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tenth  作者: 大友 鎬
第9章(前) さりとて世界は変わりゆく
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烏賊

19


 ベベッゾルはヴィヴィたちが甲板に出てきたのを見計らって密かに合図を出した。ヴィヴィたちの衣服はところどころ破れているが煽情的とは言いがたい。

 乗船したときからベベッゾルの標的にされていたヴィヴィと、途中で助けた漂流者ふたり。冒険者であることもベベッゾルの琴線に触れ、計画に組み込むことを急遽決めていた。この機を逃す術はない。

 それがベベッゾルの打算だが誤算でもあった。

 この事件を機に破滅へと向かっていくベベッゾルは後にこう語る。

 あそこで止めておけば良かった、と。

 合図によって海からまるでよじ登るように姿を現したのはクラーケン(巨大烏賊)だった。 

 平穏なブリト海にはまず生息していない獰猛な水棲魔物。烏賊をそのまま巨大化させたような姿だが足は二十本も存在していた。

 うねうねとその足を船を囲むように展開させるクラーケン。大きさはどれほどのものか想像もつかない。

 しかもこのクラーケンはただのクラーケンではなかった。

 二十本の足の先端が裂け、それぞれ五十本ほどの触手へと分割される。

「なにあれ、気持ち悪い」

 誰かが述べた感想のようにそれはすでに烏賊を超え異形の生物へと変貌していた。

 ベベッゾルがこの魔物を買った魔物使士曰く、クラーケンMk.2(巨大烏賊・改)。要するに改造が施されていた。

 改造魔物。明らかにベベッゾルと取引をした魔物使士は真っ当ではない。真っ当ではないゆえにきっと基本的なことをベベッゾルにも伝えてないのだろう。

 クラーケンMk.2は誰彼構わずに触手を伸ばす。本来なら、ベベッゾルが合図するまで船へと巻き付くだけで人を襲わないはずだった。

「どうなっている?」

 ベベッゾルが知る由もない。本来なら注意点として知っていなければならないことだが、調教された魔物は一定期間調教を怠れば野に帰る。

 本来なら改造魔物を操る魔物使士ごと雇って、この計画までは調教を続けておかなければならなかった。が、ベベッゾルは改造という違法行為を行っている魔物使士が自分の傍にいることでプライドや経歴が傷つくのを恐れてそれを怠った。この計画が露見した時点でそれらが傷つくに決まっているのに。

 そうして改造魔物だけ買い付けたベベッゾルが調教できるはずもない。

 野に帰ったクラーケンMk.2は調教されていた事実よりも改造された現実に嘆き、大暴れしていた。

 触手が本来なら標的にはならないはずの、むしろこの催しを楽しみにしていた側の紳士どもを巻き上げる。

 触手から放たれた粘液で体中をぬめぬめにされて、あらゆる場所を絞めつけられる。

 誰もが望んでない光景だった。

「天上の光よ、我が声に御身を貸し給え」

 げんなりするなか、祝詞が聞こえた。それはアズミの祝詞。

「熱し湿らせ乾き赤衣(あかぎぬ)。熱し湿らせ乾き(かさね)。熱し湿らせ乾き(かみしも)。熱し湿らせ乾き錦繍(きんしゅう)

 光属性を定義する祝詞を続ける。

「熱し湿らせ乾き水干(すいかん)。熱し湿らせ乾き法被(はっぴ)

 そこまで定義して一呼吸。

「戒め、正せ。敵を穿て。【光弾(イルミメイトバレット)】!!」

 この詠唱は甲板へと向かってきたデリアントを倒すためではなかった。狭い船内へと放てば船さえも破壊してしまう恐れがある。

「おい、まさかやめろ」

 その魔法の矛先が分かったベベッゾルがこの期に及んで叫ぶ。自らも触手に絞めつけられているにも関わらず叫ぶ。

 まだ、期待していた光景を、自らが体現していた光景を見ていないから叫ぶ。

 触手が次々と男を襲う。淑女たちをすり抜け男ばかりが捕らえられていく。

「なんだ、これはどういうことだ」

 ベベッゾルはその光景を疑う。甲板ではアズミの詠唱が続き、タブフプが逃げ惑う姿が見えた。傍らで戦うヴィヴィやイチジツを触手が襲う気配もない。

 放たれた岩ほどもある光属性攻撃魔法階級6【光弾】がクラーケンMk.2の顔を穿つ。

 触手の動きが緩やかになり、拘束が解ける。宙に浮いていた男たちが甲板に頭を打ちつける。ぬめぬめした裸体を触る気には到底なれなかった。

 水しぶきを上げクラーケンMk.2が海へと倒れていく。

「どうしてこうなった……」

 思い通りにいかなかったことを嘆き、ベベッゾルは項垂れた。

 ベベッゾルも、その場の誰しもが知る由もないことだが、クラーケンMk.2に限らずクラーケンは二十本の足のなかに交接腕と呼ばれる腕があるかどうかで、雄雌を判断できる。交接腕があるほうが雄。クラーケンMk.2には交接腕が見受けられなかった。つまり雌。

 だからクラーケンMk.2はまるで草食系男子を捕食する肉食系がごとく、男ばかりに狙いを定めていた。

 最初からベベッゾルの計画は破綻していたのだ。

 ガ、ガン!

 ベベッゾルの野望が打ち砕かれると同時に大きく船が揺れた。

「大変だー!! 蟻の魔物が船底を溶かしやがった!!」

 その可能性も考えてしかるべきなのに、ベベッゾルにはその可能性すら頭から抜け落ちていた。

「どうしてこうなった……」

 まさに泣きっ面に蜂だが、ベベッゾルは重要なことなのであえてもう一回呟いた。

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