黄金
23
僕にアリー、それにコジロウとシッタ、フィスレの弟子たちはランク2になってからずっと修行を続けていた。レベル的には大草原の魔物が強いけれど、毒を見ればすぐ撤退するうえに魔物の種類は豊富とあれば、魔物の対処法を教え込むにはちょうどいい。魔物の知識だけは多い僕が座学で知識を与え、魔物との戦闘経験の多い他の四人の援護のもとで総勢十六人が修行していた。
僕とアリー、コジロウ、シッタ、フィスレの弟子は合わせて十五人。そう考えると一人多い。
「いやはや修行になりますね」
誰の弟子でもない一人が魔物を倒した直後、爽やかに汗を拭う。魔物を倒したばかりというのに涼しい顔。余力が残っているというよりも彼自身があまり疲労しない複合職だからだった。名前はグレイ・ザーズ・ジュリア。
周囲には蝙蝠の魔物。ムィを敬い囲うように羽ばたいている。それが彼の操っている魔物。グレイは魔物使士だった。
共闘の園は二人一組で挑戦する。となると十五人の弟子たちのうち誰かひとりがほかの冒険者と組む必要がある。最初はムィというパートナーがいるアテシアが一人になろうとしていたがムィが魔物である以上、共闘の園自体が一人での侵入を許さなかった。
その事実を僕は初めて知ったけれど【単独戦闘】の結界のようなものが貼ってあったのかもしれない。
その後、アテシアは蝙蝠系の魔物を操る彼に話しかけられて共闘の園のパートナーとなった。
共闘の園は十六人それぞれが大変な目に遭ったらしいけれどなんとか突破して、僕が師匠であることを嗅ぎつけた彼はそのまま付いてきたらしい。
結構馴れ馴れしいぶん、馴染むのは早く、厳しい修行にも文句はないどころかその厳しさに満足しているようだった。
彼がどうするかは分からないけれどこのままアテシアたちに同行するなら悪くはないのかもしれない。
そういえば共闘の園でクレインが他の魔法士系に自分が生み出した固有技能を教えたらしい。
これによって固有技能を失ったクレインはそのことを謝ってきたけれど、それはクレインが僕が彼女を弟子にしたことで生まれた技能だと思ったことかららしい。固有技能を失っても共有技能としてクレインは使用できるわけだからなんの不都合もない。
それに近接技能を得た魔法士系の生存率が増すのだから嬉しい限りではあった。
修行は続いていく。課金籤の事件に関わる前にはネイレスが手頃の魔物で修行をさせていてくれていたけれど、事件解決後時間を持て余している僕たちは少し格上の魔物と戦わせていた。
そんななか、そいつは唐突に現れた。
「ワーハッハッハ、汝がレシュリー・ライヴだな。我の真名は永久の闇! ゲシュタルト・"朧"・ブレイジオンだ!」
アテシアたちが倒したジャイアントに登り、ゲシュタルトと名乗った少年は大きく口を開けて笑う。
折り返した襟元が特徴の膝丈まである外套に半裾丈、合わせて半折返襟上道着と呼ぶ上着に長靴下、装飾靴と言う出で立ちは貴族のように思えるけれど、何より右手に巻かれたボロボロの包帯と右目の眼帯が気になった。
「どうした? そんなに愕然として? もしや我の封印された右手と眼帯に隠された邪眼が気になるのか?」
倒れたジャイアントを踏み台にして僕たちを見下すように言うゲシュタルト。なんか厄介なのが来た。
同意見なのかアリーがため息を吐く。それでも臨戦態勢を取る。もちろん僕たちも同様だ。修行中も腕試しとかで何人かを返り討ちにしたのは記憶に新しい。
その手の類だと思ったのだ。
「ろくでなしがすいません。あなた方に喧嘩を売るつもりはないのですよ。ゲスメイドが引き止めないからややこしい事態に」
「何をおっちゃいますやら止められないクソ執事が悪いのではなくて?」
「どうでもいいけどさ、僕もジャイアントの上に乗っていい?」
「お待ち。わたくしも乗りますことよ」
「「ふたりともダメです。これだから「ゲスメイドは」「クソ執事は」教育がなってない」」
喧嘩のようなののしり合いを繰り広げるふたりを尻目にジャイアントの上に乗ってポーズを決めるゲシュタルトの左右に見様見真似で変なポーズをしていた。
「グラウスお坊ちゃま、おやめください」
「マリアンお嬢様もです。はしたない」
もうそこら辺で僕たちは臨戦態勢を解いていた。もはや誰なのか明確だ。
「何しに来たのよ?」
ジャイアントの死体から降ろすのに必死なルクスとマイカに呆れ気味でアリーが問いかけた。
しびれを切らすのはいつもアリーから。慣れた光景だった。
「少々お待ちください。ゲスメイドがぐずぐずしてるから」
「何をおっしゃいます、クソ執事が悪いんですわよ」
「いがいとふっかふかだね、このうえって。ほら跳ねるよ」
「ず、ずるいですわよ。グラウス。それはわたくしがやりますの」
ピョンピョン跳ねだしたグラウスの真似をしてマリアンが飛び跳ねる。
「我が領域が揺れている。これは我を殺しに来た裁きの統制者の仕業か?」
ビビり始めるゲシュタルト。
「早く、してくれるかしら?」
アリーがもはや怒りそうだった。いや怒っていた。
魔充剣レヴェンティを抜き出し走り出す。ルクスとマイカはそれに気づいたが何もしようとはしない。止めれないと分かっているのもあるけれどきついお灸を据えようとしているのだろう。
「切り刻め、レヴェンティ」
怒号とともに跳んだアリーは【突雷】を宿したレヴェンティをゲシュタルトとグラウスの間を縦断させてジャイアントの死体を切り裂く。
「「いたぁーい」ですわ」
「ゴールデンウォーターをちびったではないか!」
ぐらりと土台にしていたジャイアントが揺れ、三人が地面へと落下。尻もちをついても威勢がいいのはゲシュタルトで、指差しアリーを糾弾する。
「黙りなさい」
アリーがレヴェンティの切っ先をゲシュタルトに向け、【突雷】を展開。わずかにゲシュタルトの頬に切り傷を作って、地面を貫く。
わざと外したのは明白だけれどゲシュタルトの下半身は崩壊してしまっていた。
ゲシュタルトの言葉を借りればゲシュタルトを中心にゴールデンウォーターが広がっていく。
あまりの恐怖にお漏らししてしまっていた。
「やれやれ、あなたのお父様が手に負えない理由も分かりますね」
「弱いくせに威勢だけはいいのですもの」
テキパキと着替えやら手折布やらを【収納】から取り出してルクスとマイカはゲシュタルト崩壊の後始末をしていく。
「それでは改めまして」
アリーに睨まれておとなしくなった三人にひと安心したルクスは僕たちにこう告げる。
「あなた方に依頼があるのです」




