの烙印を押された俺には関係ねェー。それよか、邪魔するなら分かってンだろうなァ?」

「はい。でも戦うだけが止める方法ではないです」

 それだけでディエゴも気づく。同時にリアンが魔法を展開した。

 【地盤沈下(ランドコラプス)】。ディエゴの真下の地盤が沈下し、周囲の土がなだれ込んでいく。

「今は逃げましょう」

 アルの提案にジージロンダは多少躊躇ったが僅かな戦闘で自分とディエゴの差を感じてしまっていた。勝つのならば差を埋める何かが必要だと理解していた。

 大人しく頷いてアルの後に続いていく。

「ちぃ、逃がしたか」

 迫り来る土を払いのけて脱出した頃にはアルもリアンも消えていた。

「もうちょっと引き締めないとなァ」

 地上の空気はエンドコンテンツに比べて生温い。それに中てられてかどことなく手を抜いていた感じがあると言えばある。少しの下手を打っても死なないという安心感を覚えてしまってそれが気の緩みに繋がったのかもしれない。

 武闘大会で優勝したのに次の大会ではまた一回戦から闘わねばならない。それは面倒臭いから勝てる相手には手を抜く、全力を出さない。地上に戻ってきてからそんな感じが続いていた。

 結果、思わぬ乱入や予想外の抵抗で標的を逃がしたのでは意味がない。

 ディエゴは苛立つ気持ちをそのまま舌打ちで表して次なる標的に向かって歩き出した。

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