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tenth  作者: 大友 鎬
第9章(前) さりとて世界は変わりゆく
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正義


21


「お前みたいな悪の化身はあたしの超正義が貫く!!」

 商業都市の南に広がるザンデ平野。その一角にある廃墟に轟く声があった。夜盗のようなバンダナとアイマスクに素顔を隠し、少女は叫ぶ。その体躯には似合わないぐらい大きく長い剛槍が空を切り裂いた。

「オィオオイィ! 俺のどこが悪の化身だァ。正義の味方ってわけじゃあもちろんねェが。その言い種は失礼じゃあねェか?」

 余裕を見せつけ笑いながら、ディエゴはその少女に近づく。

「うるさい、黙れ! あたしとダーリンの逢瀬を邪魔しやがって。何たる蛮行。そんなの悪の化身以外にいないじゃない! 超正義執行!」

「ただデートを邪魔されたことに対するやつあたりじゃねェか」

 悪の化身にされたことをくらだねェと吐き棄て、超正義として執行された剛槍の刃を避ける。

 魔法詠唱はせず、ただ会話を楽しむかのようにディエゴは近づいていく。

「邪魔をするなら容赦はしないが、いいンだよなァ?」

「当たり前!! あたしとダーリンの逢瀬を邪魔する奴は誰だって悪の化身。あたしの超正義に貫かれろ!! 【竜王無双突(ドラゴンラッシュ)】!!」

 繰り出されるのは闘気を纏った超高速の突きの連打。ディエゴは余裕で避けているが、その威力は竜の突進にも等しい。当たれば一突きではるか遠くまで突き飛ばされるか下手をすれば即死する。そんな威力の突きをディエゴは全て避ける。

「最近の冒険者はどいつもこいつも固有技能を持ってンのかよォ! 面倒臭ェ!」

 数歩下がって、改めて自分に襲いかかってきた少女とその後ろで詠唱を続ける標的を見据える。

 少女がその標的の仲間であることは既に知っていた。

 名前はユシヤ・ジャスティネス。ランクは5。複合職は狂戦士。武器は剛槍〔正義のユーゴック〕。

 武器の名前にもなっているユーゴック・ジャスティネスの姪に当たる少女でディエゴが標的としている〈水質〉アクテリア・ンヴォノージョに愛を捧げていた。

 愛するアクテリアを狙う冒険者のみならず、アクテリアの容姿に惚れて近づく女性でさえも悪の化身と見做して排除するという偏執的正義の持ち主だった。

 剛槍〔正義のユーゴック〕を手に入れて以降、メキメキと力を伸ばし、固有技能【竜王無双突】を手に入れてからは百戦錬磨だった。

 その後ろ、ユシヤが愛を捧げるアクテリアはどことなく頼りなさげな印象。細目は開いているのか閉じているのか判断はつかない。ユシヤのがっちりとした体つきとは反対に背も低く、猫背で常に首は下を向いている。

 殺意はディエゴにも届いているが、視線はどこと見ているか分からない。そういう点では自信家だったグロージズよりもやりにくい。

「超正義執行ォ!!!」

 今度は【筋力増強】による力任せの槍の連続突きが飛ぶ。技能を使えば通常で攻撃するよりも疲弊してしまう。そういう意味での節約かもしれないが、そんな消極性ではディエゴは捉えられない。

 がそう思わせるのがユシヤの罠。連続突きの途中で【竜王無双突】を発動。連続突きが加速し闘気を纏う。

 速度があがったその突きのひとつが、回避中だったディエゴを捉える。がディエゴもまたユシヤの小細工を予測していた。

 経験値が違うのだ。余裕は見せるが油断はしない。よほどの予想外ではない限り、致命傷を与えることは不可能と言わんばかりに【加速】を光速発動。貫いた、という錯覚すら与える速度でユシヤの連撃を避ける。

「お前はあたしとダーリンにとって邪魔がすぎる。悪の大王に格上げだ!」

 ユシヤが思わず舌打ちして言い放つ。

「基準がわからねェ……」

 化身から大王になったことで何段階「格」が上昇したのか見当すらつかないディエゴは呆れるしかない。ユシヤがディエゴの強さの認識を改めたとしても齟齬がまだ存在しているような気配すらある。

