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tenth  作者: 大友 鎬
第9章(前) さりとて世界は変わりゆく
345/874

前哨

14


 極秘依頼と銘打ってニヒードは依頼を出す。

 極秘依頼は口外することは基本的に許されない。

 その依頼が出されたことは噂程度には広まるが、話せば違約金を払ううえに報酬がなくなるとあっては内容を話すものはいない。

 内容を知った目撃者は場合によっては殺されるためその秘匿性は高い。

 ニヒードは目撃者の殺害については除外した。悪評を極力避けたかたちだ。

 その依頼を出してから二日後。

 依頼を受け、ニヒードによって選別された歴戦の冒険者たちはウィンターズ島へと辿り着いていた。多くが封印の肉林を辛くも脱出し未だに金欠に喘ぐランク6の冒険者だった。

 ウィンターズ島には[十本指]だったソレイルの剣を持つ冒険者がいた。

「あんたら、本当にランク6? 冷静に見ても見えないね」

 屠竜剣〔竜殺しソレイル〕の切っ先を腰を抜かした襲撃者に向け、ウィンターズ島の猛者が冷笑する。

「黙れ!」

 明らかに舐められた態度を向けられ、その切っ先を自前の斧で跳ね除け立ち上がる。

「コーライル、大丈夫か?」

「油断しただけだ、こんなのあの地獄に比べればなんともない、そうだろうヴェリグ?」

「ああ」

 ヴェリグと呼ばれた冒険者は先ほどまで切っ先を向けられていたコーライルへと躊躇いがちに返事。

 かつては脱出不能だった封印の肉林の思い出は話にすらあげたくなかった。

「ヴェリグ、準備はできた。一気にやれるぞ」

 後衛にいるジェックスがヴェリグへと叫ぶ。

「ベリーグッド!」

 ヴェリグがその報せに喜び、

「早くしろ、奴も気づいている」

 コーライルが急かす。

 冒険者の戦術はある程度パターン化されている。それこそ魔法士系がいれば一気に倒そうと魔法と同時攻撃するという連携が見え透く。

 当然、屠竜剣〔竜殺しソレイル〕を持つ男もそれに気づいていた。

 促されて護衛のジェックスとともに後衛にいたハート兄弟のセイルとライルが魔法を展開する。エル三兄弟然り、双子のポパムなど兄弟、親族で魔法士になるのは珍しいことではない。自然と息が合い、同時発動が容易いからだ。もちろん経験でカバーして多重発動は可能だが、それは長い付き合いや信頼関係の構築が必要となる。

 兄セイルの持つ心石の氷樹杖〔電脳のゴイル〕、弟ライルの持つ愛石の氷樹杖〔四葉のシローバー〕から【氷長柱】が同時展開。空に大きな氷柱が、周囲を埋め尽くすほど生成された。

