決手
24
「依頼……?」
「ええ。私どものことは戦ったこともあるので知っているとも思いますが、そこにいるグラウスお坊ちゃまとマリアンお嬢様は貴族なのです」
「貴族出身の冒険者、じゃなくて?」
「確かにそう勘違いされても仕方がありませんが、グラウスお坊ちゃまもマリアンお嬢様も冒険者の資質はこれっぽっちもないのです」
意味が分からない。ただ戦ったときのことを思い出せば、ルクスやマイカに支えられていたようにも思える。
「なのに、冒険者になる必要があったということでござるか?」
「ご察しの通り。かわいい子には旅をさせろ、というのがグラウスお坊ちゃまとマリアンお嬢様の家の家訓のようなものなのですよ」
「ああ? だとしたらお前らがついてたら意味なくね?」
舌なめずりをしてシッタが指摘する。でも確かにその通りだ。見守るぐらいならまだしも、グラウスやマリアン以上にふたりは戦っていたように見える。
「でも極力ケガはさせるな、最悪軽傷で済ませろというのがふたりのご家族からのご要望なのですよ」
「なんか色々訳分かんねぇな」
シッタの意見には完全に同意する。旅をさせるなら護衛をつけて世界を回ればいい。そのぐらいのお金だってあるはずだった。
けれどあえてグラウスやマリアンを冒険者にして旅をさせているのだ。
「貴族の世界にも色々とあるのですよ。それに元ランク5の冒険者の貴族と聞けば迂闊に手を出す輩もいなくなります」
「なるほど」
貴族は意外と暗殺者に狙われたりするが、弱いと知らなければ元ランク5の冒険者と聞くだけで確かに手は出しにくい。
「というわけでグラウスお坊ちゃまとマリアンお嬢様はランク5になられると同時に貴族へと転身されております」
「へぇ、じゃあもう冒険者じゃないわけだ」
「まあそうなります。とはいえ時折冒険が恋しくなるようで、私もゲスメイドも時折こうして冒険のお供をしているわけです」
「黙りなさい。クソ執事。本題から逸れていますわよ。わたくしたち両家のことは実際どうでもいいことですの」
「どうでもいいことなんですね……」
メレイナが思わず呆れるとマイカは言葉が過ぎましたわね、と小言をぼそり、そのまま言葉を続ける。
「どうでもいいというよりわたくしたちがそれぞれ仕えるグラウスお坊ちゃまとマリアンお嬢様が貴族で、そこにいるゲスタルト……失礼ゲシュタルトお坊ちゃまも貴族ということを言いたかったのですわ」
「そこまでの説明は分かったよ。つまり本題はそこのゲスタルト……じゃなくてゲシュタルトに関係があるってことだね?」
「おい、平民。我が真名を間違えるな、そして気安く呼ぶな」
そんな声を無視して「その通りですわ」とマイカは言う。僕もゲシュタルトの声は無視。相手にしていると長くなりそうだ。ここら辺はアクジロウと通ずるところがある。
「あなた方にはこのゲシュタルトお坊ちゃまを守っていただきたいのです」
そう言ってマイカは説明を始める。
ディエゴという冒険者からゲシュタルトを殺害するから覚悟しておけという挑戦状が送られてきた。
息子が殺されては困るとゲシュタルトの父親は強い冒険者の情報を集め、僕にたどり着く。
マイカとルクスが僕と既知なことから護衛依頼をしてもらえるように依頼した。
簡単に三行でまとめるとこんなところだろう。
「根本的なことを聞いてもいい?」
「分かることであれば?」
「なんでゲシュタルトはこのディエゴって人に狙われているの?」
「それは……」
マイカが言葉に詰まり、ルクスに視線を合わせるがルクスも対応に困っている。
言っていいかどうか迷っているらしい。
「それはそこの男児が〈闇質〉だからである」
代わりに突如現れたイロスエーサが答える。
「どうしたのよ、急に」
「いや、今起こっている事件についてレシュリー殿たちにも報せておこうと思ったのである。おそらくそこの男児とも関連している事件とも言えるのである」
「どういうことよ? もったいぶってないで説明しなさいよ」
「最近になってどこからともなく現れたディエゴという男が資質者を殺しまくっているのである」
「資質者ってーとあれだよな、才覚の……」
「シャアナの〈炎質〉とか八属性に対応した資質を持った人のことだよね」
「そうである。それですでに〈風質〉と〈氷質〉……それに先ほど〈水質〉が殺され、〈炎質〉と〈光質〉が敗退したである」
「〈風質〉ってグリングリンじゃないか……レッドガンたちはどうなったんだ?」
「レッドガン殿は分からぬがグリングリン殿を含んだ他の四人は死んだである」
「そんな……」
「それだけではないである。〈炎質〉の仲間ヒルデとシメウォン、〈光質〉の助太刀をしていたトリプルスリーのキセル、マツリの死亡も確認されているのである」
イロスエーサの言葉に絶句する。何度も力を貸してもらった四人の名前だった。
その四人は文字通り命がけでシャアナと〈光質〉の人を守って死んだのだろう。
「マジかよ……ディエゴってやつはどんだけ強いんだよ」
「噂ではランク7らしいである」
「うげー、なんでそんな奴がいるんだよ。あの恐竜野郎とかと一緒になったってことか?」