「覚悟しろ、あたしの超正義とダーリンの超正義がお前の野望を打ち砕くッ!!!」

 ネタバレよろしくの宣言にディエゴは呆れると同時に警戒。

 ふたりで攻撃すると宣言してもなお勝てるという自信があるのだろう。

「狂える水の叫び子よ、命を弄び意識を止めろ! 【命狂止水ヴォジャノイ・ストルブ】」

 水属性の攻撃魔法階級10の魔法によって出現した巨大なスライムのような水の塊がディエゴに迫る。

 その塊は対象者と閉じ込め、永遠に終わらないぐらいの時間、水のなかへと閉じ込める。

 ディエゴは避ける動作も見せず水中へと引きずり込まれた。

 すぐさま援護魔法階級1【呼吸補助(ブレストコーチ)】を展開。

 水中での呼吸を可能とさせるそれを展開させれば魔法内でも生存が可能だが、【命狂止水】はただ閉じ込めるだけに終わらない。

 ディエゴは水中に潜んでいた何かに攻撃を加える。破裂した何かが泡になって消える。

 内部には悠々と泳ぐ姿の見えない何者かたちがいる。その何者かたちがその魔法内に閉じ込められた対象者を襲うのだ。

 呼吸が不自由な対象者にとっては二重苦。その二重苦こそが【命狂止水】の本質だった。

 それでもなお、ディエゴは水中から出ようとせず、向かってくる何者かたちを手当たり次第に文字通り水泡に帰している。

 【命狂止水】を発動したアクテリアが苦しい表情。維持すれば維持するだけその分、精神が摩耗する。

 いつもなら【命狂止水】に足掻きつつも脱出する冒険者をユシヤが仕留めるのだが、ディエゴは一向に出ようとせず、アクテリアの維持に精神が摩耗するだけの時間が続いた。

 ユシヤは怖いのだ。アクテリアに嫌われるのが。

 だから躊躇う。アクテリアは自分の魔法が干渉している際の攻撃を嫌う。ユシヤがこの魔法から逃れた敵に攻撃するのもそのためだ。もしかしたら〈水質〉ゆえの誇りがあるのかもしれない。今だって解除していいはずなのに、ディエゴが表情一つ変えずに魔法のなかで平然としているから意地になっている。ユシヤにはそんなふうに見えた。

 そんななか、攻撃すればアクテリアは自分のことを許せないかもしれない。良かれと思ってやったことでも。だから躊躇う。嫌われたくないと助けたいが自分のなかでせめぎ合う。

 嫌われたくないのは、まだ愛の告白の返事をもらってないから。気持ちは伝えたはずなのにアクテリアは返事を先延ばしにしていた。返事を待つ立場のユシヤはアクテリアに嫌われたくないから、助けることが正しい行動だとしても嫌われる行動でもあるなら、その選択を破棄する。

 少しの迷いがあっても、愛ゆえにそれが超正義だと信じて。

 迷いを残したまま超正義の名のもとに動かない。

 アクテリアの鼻から血。決してユシヤに訴えることはしないが頭痛もあり、吐き気さえもあった。

 ディエゴの口が動く。水中にいるため声としては発せられないがアクテリアには何を言っているか分かった。

 よォく頑張ったよ。

 未だ余裕さえあるディエゴの言葉に頭に血が昇る。

 アクテリアが怒りに叫ぼうとしたとき、

【命狂止水】の水塊が内側から弾け、一気に蒸発。周囲に水蒸気が立ち込める。

 精神摩耗に蝕まれたからだがぐったりとよろけ思わず膝をつく。

 水蒸気が晴れる前にユシヤは動き出していた。

 けれど動き出しは【弱火】によって【命狂止水】を打ち破った当事者、つまりはディエゴのほうが速い。

 姿が見えないから手あたり次第、ディエゴがいた辺り、動く位置を予想して一閃。

 長さを生かした大振りの払いが周囲を切り裂くが感触はない。

 ディエゴはユシヤがどう動くか予想して身を屈めていた。ディエゴの真上を剛槍が通り過ぎていく。

 そこから【加速】による体当たり。

 ユシヤの予測は大外れだったが、その後に訪れる危険を察していた。攻撃の予兆、筋道だった。対処を見誤れば死に繋がるそんな気配を直感的に悟る。

【鋼鉄表皮】を全力発動。ぶつかる一点だけを局地的に守る構えをした途端に衝撃。

 吹き飛ばされ、木の幹をいくつもぶち破って停止。アクテリアの姿は周囲にはない。ザンデ平野の西、アデス川を挟んだ向こう側、ラトセルガの森へとユシヤは吹き飛ばされていた。立った瞬間眩み、よろめいた。それでも木の幹を支えに立ち上がる。

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