 一気に落下していく。

 逃げ場はほぼない。ぎりぎり隙間があるかないかそういったところ。

「それは冷静な判断じゃあないね。というか僕を冷遇しているみたいだな。そんなちんけな氷で僕をどうこうできるわけない。クールじゃないね」

 言って男は冷静沈着、的確に唯一の隙間に逃げ込む。

 もちろん、そこにコーライルやヴェリグが飛び込んでくることも分かっていた。

 それはひどく単調で意表もない。正々堂々しすぎていてつまらない。少しの卑怯さもない。

 【収納】で屠竜剣〔竜殺しソレイル〕を収納して代わりに取り出したるは細氷石の凍薔薇杖〔凍てつく森のバーバラ〕。

 剣と杖を使うことから魔道士だと判明するがそれはコーライルたちも事前にも知っていた情報で価値もない。

 男は声を出す。

「力を貸せ、氷精たちよ。目覚めよ、凍てつく世界」

 それは魔法詠唱の祝詞だった。それだけでゾワッと周りの気温が数度下がったような気がした。

 飛び込んでしまったコーライルとヴェリグに逃げ場はない。が同時に魔道士の男にも逃げ場はないのだ。

 やる。殺す。殺してやる。それだけしか手はない。

 生存本能が訴えかけるようにコーライルとヴェリグに一歩を急がせる。

「地よ、湿(うるお)い、冷えたまえ――」

 男は属性を定義して、すぐさま唱えた。

「凍える風よ、全てを飛ばせ【冷風】」

 唱えた瞬間、凍える風が落ちてきた氷柱ごと、コーライルやヴェリグを吹き飛ばす。

 凍りついた樹に身体をぶつけ、ぐったりと動かなくなるヴェリグ。コーライルは立ち上がったが、顔や手が凍りつき凍傷をところどころに負っていた。

「階級1なのになんて威力だよ」

「確かにね。でも僕の才覚は知っているだろう? 知っていて勝負してきたんだろう。だったら冷静に見ても僕の力を知っておくべきだ」

 ウィンターズ島にいる人間なら誰だって知っている。

 この島にその人ありと。

 難敵すら倒し、雪原の一部の魔物は彼の姿を見ただけで恐れて逃げ出すものさえもいる。

「知ったことか。こっちはランク6だぞ。カンストだってしてるんだ!」

「そう熱くなるなよ。熱血は嫌いじゃないが好きでもない」

 あくまで男は落ち着いていた。

「ヴェリグ! まだやれるよな」

 倒れていたヴェリグがゆっくりと立ち上がる。

「ジェックス、セイル、ライル、今度はパターン2で行――」

 瞬間、コーライルの首が刎ねられた。剣技を使って闘気を纏っているわけでもない。それが屠竜剣〔竜殺しソレイル〕が持つ抜群の切れ味。そもそも竜の鱗を貫くに足る威力を持っているのだ。

 人間の首など容易い。

 首が頭上に跳び落ちる。

「よくもコーライルをぉおおおおおおおおお!!」

 我を忘れたヴェリグが走り出し、何度か空を斬るように剣を振るう。黒狼ような闘気が男へと向かっていく。

 【吸剣・黒魔狼】と判断。横っ跳びで避けて、そのまま男は後退していく。

「逃げるな!」

 ヴェリグは追う。ヴェリグは理解していないが男は一定の距離になると円を描くように移動して実は後衛のジェックスたちとある程度距離を離さないようにしていた。

 がそれをヴェリグは気づけてない。平時ならともかく仲間を殺された怨みがヴェリグを冷静ではなくさせていた。

「力を貸せ、氷精たちよ。目覚めよ、凍てつく世界」

 冷静であれば聞こえる程度の声で男は詠唱を始める。

「地よ、湿い、冷えたまえ。天よ、湿い、冷えたまえ。空よ、湿い、冷えたまえ」

 属性の定義を重ね、階級を上げていく。

「狂える冷徹の牙よ、全てを食い散らかせ。【氷牙】!」

「なっ……!」

 上下から生えてきた牙がヴェリグを一瞬にして貫く。

「今まで見てきた【氷牙】と段違いだろう?」

「ちく……しょう」

 冷笑する男の顔をヴェリグは最期に見て死んでいく。

「わ、割りに合わないだろ」

 十分の前金を貰っていたがジェックスはそう思ってしまう。

 仲間だったヴェリグとコーライルが殺されたことは許しがたいことだが、前衛のふたりが死んだ今、剣も使える男には叶わない。かと言って魔法合戦も分が悪すぎる。

「一時撤退だ」

 ない尻尾を巻いてジェックスは逃げていく。ハート兄弟もそれに従った。戦力の増強を提言する必要がある。ニヒードが文句を言いそうだとジェックスは考えたが報酬を減らされてもいいから提言しなければ勝ち目はないだろう。

 まだ逃げ切れると決まったわけではないのだが、それでもそんなことを考えた矢先、空から何かが降りてきた。

 あまり詳しくないがジェックスはそれが滑空機だと分かった。

 明らかにこっちに突っ込んでくる。

「しゃがめ!」

 すれすれで上をすれ違った滑空機から誰かが飛び降り、そのまま滑空機は海へと落ちていく。

「オォオイ! お前がグロージズかァ?」

「そうだけど。あんたは?」

「挑戦者って言えば分かンだろォ?」

「なるほどね。僕を殺すとか言ってた冒険者か」

 男は滑空機から降りてきた挑戦者に冷たい笑みを見せる。

「いいねェ。その笑顔。楽しめそうだ」

 殺すけどなァ、と挑戦者――ディエゴも冷笑を返す。

「やってみろ。僕が、〈氷質〉グロージズ・ゲーショフロストが倒せるわけがない」

 ジェックスたちが突然の襲来に唖然としているなか、

 ディエゴとグロージズの戦いが始まった。

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