舌なめずりしながら問うがイロスエーサは肩を竦める。
「そこらへんも含めて調査中である」
「はぁ……」
「察しはつくでござるが、とりあえず聞いておくでござる。 どうしたでござるか?」
大きくため息を吐いたアリーにコジロウが尋ねた。
「イロスエーサが余計な情報を持ってきたせいで、余計なお守りをしないといけなくなった、と思ってね」
「そうでござるな」
「あんたもため息のひとつやふたつ吐きなさいよ」
「最初からどんな依頼でも受けるのだろうと思っておれば、ため息なんて出ないものでござる」
「何それ……まあ確かにゲスタルトがどんなに生意気でも護衛依頼をあのバカが断るとは思ってないけど……」
「我が真名を間違えるな」
「うっさい」
「ひぃ……」
「まあ、貴族なら羽振りもいいだろうけど、身の程に合わない依頼なら、たとえ依頼者や護衛対象を見捨てることになっても断ることができるのよ」
そんなことを僕がしない、そしてアリー自身もしないと分かった前提で、あくまで前提を話す。
「確かにあんたたちは見知った仲だけど、親しいわけでもなんともない。それに報酬が破格なら、私たちが断っても他の冒険者なら断らない。金欠のランク6冒険者なら特に」
「確かにその選択肢もありましたが、もっと楽でいい条件の極秘依頼が同時期に出されたようで、募集が思った以上に集まらなかったのですよ」
「確かにその極秘依頼の噂は聞いているである。まあ極秘である以上流出も難しくその依頼内容は分からぬままであるが……」
イロスエーサが補足を入れる。
「そんな事情はどうでもいいの。とにかくイロスエーサが資質者を守って殺された連中の名前を挙げたら……こいつはそんな連中のためにも絶対に依頼を断らないじゃない」
確かにイロスエーサが情報を持ってくる前は、受ける前提だとしてもどことなく迷いがあった。けれどイロスエーサから情報を貰ったらその迷いは消えていた。その迷いを消した要因がかつて戦った仲間達の死だった。
彼らが資質者を守って死んだのだとしたら、ここで僕が資質者を見捨てていいわけがない。
本当にアリーはよく分かっている。
そのうえで僕が危険に突っ込んで命を危険に晒すことを危惧してくれていた。
「ありがとう、アリー」
その優しさゆえの抗議を噛み締めて、謝礼を述べる。
「でも分かってるよね?」
「ええ……分かってるわよ」
僕が言うと呆れたように返事をしてそっぽを抜いた。
「無理はしないこと。分かった?」
「分かってる」
とはいえ、無理をしてしまうこともアリーは分かっていた。
「面倒臭いでござるな、ふたりとも」
分かっているうえでのやりとりにコジロウが嘆息した。
「でお前らはどうするんだよ?」
舌なめずりしながらシッタが尋ねる。
「確かに。そちらのふたりは貴族なのだろう? ここに居ながら言うのはなんだが……危なすぎるだろう?」
「できれば家に帰したいとは思うのですが……」
ちらりとグラウス、マリアンを一瞥して
「無理でしょうね。ふたりともゲシュタルトお坊ちゃまを好いていらっしゃるのです」
「じゃあそこのふたりも護衛に?」
「「いえ、グラウスお坊ちゃまは私が」「マリアンお嬢様はわたくしが」何もしないように全力で押さえ込みます」
決意ある言葉を揃って告げる。
要するにグラウスをルクスが、マリアンをマイカが護衛するということだ。
「イロスエーサ。あんたはどうするの?」
「どうするもこうするも、もう少しばかり情報を集めてくるである」
言って姿を消すイロスエーサ。となると護衛は当たり前だけどここにいる僕たちでやるしかない。
「相手がランク7だとしたら弟子たちには荷が重いわね」
「もうすぐ人形の狂乱も近いから。そっちに行くっていうのは?」
「それはいいかも」
「ついでにあたしたちも行くわ」
一部始終を聞いていたネイレスが言う。その発言には少し驚きだ。
「どうせ護衛するなら大草原がいいわ。開いた場所が多いけれど隠れるところもそれなりにある。レシュなら逆手に取ることだってできるでしょ」
それに、とネイレスは言葉を続ける。
「今の実力ならレシュたちの弟子がしくじることはないかもしれないけれど、あたしがいれば一抹の不安を取り除けるでしょう?」
確かにネイレスが大草原を離れることには驚いたけれど、ネイレスがいれば大丈夫だと思ったのは事実だった。
「メリーやムジカもランク2だしちょうどいいわ。セリージュもちょうどいいからランク5になってきなさい」
ネイレスは前からその機会を窺っていたのか、メレイナたちには話していたのだろう。三人はすんなりと頷く。
「シッタたちは……」
「つか、話聞いてる時点で手伝うに決まってるだろ?」
「だよね」
シッタには随分助けられているし、もう戦い方も分かっているので戦術には組み込みやすい。
「私はネイレスさんについていくよ」
「おいおい、マジかよ。フィスレ」
「ああ、私とシッタの弟子も行くんだ。どちらかがいたほうがいい」
「一理ある」
シッタが舌なめずりして納得する。
「じゃあ、早速動き出そう。準備は早いことに越したことはないよ」




