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tenth  作者: 大友 鎬
第9章(前) さりとて世界は変わりゆく
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接触

22


 息は絶え絶えで意識は朦朧としていたが、【仮死脱皮】を使用、続いてユシヤは【瞬間移動】も使って、今できる最速でアクテリアのもとへと急ぐ。

 あの体当たりはユシヤじゃなければ死んでいた。いや実を言えばユシヤは二回死んでいた。

 体当たりを食らって一回。そして木の幹にぶつかり続けた衝撃でもう一回。

【偽造心臓】によって一度目の瀕死を回避。その後、もう一度【偽造心臓】で瀕死を回避したのだ。

 現状のユシヤに傷はないのは先ほど【仮死脱皮】を使用したからだが、二回の【偽造心臓】に現在使用している【瞬間移動】で疲労はピーク。酷使すれば死ぬ精神力と同様、削り取られた体力は戦闘能力を著しく下げていた。

 それでもやらなければならない時がある。ユシヤはきっとそれが今なのだろうと思っていた。

 愛する人のもとに超正義的に参上して、超正義的執行によって悪を下す。

 それが今の自分の役割だと信じて信じて、妄信して盲信してアクテリアのもとへと猛進する。

 そうしてたどり着く。

「いやあああああああああああああああああああああああ!」

 自然と悲鳴が零れた。

 愛するアクテリアのもとにたどり着いて。地に伏せた姿を見て。血を流す姿を見て。死んでいると気がづいて。

 考えてみればユシヤが吹き飛ばされてしまった時点で負けだった。

 アクテリアは精神摩耗によってほぼ動けない状態だった。そんななかで護衛をしていたユシヤが遠くへと離れてしまえば何が起こるのか。

 ユシヤは想像していなかった。自分がどこか物語の主人公で、自分の大切な人や仲間、家族が危機に陥っても自分ならば救える。悪に超正義執行を下せると思っていた。

 それなのにどうだ。

 アクテリアは腹に穴を開けるほどの衝撃を受けて絶命していた。

 目尻には涙が溜まっていた。

 どうしようもなく無念の表情。

 それでいてユシヤは返事を聞いていない、とアクテリアの死よりも自分の願いが叶っていたのか、思いが通じていたのかのほうが気になってしまった。

 許せない。アクテリアを殺したディエゴという男が。死を嘆くよりも自分の願いを気にしてしまった自分が。

 許さない。ディエゴを。そして自分自身を。

「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 その場を去ろうとしていたディエゴが思わず振り向くほどに怒髪天を衝く咆哮。

 【筋力増強】のうえに【筋力増強】を上乗せ、さらに【筋力増強】を重ねる。

 一回の【筋力増強】で十分なほど筋肉は肥大する。熟練度の不十分な【筋力増強】を上乗せると虫に刺されたときのように腫れて痛みを伴ううえにその効果は一回目よりも減る。それでも効果がないわけではないとユシヤは上乗せ、さらに重ねた。三重。真っ赤に腫れた両腕ははちきれんばかりに筋力が増強した証拠。

 もちろん腕だけではなく足にも、いや全身に【筋力増強】は作用している。全身が赤く腫れていた。

 息は途切れ途切れ、【筋力増強】で腫れた痛みではない。酷使に次ぐ酷使で全身が悲鳴を上げていた。遠足(とおあし)で世界一周を成し遂げたあと、休まずに今度は逆回りで世界一周するような、そんな苦痛。

 それに耐えて、耐え抜いて、筋肉を苛め抜いてでも、ユシヤは成し遂げると決めていた。

 アクテリアを殺したディエゴを見逃してはならない。

「超! 正義! しっこ――」

 【瞬間移動】で近づこうとした瞬間、身体が宙に浮いていた。ディエゴから離れていく自分に気づいて飛ばされたのだと気づく。

 【望遠透視】でディエゴの姿を睨みつけるが、体は意に反して飛んでいく。

 ディエゴが繰り出した【強突風】によってユシヤは戦線を離脱させられていた。

 今度もラトセルガの森だが、体当たりで吹き飛ばされた時よりも遠い。今戻ってもディエゴは待っていないだろう。

「くそぉ、くそおおおおおおおおおおおおお!」

 下品だろうがなんだろうが叫ばずにはいられなかった。復讐してやる。傷だらけの身体を治療することも忘れて叫んだ。生き残ったのは狂戦士に備わった強靭な肉体ゆえだろう。筋力の肥大が分厚い壁になったのかもしれない。

 けれど、

 生き残ってしまったのは許されないことだ。

 それでも生き残ってしまったのなら、これは愛する人を殺した人間を殺すために行き続けなければならない。

 そんな想いを嗅ぎつけたのか、

「おーやおーや、もーしやもしや、お嬢さん……復讐をー考えてちゃったりしてませーん?」

 燕尾服に円柱帽(シルクハット)片眼鏡モノクル、社交場に居れば貴族に見えなくもない出で立ちの男がユシヤの横に立っていた。

「あんたは?」

「偶ー然、通りかーかった紳士でーすよ!」

 何度もウィンクをする男だがむしろその不審さにユシヤは警戒を強めた。

「確かにたーしかに、そんなにも警戒なさーるのは賢明なー判断んーん!」

 実のところ、偶然男は通りかかっていないどころかユシヤたちの戦いの一部始終を見ていた。

 そのうえで敗北しアクテリアを失ったユシヤへと近づいたのだ。

「で・す・が・あーなたの、い・ま・の・お力で復讐なんてできちゃったりしちゃうんですかー?」

 心情を見透かしたうえで男はユシヤに問いかける。

「何が……言いたい?」

「そーの復讐。わーたくしがおー手伝いしてあーげると言って差し上げちゃったりなんかしてー!!」

「本当にそれで……超正義的に勝てるようになる?」

「我が社の復讐成功率は、きょういの……っともちのろーん、胸まわりではありませんよ?」

 分かってるから、みたいな顔をユシヤは思わずしてしまうがそれを知ってか知らずか、

「97.7パァーセンント!!」

 高すぎる満足度を発表して男は満足そうに笑顔を見せる。「もーちろん当社比でーすが」とつけ加える。

「まずはその成果ってのを見てから超正義的に判断する」

「そーれもまーた賢明でーす! ついーでに傷も治療して差し上げちゃったりしまーすよ」

 言ってユシヤに肩を貸して歩き出す。

「我が社の支部がこーの近くにあるんです」

「そういえば、あなた名前は?」

「わーたくしですか? 確かにたーしかに名乗っていませんでしたね、わーたくしはドゥドドゥドゥ・ザ・ジョーカー。知る人ぞ知る復讐手助け人ですよ」

 ジョーカーが不気味に笑うと疲れ果てたユシヤは肩に担がれたまま、ぐったりと気絶した。気力の限界だった。

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